第一章

「今日もこの放送を聴いてくれたりして、まぁ、一応お礼は言ってあげるわ…あ、ありがと」
 ―あまり広くはないスタジオのブース内には、二人の女の子の姿。
 一人はそういう、ちょっとツンデレっていっていい態度を見せる。
「もう、そこは素直にお礼言わなきゃ…しょうがない子ね?」
 もう一人は大人っぽい雰囲気の声で、ちょっとどきどきしちゃう。
「私の活躍するアニメももう後半だけど、もちろん毎週観てるわよね?」
「ファティシアのかわいい姿をたくさん見られるのだもの、それはもう見逃せないわ」
「んなっ…!」
 そのあたりはいつものやり取りっていったらそうなんだけど、でもちょっと赤くなっちゃう。
「ふふっ、本当にかわいいわね」
「ま、まぁ、私がかわいいのは当然なんだけど…と、とにかく、まずはお便りコーナーからいくんだからねっ?」
「このラジオにも毎回たくさんのお便りが届く様になったわね…送ってくださった皆さん、ありがとうございます」
 うん、ラジオがはじまった当初に較べたら本当にたくさんのお便りがくる様になって、ありがたいことだよね。
「じゃあ、はじめのお便りは…いつも通り、ファティシアに引いてもらおうかしら?」
「もう、しょうがないわね…。じゃあ…えっと、これにしようかしら」
 テーブルの上にあるお便りの束から適当に一枚取ってみる。
「え〜と、これはペンネーム、リリカルな魔法乙女さんからね。お便り送ってくれて、まぁ、ありがと」
「ふふっ、ありがとうございます」
 ファティシアって呼ばれてる子…まぁ私なんだけど、とにかく態度がちょっと失礼にも見えちゃうものの、これはそういうキャラクターだから、ってことで大丈夫。
「じゃ、お便りの内容だけど、なになに…ぶっ!」
 続きを読もうとして、危うく噴き出しそうになっちゃった。
「あら、ファティシアったらどうしたの? そんな面白い顔して」
 い、いけないいけない、今は収録中なんだから、しっかりしなきゃ。
「べ、別に何でもないわ? と、とにかく、このお便りはやめといて、次のを…」
 そうして、改めて別のお便りを選んでから何事もなかったかの様にラジオを進めていったのだった。

「収録お疲れさま、里緒菜ちゃん。今日もよかったねっ…はい、じゃあこれっ」
 収録も終わってブースから出て、スタッフさんたちに挨拶した後、一緒にブースから出た女の子に声をかけながらチョコバーを差し出す。
「はぁ、ありがとうございます」
 収録中にも大人っぽい雰囲気出てたけど、今はそれよりクールな、っていったほうがいいその子は片桐里緒菜ちゃん…私、山城すみれと同じ事務所に所属する後輩な声優さん。
「ううん、いいっていいって…サクサク」
「…サクサクサク」
 長くてきれいな黒髪して、顔立ちもとってもクールな彼女がチョコバーを食べてる姿もとってもかわいくって、ちょっと見とれそうになったり…何しろ、里緒菜ちゃんは私の恋人でもあるんだもん。
 こんな素敵な子が私を好きでいてくれて、さらに今は同じアニメに出演できててさっきみたいに一緒にラジオまでしてるんだから…う〜ん、とっても幸せっ。
「センパイのほうは…収録中、何か百面相してましたね」
「サクサク…んぐっ?」
 と、幸せな気分に浸ってチョコバーを食べ終えたのに、彼女の言葉に危うく喉を詰まらせそうになっちゃった。
「そんなセンパイもかわいかったですけど、何かあったんですか? お便り読むのもやめちゃってましたし」
「あ〜…まぁ、ね? こんなお便りだったから、ちょっと…」
 さっき読むのをやめちゃったお便りを彼女へ差し出す。
「何です、そんなに読みづらいものが…って」
 それに目を通した彼女も言葉を詰まらせちゃった。
「ね? ちょっと読みにくいっていうか、答えに困っちゃうよね?」
「まぁ、そうですね…はぁ」
 面倒くさい、といった様子になっちゃう彼女だけど、私もため息ついちゃいたいかも。

 私や里緒菜ちゃん、それにさらに後輩さんになる夏梛ちゃんや麻美ちゃんなど、私の事務所の声優さんは本名のまま活動してる人が多い。
 アイドル活動までしてる夏梛ちゃんや麻美ちゃんはどうか解んないけど、私や里緒菜ちゃんはそれでも周囲に声優として活動してるってことは知られなかったの。
 あのラジオもweb上で流れてる、私と里緒菜ちゃんが二人で主役してるアニメも今期、しかもこの地域でも放送されてるけど、やっぱり知られることはなかった…まぁ、あんまり表に出たくない、って考えてる私たちにとって、そのほうがありがたいって言ったらそうなんだけど、誰もあのアニメ観てないのかな、なんてちょっと複雑な気持ちになっちゃったりもしたっけ。
 でも、最近はそれにちょっと…ううん、かなり変化が生じてきちゃった。


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