九月に入って、里緒菜ちゃんの学校も二学期がはじまった。
学校に日常が戻ってきたわけだから、もちろんもう私がそこに入り込んで学生寮とか、ましては校舎内にある彼女の秘密の場所に行くわけにはいかなくなっちゃった。
夏休みの、本当に一日じゅうずっと一緒にいられるってことはなくなっちゃったけど、でもさみしいってわけでもないよ。
「いらっしゃいま…あ、里緒菜ちゃん、こんにちはっ」
「はい、どうも…」
学校が放課後を迎えて少したったっていう時間、私がアルバイトしてる喫茶店にやってきてくれる彼女。
毎日ってわけじゃないけど、でもほとんど毎日、っていってもいいくらいきてくれて、しかも九月に入ったっていってもまだ暑い中で、なんだからなおさら嬉しい。
「ほら、もう、センパイは今アルバイト中なんですから、そちらに集中してください。私は時間までのんびりしてますから」
「あっ、うん、じゃあご注文をどうぞ」
あの子は喫茶店の端の席に座って、のんびり…私はアルバイトを続けるけど、あの子の視線を感じる気がしちゃってちょっとどきどきしちゃう。
「うふふっ、里緒菜ちゃんとゆっくりお話、してきていいのよ?」
「いやいや、さすがにそれは」
「もう、そのほうが私は嬉しいのに…」
女の子同士が仲良くしてるのを見るのが好きな美亜さんはそんなこと言ってくるけど、お金もらってるのにそんなことはさすがにできないよ。
「もう、しょうがないわね…あ、でも今日はもう時間よ、お疲れさま。あとは二人、仲良くね」
「あっ、はい、美亜さん、お疲れさまです」
今日は夕方くらいにアルバイトの時間も終えて、急いで着替えてあの子のいる席へ。
「里緒菜ちゃん、お待たせっ。だいぶ待たせちゃったかな」
「ですから、アルバイトの時間だったんですから気にしなくていいです。だらだら…のんびりするの、好きですし」
そんなこと言うあの子はちょっと眠そうなんだけど、そういう時間が好きっていうんだから…いい、のかな?
「それに、センパイのウェイトレス姿、なんて見られるんですから、これもいい時間です」
「…うっ、そう改めて言われると何か恥ずかしい」
私には似合ってないって思うんだよね…里緒菜ちゃんが着れば似合いそう。
「ふふっ、やっぱりセンパイはかわいいですね…じゃ、そろそろ行きましょうか」
「もうもう、またそんなこと言って…ぶぅ」
あんなこと言いながら席を立つ彼女、そして私のことを美亜さんが微笑ましげに見送ってくれたりして。
喫茶店を後にした私と里緒菜ちゃん、市街地のほうへのんびり歩いてく。
でも、今日は事務所のスタジオは他に人が使う予定入ってたから、帰る前にちょっと立ち寄ってみるくらいかな。
「ん〜、じゃあ今日はウインドウショッピングでもしよっか」
「そうですね、色んなお店を回ってみるのもよさそうです」
「あれっ、里緒菜ちゃんがそんなこと言うなんて、ちょっと珍しいかも」
彼女はめんどくさがりやさんだから、たくさんの場所とか回るのは嫌かと思ったのに。
「まぁ、確かにちょっと面倒かもっていう気持ちもありますけど、まだ知らないセンパイの好きなものとか意外なこととか解るかもしれませんから」
あっ、なるほど、私たちってこういう関係になってからまだ間もないし、お互いにまだまだ知らないことも多いけど、何のきっかけもなしにそういうこと話すのってなかなか難しいものね。
「うんうん、里緒菜ちゃん、私のこともっと知りたいって思ってくれてるんだ」
「もう、センパイは何でもすぐに喜びますね…そんなの、当たり前のことですのに」
当たり前のこと…そう思ってくれてること自体が嬉しくって、ますます気持ちが高鳴っちゃう。
「う〜ん、やっぱりこうして里緒菜ちゃんと一緒だと幸せっ。それに、春のことを思い出すよ」
「春、って…あぁ、私がセンパイに連れ出されて一緒にお散歩してたことですか?」
「うんうん、それそれ。梅雨に入ってからやめちゃったけど、こうしてるとお散歩って感じであの頃を思い出すよねっ」
あのときは里緒菜ちゃんが全然外に出ないってことを知って思わず誘っちゃったんだけど、彼女もちゃんと付き合ってくれて…もしかしてあの頃から私のことを想っててくれてた?
