「…う〜ん、思ったより注目されちゃったみたいだね」
「ある程度こうなることは予想していましたけど…はぁ、面倒ですね」
あんまり人のいないところにやってきたところで一息つくけど、あの子はため息もついちゃった。
「あぅ、ごめんね、里緒菜ちゃん。私がアイドルみたいなことしたい、なんて言ったばかりに…」
「もう、いまさら何謝ってるんですか。そのことは私もその気になったんですし、別に文句ありません」
う〜ん、でも、私たちでこんなことになるなんて…夏梛ちゃんと麻美ちゃんも夏のミニライブの後でお祭りは回らなかったそうだけど、こういうことだったんだ。
でも、あの里緒菜ちゃんを見てたらそうなっちゃうのもしょうがないのかも…私も、お客さん側としても彼女の舞台を見てみたくなっちゃう。
「…さてっと、それじゃ改めてお昼を食べに行こっか」
うん、今はその舞台で疲れちゃってる彼女にゆっくりしてもらわなきゃ。
「…えぇ〜、ちょっと気が進みません」
なのに、当の彼女はそんなお返事?
「…へ? どうして?」
「だって、人ごみに入ったらまたあんな面倒なことになりそうで」
あぁ、そういうことか…あんなことがそう度々あるとも思えないんだけど、でもちょっと身動き取りづらいのも事実かも。
う〜ん、どうしたものか…。
「…あっ、そうだ。センパイ、私についてきてくれませんか?」
と、里緒菜ちゃん、私の手を引いて歩き出しちゃう?
「…ふぇっ? り、里緒菜ちゃん、どこ行くの?」
「いいですから、気にしないでついてきてください」
いや、そんなこと言われても気になるに決まってるんだけど…でも、いっか。
だって、里緒菜ちゃんがこうやって私の手を引いてくれるなんて、何だか新鮮で嬉しいもん。
私の手を引く里緒菜ちゃん、非常階段使って教室のある校舎へ入るの。
で、あるクラスにあったあんまり長くはない行列に私を並ばせると、一人でどっか行っちゃった。
そのクラスは喫茶店してるみたいで、ここでお昼しようってことなんだろうけど、どっか行っちゃうなんて…私に席を取ってもらってその間にお手洗いとか、そんなとこなんだろうけど、しょうがないなぁ。
そして私の前にできてた列がなくなるまでの間にあの子は戻ってこなくって、しょうがないから私一人で教室に入っちゃう。
教室に入ると何だかほっとする、いつもの香り…。
「いらっしゃいませ、センパイ?」
そして出迎えてくれるのも、ほっとする聞き慣れた声…ん?
「…って、り、里緒菜ちゃんっ? どうして…それに、その格好って?」
そう、出迎えてくれたのは姿を消してたあの子だったんだけど、明らかに店員さんな服装になってたの。
「どうしたの、ってここは私のクラスですから、私がいてもおかしくないって思いますよ?」
そんなこと言って微笑む彼女…うっ、かわいい。
「もう、こういうことだったなら、ちゃんと言ってくれたらよかったのに」
「いいじゃないですか」
ぶぅ、里緒菜ちゃんってばわざとだ…いや、そんなことする彼女もかわいいしもちろんいんだけど。
「ではセンパイ、お席へご案内いたします」
いつもは私があのお店で着てるみたいな服装して、私がしてるみたいなことする彼女…これまたとっても新鮮。
席についてしばらく待ってると、あの子が紅茶と軽食を持ってきてくれる…んだけど、二人分あるうえにあの子は向かい側に座っちゃった?
