第六章

「…えっ、すみれセンパイと里緒菜さん、私たちのライブ、見てたん見てたんです?」「そういえば、美亜さんはいらしていたみたいですけど、まさかお二人もだなんて…」
 ―夏梛ちゃんと麻美ちゃんの学園祭ライブから数日たって。
 あの翌日からお休みをもらってた二人が事務所へ姿見せたからあの日の私と里緒菜ちゃんのこと話すと、二人とも驚いちゃってた。
「うん、二人とも、とってもよかったよっ」
「そ、そうですか? 前に歌って歌っていた人のほうが上手上手だったかもですけど…」「うん、そうだよね…草鹿さんを見た如月さん、ここの事務所からデビューさせようかって真剣に考えていましたし…」
 わっ、そんな話があったんだ…この事務所は声優だけじゃなくって歌い手さんも所属してるし、それにあの子はまさに歌姫って感じだったからそんなこと考えるのも当然、かな?
 でも、二人はあんなこと言うけど…。
「そんなことないんじゃない? それに、貴女たち二人が観客へ届けるのは、歌だけじゃないんだし…アイドル、なんでしょ?」
 …あ、私が言いたかったこと、今日もアルバイト後に一緒にここへきた里緒菜ちゃんに言われちゃった。
「うんうん、里緒菜ちゃんの言うとおりだよ。二人のダンスもよかったし、それに見てて二人の気持ちが一つになってるの伝わってきたもん」
「そ、そうでしょうか…てれてれ」「あ、ありがとうございます…」
 本当、二人とも息ぴったりだったし、お客さんを楽しませるだけじゃなくって自分たちも楽しいってのがよく感じられた。
「…でも、いくら何でも舞台上で口づけとかはやりすぎだって思うけど。お客さんは盛り上がっていたけど…あんなこと、どのライブでもやってるの?」
「は、はわはわっ、そ、そんなそんなことはありませんっ」「あ、あれは夏梛ちゃんが私と一緒に暮らしてくれる約束をしてくれて嬉しくなって、想いが抑えられなくなってつい…」
 ちょっと冷ややかな視線を向ける里緒菜ちゃんの言葉に、二人とも赤くなっちゃった。
 そういえば、口づけの前に二人はそんな約束してたっけ…私もいつかは里緒菜ちゃんとそうしたいな。
「全く…好きだっていう気持ちは解るけど、あんまり人前とかでバカップルにならないでもらいたいわ。同じ事務所にいる身としては恥ずかしくなるもの」
「ご、ごめんなさい…」
 やっぱりちょっと冷たい目なあの子の言葉に麻美ちゃんはしゅんとなっちゃう…今の里緒菜ちゃんは確かに喫茶店にくる子たちが言うみたいにクールに見えるかも。
「でもでも、それを里緒菜さんに言われるのはおかしいおかしいです。里緒菜さんとすみれセンパイだって、私たちに負けない負けないくらいそんな感じですし」
「な…私たちのどこが?」「へ、そ、そう?」
 と、夏梛ちゃんの言葉に私たち二人とも戸惑っちゃった。
「ですです、二人ともいつもいつもいちゃいちゃして、見てるこっちが恥ずかしい恥ずかしいです…麻美もそう思いますよね?」「え、えっと…う、うん、幸せそうなのは、伝わってくる、かな…?」
「それってこちらの台詞なんですけど…そちらこそ、いつもいちゃいちゃして、目の毒です。センパイもそう思いませんか?」「…へ? え〜と、私は…まぁ、二人とも幸せそうだよね」
「もうもう、何です何です、だいたい里緒菜さんはいつもいつも言っていることがおかしいおかしいんです。犬が猫よりいいだとか…」
「それはどこもおかしくないじゃない。猫のほうが好きっていう夏梛さんこそ…」
 あぁ、どんどん話がそれていくうえに言い争いみたいになってきちゃった。
「あ、あの、えっと…ど、どうしましょう?」
 そんな二人を見て、とっても不安げな様子で麻美ちゃんが私にたすけを求めてくる…けど。
「大丈夫大丈夫、このままにしといてあげよ」
 笑顔でそう言ってあげると、麻美ちゃんも少しほっとした様子になった。
 その間にも二人の言い争いは続いてるけど、これってつまりあんなことで言い合っちゃうくらい里緒菜ちゃんが気を許してるってことになるものね…うんうん、仲がいいのはいいことだね。
 でも、私と里緒菜ちゃんがバカップルに見えちゃうのか…私、それにあの反応見ると里緒菜ちゃんにも特に自覚ないわけだけど、こういうのって当事者には解んないことなのかも。
「ん〜、サクサク…あ、麻美ちゃんも食べる?」
「あ、えと、いただきます…」
 それにしても、ああして向きになる里緒菜ちゃんもかわいい…のんびり見させてもらおっと。

