里緒菜ちゃんは本当にその気になったみたいで、その数日後には舞台を用意してきちゃってた。
 もちろんすぐにその舞台に立つわけじゃなくって、一ヶ月くらい間隔があるから、その間に色々準備をしようってわけ。
 一ヶ月…長い時間にも感じられるけど、ほとんど無の状態の私たちが夏梛ちゃんと麻美ちゃんレベルまでとはいかなくっても人に見られても大丈夫なくらいにはならなきゃなんだから、かなり大変。
 しかも、これはお仕事じゃなくって、私たちが好きでやってることになるから、声のお仕事のほうに影響出しちゃったりするわけにはいかない。
 だから、練習時間とか結構限られてきちゃう…んだけど。
「ほら、センパイ? 私はまだ大丈夫ですから、もう少しダンスの練習しましょう?」
「ん、里緒菜ちゃん、そうだね。もうちょっと頑張ってみよっ」
 その限られた時間の中、あの森の中とかで一緒に練習して、しかもあの子がとっても積極的。
 そんな彼女と練習してるだけでも、やっぱりかなり幸せを感じちゃうの。
「あっ、すみれセンパイに里緒菜さん、練習練習のほう、どうですか?」「私たちも一緒にしますから、その、振り付けのこととか、参考にしてください」
 事務所のダンスルームに行くと、夏梛ちゃんと麻美ちゃんがそんなこと言ってくれるの。
 二人とも、私たちがすること聞いて、何か協力したいって言ってくれたの。
「わぁ、ありがとっ。お礼にチョコバーあげるねっ」「それ、いつもあげてるじゃないですか…とにかく、二人ともありがとうございます」
 二人はダンスの振り付けを考えたり教えてくれたり、歌のほうも含めて色々気づいたこと言ってくれるの…二人は本物のアイドルだからとっても参考になってたすかってる。
「あら、まぁ、皆さんお疲れさまです〜」「今日もアイドルの練習、頑張ってるんだ…えらいね」
 と、そんなところにやってきたのは、睦月さんと梓センパイ。
 今回の私たちの行動はあくまでお仕事じゃないわけだけど、でもイベント的なものに出るっていうのは確かなことだからちゃんと事務所に報告して、許可をもらってる。
「お二人のために、あの曲を使える様にしてきましたよ〜」「あのアニメの主題歌…うん、二人が歌うのにふさわしいね」
「わっ、えと、ありがとうございますっ」「わざわざそんなことしてくださって…」
 もちろん持ち歌なんてものがない私たちのために、私たちが出演してるアニメの曲をアレンジして用意してくれたの。
 さらに、衣装のほうは美亜さんが用意する、って言ってくれてて…私と里緒菜ちゃんの、しかもわがままみたいなことのためにここまでみんなが力を貸してくれるなんて、もったいなさすぎるくらいありがたい。
 思わず泣いちゃいそうにもなるんだけど…いけないいけない。
「よ〜しっ、じゃあ里緒菜ちゃん、頑張って練習しよっ」「はい、センパイ」
 そんなみんなの協力を無駄にしないためにも、できる限りのことはしておかなくっちゃ。

