第五章

「こうしてこのラジオを聴いてくれてるってことは、当然本編の第一話は観ている、ってことよね?」
 ―スピーカーから聞こえるのは、気の強そうな女の子の声。
「もし観ていなかったりしたら、ちょっと許せないかも。今すぐ私の完璧なかわいさを見てきなさいっ」
「もう、そんな無理言ってはいけないわ。色々事情があって観ることのできない人もいるでしょうし」
 その子に加えて、落ち着いた大人の雰囲気な女性の声も届く。
 彼女の言う色々な事情、っていうのはあれだよね…放送時間がずれてたり、あるいはそもそも放送されてない地域にいる人のほうが多い、っていうこと。
「それに、かわいい貴女は私が独り占めするのだから」
「んなっ、な、何言ってるのよ、私たちは全然、そういうのじゃ…!」
「あら、顔が真っ赤よ?」
「う、うぅ〜、と、とにかく、二回めの放送になるこのラジオ、最後まで聴いていきなさいよっ?」
 気の強そうな子は完全に振り回されちゃってて微笑ましい…んだけど、聴いてて私は恥ずかしくなってきちゃった。
 だって、その子の声を演じてるのって…私なんだもん。

「やっぱり、センパイが演じているこのキャラ、ラジオでも声を聞いていると何だか面白くなってきます」
 テーブルの上に置かれたノートパソコン…そこから再生されていた音声が途切れたところで、私のすぐ隣に座っている里緒菜ちゃんがそんな声をあげた。
 私たちがいるのはあんまり大きくないアパートにある私の部屋で、窓の外はもう真っ暗…今日は、っていうよりも今日も、学校の終わった里緒菜ちゃんがここにきてくれてるの。
 さっきまでは彼女の作ってくれたおいしい夕ごはんを食べて…と、もちろんさすがに毎日こんなことしてもらってるってわけじゃなくって、今日彼女がここにいるのは、夕ごはん後からつい今まで流してたwebラジオを一緒に聴くため。
「面白くなってくる、って…どういうこと?」
「いえ、強気でツンデレな子ってかわいくって微笑ましいですよね。それを演じてるのがセンパイだって思うと…やっぱり面白いです」
「むぅ、何だか失礼だよ…ぶぅ」
「もう、ほめているんですよ? かわいらしさがよく伝わってくる、って…あ、でも素のセンパイのほうがかわいいですけどね?」
「そんなことないのに…ぶぅぶぅ!」
 自分のことを棚にあげてあんなこと言ってくるものだから抗議の声を上げちゃう。
「う〜、私は大人っぽい里緒菜ちゃんの声を聞いてるとどきどきしてきちゃうのに〜!」
「ふふっ、それはありがとうございます」
 もう、里緒菜ちゃんとこういう関係になって二ヶ月くらいがたったけど、どうも私が彼女にからかわれる立場になることが多い気がしちゃう。
 まるで私たちが演じてる二人みたいだけど、そんな関係に心地よさを覚えちゃったりすることのある自分が…うぅ、色々複雑な気分になってきちゃって、気をそらすって意味も込めてチョコバーを口にしちゃう。
「あ、私にもください」
「サクサク…うん、もちろんっ」
 チョコバーを渡して二人で食べる…うんうん、里緒菜ちゃんと一緒に食べるとよりおいしい。
「サクサクサク…それにしても、ついに昨日はアニメの第一話が放送されて、こうやってwebラジオも更新されてて、何だか感慨深いなぁ」
「そうですね、夏休みの間ほとんど毎日一緒に練習してきた作品が、ここまできたんですものね…サクサク」
 二人でちょっとしんみりして…って、もう。
「いやいや、放送はまだまだはじまったばっかりだし、アニメもラジオもまだまだ収録あるんだから、これからも気を抜かずにいかなきゃ」
「大丈夫です、そのあたりは…まだまだ未熟な私が、しかもセンパイと一緒に主役をさせてもらっているんですから、精一杯やらせてもらいます」
「ん、そうだね、私も一緒に頑張るっ」
 普段どっちかっていうとやる気なさげなあの子がそこまで言ってくれたのがとっても嬉しくなっちゃう。
「もう、センパイはかわいいですね…」
「…って、今の話の流れでどうしてそうなるのっ?」
「だって、そう感じたんですから仕方ないでしょう…そんなセンパイとご一緒にお仕事できるなんて、幸せです」
「むぅ〜、それは確かに私も里緒菜ちゃんと一緒にお仕事できるのはとっても幸せだけど、里緒菜ちゃんのほうがずっとかわいいんだからねっ?」
「さぁ、それはどうでしょうか」
 もう、またとぼけちゃったりして…そんなこと、誰の目から見ても明らかなのにね。
「次のセンパイとご一緒のお仕事は…次回のwebラジオの収録ですか。事務所のスタジオでの収録になりますし、楽でいいです」
