話によると、彼女はグラウンド脇にある大きな木の下にいるってことだったから、さっそく行ってみる。
 その木の下には、確かにあの子の姿…体操服姿で、木にもたれかかってたたずんでる。
 何だかとっても画になってるっていうか、ちょっと見とれちゃうかも。
「…里緒菜ちゃん、こんにちはっ」
 しばらくながめてたくもなったけど、それ以上にやっぱりそばに行きたいって気持ちのほうが勝って、歩み寄って声をかけた。
「…え、すみれ? どうして…ここにいるんですか?」
 その声で私に気づいたあの子、ちょっとだけ驚いた様子になった後…冷ややかな視線を向けてきちゃう。
 …まぁ、あれだけこないで、って言ってきてたし、そうなっちゃうのもしょうがないかも。
「うん、里緒菜ちゃんのことが気になっちゃって」
「はぁ…私はこないでください、って言ったはずなんですけど」
「いや〜、私も外をちょっと通りかかるだけにしとこうかと思ったんだけど、喫茶店にきてくれる子たちが気を利かせて中に入れてくれたの」
「それは…全く、余計なことをしてくれますね」
 そうしてあの子はまたため息ついちゃう。
「えっと、そういうわけなんだけど…ここにいちゃ、ダメかな? 里緒菜ちゃんがどうしても嫌、っていうなら帰るけど…」
 うん、あんまり嫌がることしちゃダメだもんね…彼女の姿を見られて、これで満足しといてもいいのかも。
「…しょうがありませんね。きたものはどうしようもありませんし、すみれがどうしてもっていうんでしたら別にいいですよ?」
「わっ、ほんとにっ?」
「はい…そこまでするほど私のそばにいたかった、ってことですよね? 本当、すみれはかわいいんですから」
 ちょっと引っかかることも言われた気がするけど…とにかくっ。
「うん、ありがとっ。じゃ、お言葉に甘えて…そうさせてもらうねっ」
 嬉しくって、それにあんなこと言って微笑んだあの子の姿に気持ちが抑えられなくなって、そのままぎゅって抱きしめちゃった。
「あ…もう、すみれったら」
 あの子も嬉しそうにしてくれた…んだけど、それと同時に歓声が聞こえてきちゃう?
 わっ、もしかして私たちのこと見て…じゃなくって体育祭のほうが盛り上がってるんだろうけど、とにかくまわりには結構人がいるんだっけ。
 とはいえ私たちのいるこの木のまわりには人が近寄ってこないんだけど、とにかくゆっくり彼女を離すの。
「全く、すみれったら…気をつけてくださいね」
「うん、ごめんごめん」
 里緒菜ちゃんは再び木にもたれかかるから、私もその隣にいさせてもらう。
「ところで里緒菜ちゃんはここで何してたの?」
「私ですか? 見ての通り、ぼ〜っとしてました」
「…へ?」
 ちょっと意外、いや彼女のこと考えるとそうでもないかもだけど、とにかく彼女の返事に固まっちゃった。
「別にさぼってるわけじゃないですよ? クラスメイトが、私はこうやってただ見てるだけでいい、って言ってくれたものですからお言葉に甘えただけです」
「そ、そうなんだ…」
 嘘とか冗談で言ってるわけじゃないだろうし、さっきの子の言葉を思い出しても、きっとそうなんだろうなぁ。
 いや、さっきの子…里緒菜ちゃんがここにいること教えてくれた子が言ってたんだけど、里緒菜ちゃんがここからクールな雰囲気で見守ってくれてるだけでみんなはやる気が出てくるんだって。
 やっぱりそれだけみんなにとって里緒菜ちゃんはアイドルみたいな存在、ってわけで…こうやって彼女のいる場所のまわりに誰もいないのも、邪魔しない様にって気を遣ってるってわけなの。
 まぁ、実際のところはやる気がなくってぼ〜っとしてただけ、だったりもするんだけど…でもそれでもさっき私も見とれちゃったし、みんなが彼女のことクールでかっこいいって感じるのも当然かな。
 これで今度の学園祭でアイドルみたいなライブしたらどうなっちゃうんだろ…。
「え〜と、ってことは、里緒菜ちゃんって何の競技にも出ないの?」
 まぁ今は今日のことを考えることにして、そうたずねてみる。
「いえ、一応一つだけ出ることになってますけど、午後なので」
「そ、そっか」
 さすがに何も出ないってことはなかったみたいで、そこは一安心なんだけど…。
「でも、一種目にしか出ないんなら、あんなに体育祭のこと嫌がることなかったのに」
 もっと大変なのかな、って思ってたけど、これなら普通の体育の授業のほうが大変そう。
「それはそうかもしれませんけど…何となく、この空気が苦手なんですよね。あと日曜日がつぶされることとか」
「明日お休みになるんだからそれはいいんじゃ…」
 あの子の性格からして、こういう空気が苦手、っていうのは解るけど。


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