「…あれっ、里緒菜ちゃん、店員さんのほうはいいの?」
「はぁ、それが、私はセンパイとのんびりしてていい、とみんなが言うものですから」
「そうなんだ?」
里緒菜ちゃん、お料理とか上手なのに…このクラスの子たちのことだから、里緒菜ちゃんにそんなことしてもらうのは恐れ多い、とか考えてるのかも。
「何でも、私とセンパイがここでこうしてる姿を見られるのが幸せ、だそうで…」
わっ、何だか美亜さんみたいなこと言う子たちだなぁ…こうして彼女とのんびりさせてもらえるのは素直に嬉しいけど。
そんなこと思いながらもまず紅茶を一口…と。
「ん〜、何だかまた美亜さんのこと思い出しちゃうかも」
香りといい味といい、あのお店のものにずいぶん似てる気がする。
「…鋭いですね。今日ここで使ってるお茶、あのお店からもらったそうですよ?」
「そ、そうだったんだ…」
似てるどころかそのものだった、ってわけか。
「この間のあっちの学園祭でも美亜さんのとこのお茶使ってたし、何だか不思議と縁があるね」
あっちの学園祭であのお店入ったのは偶然なはずなんだけど、美亜さんのこと考えると何か見えない力が働いてそうな気も…。
…あぅ、ちょっと怖くなってきちゃったし、ここはそんなこと考えずにお昼にしよう。
「里緒菜ちゃん、みんなに言われてのんびりしてるっていうけど、何も言われなかったらあのまま店員さんしてたの?」
食事も終わって一服…ってとこでそんなことたずねてみる。
「はい、そのつもりでしたよ? 少なくてもセンパイのお食事が終わるまでは」
「わ、そうだったんだ…でもそれじゃ、里緒菜ちゃんが休めないじゃない」
「まぁ、そうですけど…いいんです。いつもと逆の立場になってみる、って何だか楽しくありませんか?」
あぁ、なるほど…私が新鮮だって感じたみたいに彼女もそんなこと思ってたんだ。
「それに、センパイにゆっくりしてもらいたかったですし」
自分だって疲れてるはずなのに、いつもは面倒くさがりやさんなとこ見せるくせに、そんなこと言って微笑んできたりして、里緒菜ちゃんは本当にいい子で、かわいすぎる。
「…ん、ありがと、里緒菜ちゃん」
そんな彼女がたまらなく愛おしくなって、彼女の隣へ席を寄せてなでなでしちゃう。
「もう、すみれったら…」
あの子も少し顔を赤らめて嬉しそう…と、次の瞬間にはまわりから歓声が届いてきちゃう。
はっとして見ると、教室にいた子たちみんなこっち見てきてて…あぅ、いけない、完全に二人きりの世界に入り込んじゃってた。
「…あんまりのんびりしてても迷惑になりますし、そろそろ行きましょうか」
いつものクールな表情に戻ったあの子がそう言いながら立ち上がって、私も異存はないから一緒に立つんだけど、何かこのまま立ち去るのはもったいない気がする。
いや、歓声を上げる子たちに私たちの関係を見せつけるとかそういうことじゃなくって、私たちにこういうひとときを与えてくれたここのクラスの子たちにお礼したいっていうか…そうだ。
「待って、里緒菜ちゃん。せっかくだし、私もここの店員さん、やってきたいな」
「…えっ? すみれ…どういうことです?」
あまりに唐突な申し出にあの子はきょとんとしちゃったけど、でもその彼女があの服を着てるんだし、いい機会だって思うの。
「ここのみんなにお礼したいし、それに里緒菜ちゃんと一緒に店員さんできたらいいな、って。もちろん里緒菜ちゃんやみんながいいって言ってくれたらだけど…どう、かな?」
「まぁ、すみれがそう言うんでしたら私はいいんですけど…じゃあ、みんなに聞いてみますね」
そうしてクラスの子たちに確認してくれる彼女…みんなも歓迎してくれたの。
今日は里緒菜ちゃんと一緒に舞台に立てただけじゃなくって、店員さんまで一緒にできて…彼女と同じ学校の生徒として参加してる感じがして嬉しい。
里緒菜ちゃんにとってもいい想い出になってくれてるといいな。
-fin-(こちらへつづく?)
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