 主役二人とも同じ事務所に所属してるってこともあって、そうさせてもらえてるの…アニメの収録のほうも市内のスタジオでやってて、高校生活のある里緒菜ちゃんにはかなりいい環境。
「webラジオか…最近は便利になったものだよね」
「それは確かにそうですね…アニメとかの公式サイトも、一昔前よりも色んなものが公開されている気がします」
 Web関係、そういうのがとっても苦手な麻美ちゃんほどじゃないながらも私もそう使うほうじゃないんだけど、何だかそうも言っていられない感じかも…と、麻美ちゃんといえば。
「そういえば、麻美ちゃんもwebラジオやってたっけ」
「あぁ、そういえば九月くらいからはじまったみたいですね…あちらはゲームの、でしたっけ」
「うん、麻美ちゃん、それに夏梛ちゃんのデビュー作になるゲームの、だね」
 主役は夏梛ちゃんなんだけど、ラジオのほうは麻美ちゃん一人でやってる。
「あっちのラジオは役じゃなくって中の人、ってことで出てるんだよね…素の麻美ちゃんもあの役とあんまり変わらない感じだけど」
「えっ、そうですか? 確かにどっちもほんわかお嬢さま、って感じですけど、素のほうがずっとおどおどしてて危うい感じがするんですけど」
「…ま、それは否定できないかも」
 里緒菜ちゃんの言うとおりで、麻美ちゃん自身、初収録が終わった日は失敗したって思ったみたいで元気なくしちゃってたっけ。
「でも、リスナーさんにはそこが好評みたい…微笑ましいもんね」
「まぁ、それは私も否定しません」
「そういえば、夏梛ちゃんはwebじゃなくってちゃんとした自分のラジオ番組を持ってるんだったよね」
 素でとか役でとかってもうそういうレベルじゃなくって彼女の番組なわけだから、本当にすごい。
「さすが、っていったところですけど…じゃあ、私たちも素でラジオ番組とか、やってみます?」
「…へ? う〜ん、そうだなぁ…」
 突然の提案にちょっと考える。
 素で、ってだけなら丁重にお断りしたいところなんだけど、里緒菜ちゃんと、ってなると…。
「…なんて、そんな真剣に考え込まないでください。ほんの軽い冗談なんですから」
「…へ? 冗談?」
「はい、私がそんな面倒なこと、自分から進んでするわけないじゃないですか」
 わっ、そこ、言い切っちゃうんだ…。
「それに、夏梛さんや麻美さんは私たちとは違ってアイドルでもありますから、演技じゃない自分を表に出してもいいって思います。でも、私たちはそうじゃありませんし…センパイも、私と同じ考えなんじゃないんですか?」
「…ん、そうだね。私も、あんまり素顔とかは露出させたくはない、かな」
 声優さんっていうのはあくまで声でお仕事するものだし、素を見せたりしてイメージついちゃう様なことはあんまりしたくないな…って、これはあくまで私個人の想いだよ?
 最近はイベントとかで表に出る機会も声優さんはずいぶん多くなってるけど、でもできる限りは…ね?
「ふふっ、そうですね、私も素顔を見せるのは…すみれだけに、で十分ですよ?」
「わっ、り、里緒菜ちゃん…!」
 身体を寄せられ、さらに耳元であんなことささやかれるものだからびくってしちゃう。
「ふふっ、すみれ、かわいいです」
「あ、あぅ…」
 しかも昨日から、こういうどきどきしちゃう様なシチュエーションのときだけ私のことを名前で呼んでくる様になっちゃったりして、さらにどきどきしちゃうよ…!

「里緒菜ちゃんと一緒に、か…」
 昨日も彼女を私の部屋へ泊めて、さすがに二日連続でっていうのはあんまりよくないって思うし、今日は学生寮まで送ってあげたわけだけど、彼女と別れて一人での帰り道、ふとそんなことつぶやいちゃう。
 思い出してたのは、私の部屋での彼女の言葉…一緒に、役じゃなくって素でラジオをしないか、っていうこと。
 あの子は冗談で言ってきたんだけど、私は…それもいいな、って思ったりしちゃった。
 私の声優ってお仕事に対する考えかたはあのとき思ったとおり…なんだけど、でも大好きなあの子と一緒に何か大きなことする、っていうのはそれ以上の魅力がある様にも感じられちゃう。
 今は一緒の作品に出てるから、しかも二人とも主役ってなってる作品だからいっしょに同じお仕事してるって感覚がとっても強いけど、これが終わったら…。
「…って、いけないいけない」
 それだけで、それにそれが終わっても恋人同士って関係は変わらないんだし、それだけで十分だっていうのに、私ってば何考えてるのかな。
 う〜ん、心がわがままになってきちゃってるのかな、困ったものだなぁ…自分のことだけど。


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