 夏梛ちゃんにはあんなこと言われたけど、だからって特にあの子へ対する態度を変えたりすることなどはせずに。
 里緒菜ちゃんも特に変わることなく私に甘えてくれたりして、とっても満ち足りた日常。
 そう、もうこれ以上望むことなんてない…あとは一緒に暮らせたら、ってくらい幸せなんだけど、でも心の奥にはそのことを抜きにしてもまだもやもやが残っちゃってた。
 こんなこと、考えてもしょうがないことなんだけどなぁ…。
「ん〜…よしっ」
 もやもやした気持ちを吹き飛ばすために、外へ走りに出ることにした。
 時間はお昼前、あの子は学校で、アルバイトはまだ、お仕事もない上スタジオも使えない、って状態だからね…ん、今日も秋晴れのいいお天気。
 そんな中を軽くジョギングして、たどり着くのは早朝してるジョギングのときにやってっくるのと同じ、海沿いの神社。
 今朝もやってきてお参りしちゃってるけど、せっかくこうしてきたんだし、もう一回お参りしようかな。
 そう思って参道を歩いてく…んだけど。
「…あれっ? 今のって…」
 神社の周りを包む鎮守の森、その中に入ってく一人の女の子の姿が目に留まったの。
 しかも、あれって私の見間違いじゃなかったら…ん〜、どういうことなの?
「…ん? 誰かと思えば、山城さんですか…こんにちは」
 と、そのとき背後から声がかかってきたから振り返ってみる。
「あっ、竜さん、こんにちは」
「はい、山城さん、今朝もいらしてましたけど、またジョギングですか? お疲れさまです」
「ううん、竜さんこそお仕事お疲れさまっ。あ、チョコバー食べます?」
「いいえ、今はお仕事中だから…」
 私の前に現れたのは、長めの黒髪に巫女さんの装束を着た女の人で、西條竜さん…見たまんまのお仕事してて、私がここにくるうちに知り合いになったの。
「今朝は、恋人さんはお家に泊まっていったりはしなかったのですね」
「えっ、え〜と、まぁ、そうですね…あはは」
 あの子が泊まってってくれる日は、朝のジョギングをお休みしちゃってるからなぁ…。
「…って、そうだ。ねぇ、竜さんは麻美ちゃんのこと、知ってるよね?」
 ついさっきのことを思い出したから聞いてみることにした。
「はい、石川さんですよね? 彼女もよくここにきてくださいますし、もちろんです」
「そっか、じゃあやっぱりさっきの、そうだったのかな…?」
「どうかなされたのですか?」
「あっ、うん、えっとね、さっきこの森の中に麻美ちゃんっぽい人影が入ってくのが見えて、どういうことなのか気になっちゃって」
「なるほど、そういうことでしたか。石川さんは、森の中でお稽古しているんです」
「…へ?」

 この神社を包む鎮守の森は結構広くって、少し奥へ入れば参道とかから声は届かないし姿も見えなくなる。
 それを利用して、麻美ちゃんは森の中で一人、声の練習をしてるっていうの……もちろん、神社の人には許可を取って。
 今年の春、夏梛ちゃんと麻美ちゃんが事務所へきてからすぐの頃からよく二人でここへくる様になって、二人でよく練習してたそう…きっと、二人一緒に出てたデビュー作なゲームのための練習だね。
 で、今でも時には二人でくることもあるそうながら、麻美ちゃん一人でやってきて森の中へ行くことも多いっていうの。
 でも、こんなとこで練習だなんて、本当に大丈夫なのかな…気になって、というより何だか心配になってきて、彼女が消えたあたりから森の中へ入ってみることにした。
「わ、確かに結構深い…」
 とっても静かな森の中…でも日の光はちゃんと届くし、暗いって感じはしない。
 そこを慎重に進んでくと、奥のほうから次第に声が届いてきた。
 あんまり近づきすぎて気づかれたりしない様に、そっと様子をのぞいてみると…確かに、見覚えのある女の子が一人で声の練習してた。
 日の射し込む森の中で一人たたずみ、歌う…みたいに見える感じで声の練習するその姿は、とっても神秘的にさえ見える。
「そういえば、今日は夏梛ちゃん、お仕事なんだっけ。ああやって一人でも頑張ってるなんて、偉いなぁ」
 つい数ヶ月前、はじめて夏梛ちゃんが遠くへお仕事行って離れ離れになったときはかなり元気なくして練習なんて手につかない状態になったりしてたけど、今の彼女なら大丈夫だね。
 誰も見ないはずなとこで一人しっかりと頑張って練習してる彼女に声かけたりする気にはなれなくって、そのままその場を後にした…んだけど。
「あっ、竜さん、ちょっとお願いあるんだけど、いいかな?」
 森から出たところで、さっそく竜さんへ声をかけたんだ。


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