「あっ、いらっしゃいませ」
 美亜さんとのんびりお話ししてると、お店に人がやってきて彼女がそう声を上げた…あ、お客さんか。
「っと、それじゃ美亜さん、私もそろそろ準備するよ」
「ええ、お願いね」
 席から立ち上がった私、食器やチョコバーの包みを持ってカウンターの奥へ入り、それらを片付ける。
 そして奥で着替えさせてもらって…着替えたのは美亜さんが着ているものと同じ、この喫茶店の店員さんの服で、これは美亜さんみたいな人が着れば似合うけど私だと微妙におかしい気がしちゃうんだけど、そんなことは言ってられない。
「美亜さん、準備できたけど、どうする?」
「ええ、それじゃ、あそこのテーブルのお客さまにこれを持っていってくれるかしら」
 お店へ戻った私、美亜さんに指示をもらって注文された紅茶や軽食をテーブルにいるお客さんへ運んでいく。
 昼過ぎになるとこうやってお客さんもぽつぽつやってくるから、私はその注文を取ったり物を運んだり、あとは片付けやお掃除っていったことをしてく。
 これは美亜さんのお手伝い…いや、確かに私は料理もできないし紅茶とかも淹れられないから本当にお手伝い程度のことしかできないんだけど、とにかくこれはだたのそれじゃなくってアルバイト。
 でも、お客さんはお昼を過ぎると一段落して、また落ち着いた時間になる。
「う〜ん、雇ってもらっておいてこんなこと言うのも何なんだけど、私って必要なのかな?」
 と、お客さんも誰もいなくなったからカウンター席に座らせてもらっちゃうけど、そんなことをつぶやいちゃった。
 ほら、私ってさっきも思い返したみたいに料理とかできないし、それにここってお客さんはそれほど多くない…私がくるまでは美亜さん一人でできてたみたいだし。
「あら、すみれちゃんは必要よ? だからアルバイト募集をしてたのだし」
 まぁ、こっちの町にきてたまたま見つけたこのお店が気に入って、そしてアルバイト募集してたから頼んでみたのは確かなんだけど、ね。
「すみれちゃんがきてくれて、私も色々たすかっているもの」
 う〜ん、美亜さんがそう言ってくれるなら、いいのかな?
「そうだよね…美亜さんも一人でお店を切り盛りするのは大変だったって思うし、少しでも力になれてるのならよかったよ」
「ふふっ、そこまで大変ってわけじゃないのだけど…それに、私もアルバイトなのよ?」
「…えっ? で、でも美亜さんっていつもここにいる気がするんだけど…」
「あら、でもはじめて会ったとき、自己紹介で私は大学生、って言ったはずよ?」
 あ、そういえばそうだっけ…でも私の採用に当たっての面接をしたのも美亜さんだった気が…。
「オーナーさんにお店のことを完全に任されている、というのは確かね。私もこちらのほうが楽しいから、大学は単位を落とさないくらいにしか行っていないし、将来はお店を持ちたいわ…ここをもらえたらいいのだけど、ダメなら妹の学校のそばでもいいわね」
 う〜ん、アルバイトのはずなのに…でもあの紅茶やお料理の味、それに美亜さんの持つ雰囲気を考えると妙に納得もできちゃう。
 お店の内装とかも美亜さんの好みにされてるっていうし、もう完全に店長さんだ。
 そんなことを話してると、お店の扉が開く気配がした。
「ほら、すみれちゃん、お仕事しましょ。ここからの時間が、すみれちゃんがいてくれないと困る一番の理由なんだから」
「は、はぁ、まぁ、頑張るよ」
 妙に生き生きしはじめた美亜さんに少し戸惑いながら私は席を立った。

