「ん〜、よしっ、今日も行ってこようかな」
 あの日…麻美ちゃんのこと見て以来、今までにも増して早朝以外の時間で神社へ行く機会が多くなった。
 もちろんそこまではジョギングして行くんだけど、それだけが目的じゃない。
 森の中へ入って、誰もこない奥のほうへ…うん、私もここで練習することにしたの。
 練習はたくさんしたいししなきゃいけないけど、スタジオはいつも使えるわけじゃなかったりとなかなかいい環境がなかったから…やっぱりとってもありがたい。
 あ、もちろん麻美ちゃんの邪魔になったりはしない様にしてるよ?
 彼女はいつも同じところを使ってるらしくって、それに対して私は参道を挟んだ反対側を使わせてもらってるから、大丈夫。
「よ〜しっ、しっかり練習して、みんなのセンパイとして恥ずかしくない実力を身につけよ〜!」
 一人気合いを入れてから、練習開始。
 里緒菜ちゃんと一緒の練習もいいけど、こうやって一人で頑張る時間も大切…だから、このことはあの子にも言ってないし言わないつもり。
 あの子が練習で使ってた、そして夏休み中は私も使わせてもらってた、あの子の学校にある秘密のスタジオ…ここは私にとってのそういう場所になるのかも。
 あの場所にはもう行けなくなっちゃったけど、あの子は今でもあそこを使って練習してるのかな?
 天才肌でやる気なさげに見えちゃうかもなあの子だけど、でも努力をしてないってわけじゃないし、きっとそうだね…うん、これは負けてられない。

 晴れの日ならしっかり練習できる場所も得られ…たんだけど、心の底のもやもやはまだ残っちゃってた。
「あのときの夏梛ちゃんと麻美ちゃん、本当に楽しそうだったなぁ…」
 今日もまた一人で森の中へきてたんだけど、ふと思い出すのは学園祭ライブのこと。
 あのときの、とっても楽しそう…っていうか心から楽しんでた二人の姿が、どうしても心に残っちゃってるの。
「…羨ましいなぁ」
 そう、そういう感情とともに。
 想い合う二人が心を一つにして、歌ったり踊ったりするの…どう考えても楽しそうで、私もあの子とそういうのしたい、って思っちゃう。
 もちろん、今だって同じアニメの主役を二人でしてるうえに、その役でラジオまでさせてもらってたりと、十分幸せなくらい一緒にお仕事してて、さらにこんなこと思うのはわがまますぎる、って解ってはいるよ。
 それに、私のお仕事へのスタンスとか、そもそも私じゃ…っていうことも忘れたわけじゃないし、だからこそこんなこと里緒菜ちゃんには言えない。
 でも…でも、やっぱり抗いがたい魅力があるんだよね…。
「ん〜と、こうかな…っと」
 そんな気持ちが強くなっちゃうあまり、声の練習の時間なのについ身体を動かしちゃう。
「…っとと、やっぱり結構難しいかも。こういうの笑顔で、しかも歌いながらしてる夏梛ちゃんと麻美ちゃん、アイドルの子たちってすごいんだね」
 森ってことで足元がちょっと不安定だけど、ダンスの振り付けの真似事しちゃったりして。
 この森にきてから、毎日ふとそんなことしちゃうことが…う、ううん、ほんの少しだけだよ?
「でも、頑張れば私にだって、みんなには及ばないかもだけどできる、かも。で、隣にはあの子がいて…」
 そんなシーンを想像して、くるっと一ターン…。
「…センパイ、何してるんですか?」
 と、私以外の誰かの、しかもとっても聞き覚えのある声が耳に届いた気がして、思わず動きを止めちゃう。
 いや、まさかそんなことあるはず…と、おそるおそる声のしたほうへ視線を向けると、そこには一人の女の子の姿…!
「りっ、りり里緒菜ちゃんっ!? ど、どどど…」
 どういうことなの、これって…全然意味が解らなくってあたふたしちゃう。
「もう、私の質問に答えてください。センパイ…何してたんですか?」
 じぃ〜っとこちらを見つめる彼女。
「え、え〜と、その、こ、声の練習…?」
 何とか固まってた体勢は元に戻したけど…うぅ〜、色んな意味でどきどきが止まらないよ…!
「でも、身体を動かしてましたし、おかしくありませんか? 本当は、何してたんです?」
「そっ、それは、え〜と…」
 じぃ〜っとまっすぐに見つめられて続けてて…こ、こんなの、誤魔化すことなんてできないよっ。
「う、うぅ〜っ、ア、アイドルの真似事してたのっ」
「…どうしてそんなことしてたんです?」
 うわっ、真顔でさらに突っ込んできた…そ、そこまで言わなきゃいけないのっ?
「そ、それは…り、里緒菜ちゃんとこんなことできたら楽しいだろうな、ってそんなこと想像してて…!」
 正直に言ったはいいけど、ものすごく不安になったり恥ずかしくなっちゃったりでうつむいちゃう。
「そうですか…ふふっ」
 と、今までクールな口調だったあの子がこらえ切れない、って感じで笑い声を上げた?
「もう、やっぱりかわいすぎです、すみれは…大好きですっ」
 で、次の瞬間にはあの子にぎゅって抱きしめられちゃってた…!
「えっ、ちょっ…り、里緒菜ちゃんっ?」
 もう、これって本当にどうなって…全然意味解んないよっ?

「う〜、まだどきどきしてるよぉ…」
「ふふっ、ごめんなさい、すみれ?」
 しばらく抱きしめられちゃった後、すぐそばの大きな木の根元へ二人並んで腰掛ける…けど、私はそんな状態で、あの子がやさしくなでなでしてきてたりして。
「うぅ…ぶぅぶぅ、これじゃ何だか私が子供みたいだよ…」
「いいじゃないですか、すみれはこんなかわいいんですから」
「ぶぅ、かわいくなんてないもんっ。そ、それより、里緒菜ちゃんはどうしてこんなとこいるのっ?」
 からかわれ続けるのもあれだから、こんなことになった原因をたずねてみた。
「それはもちろん、かわいいすみれの様子を見にきたんです」
 天使みたいな笑顔をしてなでなでしてきつつそう言ってくるあの子。
「いや、だからどうして私がここにいるって解ったの…里緒菜ちゃんに言ってなかったのに」
「あ、それは教えてもらったからです、夏梛さんと麻美さんに」
「…へ?」
 思いもよらない言葉に固まっちゃったけど、どうも麻美ちゃんが森に入って練習してるのを私が見たみたいに、麻美ちゃんのほうも数日前に私が森へ入ってくのを見ちゃったらしい。
 で、それを夏梛ちゃん、そして里緒菜ちゃんに話しちゃった、と…うぅ、全然気づかなかった。
「しかも、私とこんなことしたいってダンスの真似事してた、っていうんですから…これはぜひ見ておかないと、と思ったわけです」
 うぅ、さらにはそんなとこを見られちゃってたなんて…里緒菜ちゃん、そのためにわざわざ日曜日の今日お仕事ある、って嘘までついて…。
「うぅ、ほんとにひどいよぅ…」
「もう、そんなすねないでください。あんなすみれが見られて、とっても愛おしく感じられたんですから…もちろん、今のすみれもですけど」
 と、私の身体がまた彼女に抱き寄せられちゃった。
 恥ずかしくってしょうがないんだけど、でもとっても安らいじゃう…あぅ。


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