 そうして、あっという間に一ヶ月が過ぎて。
 秋もすっかり深まって冬の足音も聞こえてきそうな十一月の日曜日、私は里緒菜ちゃんと一緒に彼女の学校にきてた。
 今日は里緒菜ちゃんの通う学校、私立明翠女学園分校・天姫学園の学園祭。
 そこの本校、麻美ちゃんたちの母校の学園祭へ行こう、ってなったときに私がしたお願いを聞いてくれたわけになるけど、でも私たちは学園祭を見て回ったりしてるわけじゃなかったりする。
「ん〜、よしっ。歌のほうはこのくらいでいいんじゃない?」
「ですね…ダンスについては、本番に賭けましょう」
 歌の練習をやめて一息つく私たちがいるのは、あの子の秘密のスタジオ。
 ずいぶん久しぶりにきたこの場所だけど、どうしてわざわざ学園祭の日にこんなとこいるのかって…そんなこと、決まってる。
「じゃあチョコバーでも食べて…って、もう時間みたい、行かなきゃっ」
 あの子の手を取ってスタジオを後にすると、賑やかな学園祭の光景が目に映る。
「う〜ん、やっぱり一緒に回りたかったかも。もちろん、こっちもいいんだけど…ちょっと残念」
「まぁ、それはこれが終わった後にでも…あんまり時間はないですけど」
 早々に校舎を後にした私たち、裏側から講堂に入って、楽屋として用意されてる部屋に入る。
 前の出し物に出る子たちはすでにいなくって、私たち二人だけ…そこで美亜さんが用意してくれた衣装に着替える、んだけど。
「う、うぅ〜、里緒菜ちゃん、やっぱりこれ、おかしくない?」
 私にはとても似つかわしいとは思えないアイドルな衣装に、いまさらながら恥ずかしくなってきちゃった。
「全然大丈夫です…とってもかわいいですよ、すみれ?」
「も、もうっ、里緒菜ちゃんのほうがずっとかわいいし、よく似合ってるよっ?」
 あの子もほぼ同じ衣装を着たんだけど、とってもかわいい上にかっこよさも感じる…本物のアイドルっていっても何の問題もないくらい。
 そんな姿を見てると、どんどんどきどきが大きくなってきちゃう…。
「ありがとうございます、すみれ…」
 それはあの子も同じだったみたいで、そっと抱きついてきちゃった。
「うん…今日は一緒に、楽しもうね?」
 私からも抱きしめ返してあげて、しばしそのままでいたの。

 里緒菜ちゃんが私たちの舞台にと用意したのは、彼女の学校での学園祭だったの。
 学園祭ライブ…確かにあの二人の学園祭ライブを見て羨ましいって感じた私たちにはふさわしい舞台かもしれないけど。
「…里緒菜ちゃん、本当にいいの? こんなことしたら、私たちが声優してるってことも知られちゃうかもしれないよ?」
 舞台袖で出番を待つ私、いまさらそんなことたずねちゃう。
「まぁ、いずれはばれると思いますし、それなら…そんなこと気にせずに、すみれと思いっ切り楽しみたいです」
「…ん、そうだね」
 しっかり繋いだ手をお互いさらにぎゅってする。
 自分たちが楽しもう、って思ってる舞台でどれだけの人が楽しんでくれるか…お仕事ならまずお客さんのこと考えなきゃいけないけど、ここはそうじゃない。
 ここにくるまで力を貸してくれたみんなに恥ずかしくない舞台にしなきゃだけど、でもやっぱり第一は私とあの子のことにしていい、よね?
「…ふぅ、でも、さすがに少し緊張してきました」
 大きく深呼吸するあの子の表情には、確かに緊張の色が見えた。
 そういえば、私は演劇部やってたからこういう状況も、まぁこの服装を除いたら慣れてるけど、里緒菜ちゃんはもしかしてはじめて、ってくらいなのか…。
 ここはチョコバーで…って、さすがに今は手元にないんだっけ。
「…大丈夫だって。私がいるし、楽しむことだけ、考えよ?」
「…はい、すみれ」
 それでも、私が笑顔で声かけると、彼女も微笑み返してくれた。
「では、次は片桐里緒菜さんによる、個人の出し物です。内容は見るまでのお楽しみということですけど…では、どうぞ」
 と、そんなアナウンスが届いてきて…内容も、私がいることも隠してたんだ。
「よ〜しっ、じゃあ行こっ」
「はいっ」
 手を繋いだまま、舞台へ駆ける私たち…。
「…ステージに立って一緒に歌うのはこれが最初で最後かもしれませんけど、でもこれが終わっても、一緒にいてくださいね?」
「もう、そんなの当たり前だよ…私たちは、ずっと一緒だよっ」
 あの子の言葉に笑顔で答えてあげた次の瞬間、私たちは歓声に包まれた。


    (第6章・完/終章へ)

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