 午後三時を過ぎたあたりから、喫茶店にまたお客さんが入りはじめる。
 ここの近くには高校があって、その下校途中で立ち寄ってくれる子が多いみたいで、制服姿が目立つ上にみんな女の子…近くにあるのって確か女子校だっけ。
「山城さん、今日はいらしてくださったのですね」「お会いできて嬉しい」
 と、テーブルについた二人組の女の子の注文を取りにいくと、そんなこと言われちゃった。
「え、えと、うん、ありがと。そう言ってもらえると、私も嬉しいかな」
 そんなお返事をしてから注文を取るけど、何だか私のことをしっかり認識してる子が少なからずいたりして、ちょっと戸惑っちゃう。
「うふふっ、すみれちゃんはかっこかわいいもの。女の子から人気が出てもおかしくないわ…実際、最近はお客さんが増えてきてるし」
 で、そんなこっちをにこにこして見ていた美亜さんは私がカウンターへ戻るとそんなこと言ってきて。
 じゃあ、私目当てのお客さんがいる、っていうことなのか…う〜ん、ちょっとよく解んないや。
「あ、確かに山城さんは最近学校でちょっと評判ですよ?」
「…へ、そ、そうなの?」
 と、カウンター席に腰かけてきた女の子の言葉にちょっと変な声が出ちゃった。
「はい、でも毎日会えるわけじゃないからって残念がってる子もいます…山城さん、普段は何されてるんですか?」
「ええ、彼女はね…」
「わーっわーっ、美亜さん、ダメっ」
「あら、しょうがないわね…うふふっ、ないしょ」
 危うく私のお仕事のことを言いそうになる美亜さんを慌てて止める…もう、全く。
 私は自分が声優だっていうことはなるべく言わないようにしてるの…私は、声優さんっていうのはあんまり顔とか出したりしないほうがいいんじゃないかな、って考えてるから。
 まぁ、私って本名で活動してるから作品とか知ってる人に名乗ったら解っちゃうと思うけど、全然有名じゃないから、ね。
「あ、あの、ところで、藤枝さん…」
「うふふっ、恋のご相談よね? もちろんいいわ…何かしら?」
「は、はい、えと…」
 と、カウンター席についた子がおどおどと話しかけるのに対して美亜さんは微笑みながらそんな声をかけてる。
 そう、美亜さんはこうやってお客さんの百合な恋の相談に乗ってあげたり、あるいは話を聞いたりしてる…彼女、百合なお話もそうなんだけど、世話を焼くの好きなんだよね。
 だから、このお店にやってくる子が誰か目当てにきてるっていうなら、それは私じゃなくって美亜さんに話を聞いてもらいたい、っていうものだと思う…対する彼女もこういうときはものすごく生き生きしてるし、やっぱり百合なお話に恋してる感じだよね。
 っと、いけないいけない、こういうお話を立ち聞きしちゃいけないし、ちゃんとお仕事しないと。
「あっ、いらっしゃいませっ」
 また新しいお客さんがきたから挨拶をする…と、そのお客さんは一人だったんだけど、端のほうの席についたかと思ったら、そのままテーブルに突っ伏しちゃった?
「…って、わっ、大丈夫っ?」
 そんな光景にちょっと驚いて、思わず駆け寄って声をかけるけど、反応がない…。
「ちょっと、お客さん、しっかりしてっ」
 どうしよう、急な体調不良とかかな…何とかしてあげられるといいんだけど…!
「んぅ…もう…」
 色々不安になっちゃったりしたそのとき、その人に反応があってゆっくり身体を起こしてきた。
「あっ、お客さん、大丈夫だった? 急に倒れこんだりするものだから…」
「…もう、うるさいですね。静かにしてくれませんか?」
 安心しちゃう私だけど、身体を起こしてこちらを見るその人はとっても不機嫌そう…。
「え、え〜と…身体とか、大丈夫なの?」
 それほど大きくない声で訊ねてみる。
「まぁ、あんまり大丈夫でもないんですけど、人に心配される様なことは何もありません」
「えっ、大丈夫でもない、って…そんなの、心配になるに決まってるよ。どうかしたの?」
「…はぁ、あなたには関係ないんですから、放っといてください」
 ため息をついて、そしてちょっと冷たい口調でそう言ってくるのは、他のみんなと同じ制服姿だから、近くの高校の生徒さんだよね。
 長い黒髪をしたかわいい子だと思うけど、ちょっとだるそうにも見えちゃって、やっぱり心配。
「でも、私って一応ここの店員だし、そうじゃなくっても、何かあったら力になりたいなって思うんだよ」
 ここで放っておいて何かあって、それで後悔するのは嫌だもの。
「はぁ、おせっかいですか? そういうの、いらないです」
 でも、その子はそう言ってぷいって顔を背けちゃう。
「むぅ〜、そんなんじゃないよ。何かあったなら気軽に言ってみて、って言ってるだけなのに」
「それがおせっかい、と言うと思うんですけど…しょうがないです。このままだと疲れるだけですし…理由を言ったら、放っておいてください」
「う〜ん、それは理由によるかも」
「はぁ、いいから放っといてください。外出したら疲れて少し休みたいと思っただけなんですから」
 なるほど、それで疲れた、と…どこか遠くにでも行ってきたのかな。
「解ってくれましたか? 解ったなら、これ以上疲れたくないので放っておいてください」
 そんなことを言うその子はかなり気だるそう…確かにずいぶん疲れてるみたいだし、ここはそっとしておいたほうがよさそう、だけど。
「じゃあ、ご注文だけ聞かせてもらえる?」
 そう、一応お仕事はしとかないとね。
「注文、って…あぁ、ここ、喫茶店でしたか。じゃあ…この紅茶、いただけますか?」
「はい、ありがとうございます」
 そうしてその子は注文した紅茶を飲んでくんだけど、やっぱり元気ない感じ…。
「あ、そうだ…はいっ、これあげるねっ」
 だから、お会計の際、お釣りを渡した後でチョコバーを差し出した。
「…何です、これ?」
「ん、何って、チョコバーだよ? とってもおいしいんだよ…サクサク」
 不審な目を向けられちゃった中、つい自分が別のを取り出して口にしちゃった。
「いえ、それは解りますけど…どうして? こんなの注文もしてませんし」
「ま、これは私からのサービス、ということで。これ食べて、少しでも元気出して、ね?」
「何だか余計なお世話なんですけど…まぁいいです。じゃあ、これはもらっておきます」
 やっぱり気だるそうながら、それでもチョコバーを受け取ってくれた。
「うん、ありがとうございました」
 そのままお店を出てくその子を、笑顔で見送った。
「ふぅん、すみれちゃん、なかなか世話焼きなのね」
 で、カウンターに戻ってきたところで美亜さんにそんな声かけられちゃった。
「いや、そういうのじゃないし、当たり前のことをしただけ…っていうより、美亜さんにそれを言われるのはどうかなって思う」
「あら、そうかしら?」
 首を傾げられても…美亜さんのほうがよっぽど人の世話を焼いてるって。
「そういえば、さっき美亜さんに何か相談にきてた子は? もう帰ったみたいだけど…」
「ええ、あの子ならきっと大丈夫。また、どうなったか報告にきてくれるらしいわ…楽しみね」
「は、はぁ、そっか…」
 う〜ん、でも気持ちは少しは解らないこともないかも…自分で相談に乗ってあげたりした人がそれからどうしたかっていうのは気になるものだろうし。
 さっきチョコバーを渡した子は、元気になってくれたかな…。


次のページへ…

ページ→1/2/3

物語topへ戻る