「でも、今はあの頃とは少し違いますけどね」
と、私が何か言う前にあの子がそんなこと言ってくる…?
「…へ? 違う、って…どんなとこが?」
「そんなの…私たちの関係が、に決まってます」
あの子はそう言って、私の手を繋いできた。
「あの頃はまだ手を繋ぐこともできませんでしたけど、今は普通ですよね」
あぁもう、手を繋いでそんなこと言いながら横目で見つめてきたりし、かわいいんだから。
「うんうん、もちろん。あっ、腕も組んじゃう?」
「そうですね…いえ、やめておきましょう。もう少し寒くなってきたらお願いします」
むぅ、さすがにこの時期じゃまだ暑苦しいか…しょうがない、それはもうちょっと先までのお楽しみにしておこっと。
里緒菜ちゃんと手を繋いで、市街地へ…どういうお店へ行こうかな。
「…あ」
「…って、わっ、里緒菜ちゃん、どうしたの?」
と、もうすぐ大通りへ出る、ってとこであの子が急に足を止めたものだから、私もつられて立ち止まる。
「いえ、少し思い出したことがあって…」
そんなこと言う彼女の視線は私とは別のところを向いてて、それを追ってみると…ペットショップがある?
う〜ん、どうやらあそこを見てるっぽいけど、動物好きなのかな…と、そうだそうだ、あの場所っていったら私も思い出したことがあるよ。
「そういえばあのお店、よく梓センパイがのぞいてたっけ」
「あのお店、って…あのペットショップのことですよね? 月宮さんが、ですか?」
「うん、梓センパイは猫が大好きで、でも住んでるマンションじゃ飼えないからって、よくあのお店の猫さんをのぞいてるの」
しかも、実際に触ったりすると抑えがきかなくなるから、ってことで外から眺めるだけにしてるとか、とっても微笑ましい。
「そうなんですか…月宮さんも、相容れない存在なんですね…」
そう、微笑ましいお話のはずなのに、あの子は険しい表情になってそんなことつぶやく?
「えっと、里緒菜ちゃん?」
「センパイは…犬と猫、どっちが好きなんですか?」
ちょっと戸惑う私の手を離してこっちに向き合ってきた彼女、強めの口調でそう聞いてくる?
う〜ん、梓センパイについてのことといい、こんなことたずねてくることといい…。
「もしかしなくっても、里緒菜ちゃんって犬好き?」
「はい、もちろんです。人間のよきパートナーっていったら犬以外にはあり得ませんよね?」
あ、あり得ないか…そこまで言い切っちゃっていい、のかな?
「なのに、先日お話ししたとき、夏梛さんは猫のほうがいいなんて言ってきて、さっきそのことを思い出したんです。彼女、私がいくら犬の素晴らしさを伝えても全然聞く耳持たないで、逆に猫のこと話してくるんです…ひどいと思いませんか?」
「う、うん、そうだね、人の話はちゃんと聞かなきゃね…」
里緒菜ちゃんが今までに見たことないくらい熱くなってて圧倒されちゃう。
「麻美さんは牧場で馬とかに接する機会はあったそうですけど犬とか猫にはなかったそうでどちらが好きかまだ選べないそうなんですけど、夏梛さんといつも一緒にいますから猫好きに流されないか心配です…」
今度は心から残念そうになっちゃったりして…。
「…って、センパイ、何を笑っているんです? これ、あんまり笑いごとじゃないんですけど」
「あ、ごめんごめん」
いけないいけない、自然と頬が緩んじゃう…だって、里緒菜ちゃんがあまりに微笑ましすぎるんだもん。
普段クールなのにあんな熱くなるくらい犬好きだっていうのもそうだし、そのことについて猫好きの夏梛ちゃんと激論を交わしてたっていうことも、ね。
「それで、センパイは犬か猫か、どっちが好きなんですか? もちろん犬ですよね?」
「ん〜、私は…っていうか、そこまで言うってことは、里緒菜ちゃんは実家で犬を飼ってたりしたの?」
「それはもちろん、飼ってますよ?」
「そっか、それってどんな子なのかな。あのお店に似た子がいるかもだし、行ってみよ?」
「もう、しょうがないですね…」
手を取ってお店へ向かう私に、あの子も素直についてきてくれた。
話をそらすみたいになったけど、そんなのどっちも好きだもんなぁ…どっちもかわいけど、一番かわいいのは里緒菜ちゃんだよね。
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