第四章

「…ふぅ、八月ももう終わりだっていうのに、まだまだ暑いなぁ」
 ―雲一つなくって太陽の光が強く照りつける外を歩いてきて、ようやく建物の中に入れたから一息つきながらそんなことつぶやいちゃった。
「山城さん、いらっしゃい。今日もいらしたのですね」
 私が入ったのはあの子のいる学生寮で、玄関を入ってすぐのロビーにいた寮母さんに挨拶された。
「あっ、はい、こんにちはっ。いつもお邪魔してごめんなさい」
「いえ、山城さんでしたらお気になさらなくってもいいんですよ」
 あの子とああいう関係になってから結構な頻度でここにくる様になっちゃって、寮母さんにもすっかり顔を覚えられたみたい。
 そんな私が今日ここにきたのももちろんあの子に会うためで、さっそくお部屋へ向かう。
「…あっ、こんにちは」
 その途中、廊下でこの学生寮の子だと思われる女の子とすれ違ったから軽く挨拶。
「こんにちは…って、え?」
 一方のその子は何だか戸惑った様子で、すれ違った後も背後から視線を感じた気が…どうしたんだろ。
「それはもう、センパイのこと見て戸惑ったに決まってます」
 そのことを、たどり着いた部屋にいた里緒菜ちゃんに話したらそんなこと言われちゃった。
「えぇ〜っ、私、どこか不審だったかな?」
「はい、存在自体が不審ですよ」
「うわっ…ぶぅぶぅ、それっていくら何でもあんまりだよ〜!」
 里緒菜ちゃんが私のことをそんな風に見てたなんて、ものすごくショックだよ〜。
「あぁ〜、もう、そんなショック受けないでください。半分は冗談ですから」
「えっ、半分って…」
「いや、だってセンパイ、学生寮の子じゃないですし。部外者が歩いていたら、私以外の子にとっては不審者ですよね」
「…あ、そっか」
 う〜ん、それはそうだ…ここで暮らしてる子はみんな顔見知りなんだなぁ。
「…あ、ちなみに私はここにいる子のこと、ほとんど解らないですよ?」
 と、人の心を見透かしたみたいなこと付け加えられちゃったりして、しょうがないんだから。
「里緒菜ちゃん以外の子とこの学生寮で会ったの、そういえばさっきがはじめてかも」
 今までは本当に誰もいなかったよね…。
「まぁ、明日から二学期ですから」
「…あ、そっか」
 また納得…今日で夏休みも終わりなんだから、みんな帰ってくるに決まってる。
「里緒菜ちゃんは昨日までお仕事で、明日からは学校か…疲れたりしてない?」
「ん〜…正直、何もしたくない気分です」
「そっか…あ、私はいて大丈夫?」
「それはもちろんです。センパイがいてくれるだけで癒しになりますから」
 と、お互いベッドの端に腰掛けてたんだけど、あの子はそう言って私に身を預けてくる。
「ん、よかった」
 私がいることであの子が元気になるんなら、そんな嬉しいことってないよね。
 それに、今日は私も里緒菜ちゃんに会いたい、って気持ちがいつもより強かったし。
「里緒菜ちゃん、昨日までのお仕事、お疲れさま」
 やさしくなでなでしながら声をかけてあげる。
「ありがとうございます…センパイのほうは、何してましたか?」
「うん、私もちょっとお仕事あったし、あとはいつもどおりかな?」
「アルバイトや練習、といったところですか…私に会えなくて、さみしかったですか?」
「そんなの…さみしかったに決まってるよ〜!」
 今まで会えなかったさみしさを埋める、って意味も込めて、あの子をぎゅってしちゃう。
 里緒菜ちゃんは学生なわけだけど夏休みは時間に融通がきくからいつもに較べてお仕事多め…昨日までは夏休み最後のお仕事ってことで数日間東京に行ってたの。
 私もついてきたかったんだけど、こっちでお仕事あったし、それにこういうことはこの先たくさん普通にあるから我慢しなきゃ、ね?
「それなら電話なりメールなりしてくださればよかったのに」
「ん〜、そうしたかったんだけど、お仕事に集中してるのを邪魔したりしたら悪いかな、って思って」
「…センパイ、麻美さんみたいなこと考えるんですね」
「ん、そうかな、普通だって思うんだけど…」
 そう言いかけて、ちょっと引っかかった。
「…って、あれっ? 麻美ちゃんみたいな、って…どういうこと?」
 不思議になって思わず身体を離してたずねちゃう。
「ですから、麻美さんも夏梛さんがお仕事でいないときは、邪魔をしてはいけないって電話とかを我慢していた時期があったそうなんです」
「いや、私が気になったのは、いつそんな話を誰から聞いたのかな、っていうことだったんだけど」
「あぁ、そういうことですか…昨日までのお仕事のとき、偶然お二人にお会いすることがありましたので、そのときに」
 そういえば夏梛ちゃんと麻美ちゃん、今はまた東京か…うんうん、そういうことか。
「…センパイ、どうかしましたか? 何だか嬉しそうですけど」
「うん、里緒菜ちゃんがあの二人と仲良くなったんだな、って思うと嬉しくなっちゃって」
 いつの間にか二人のことを名前で呼ぶ様になってるし、その少しの間で打ち解けたってことだよね。
「まぁ、そんなに仲良くなったかは知りませんけど、いい人たちでしたね」
「うんうん、そうでしょ、これからも仲良くしてね」
「はい…って、そんなことは別にいいんです。とにかく、さみしかったんでしたら、遠慮せずに電話とかしてくれていいんですからね? センパイからのが邪魔だなんて、そんなことあり得ないんですから」
「うん、里緒菜ちゃん…そんなこと言ったりして、里緒菜ちゃんもさみしかった? なら、里緒菜ちゃんからしてくれてもよかったのに」
「それは…さみしかったに決まってます。でも…お仕事が終わったらいっぱい甘えよう、って我慢してきたんです」
 うわっ、そんなこと言いながら見つめられたりしたら、こっちが我慢できなくなっちゃう。
「うん、じゃ…いっぱい甘えて、ね?」
「はい、もちろんです」
 顔を赤くしたあの子、ぎゅって抱きついてきて…あぁもうっ、やっぱりかわいすぎるっ。

「明日からは、ここまで頻繁にセンパイに甘えることはできないかもですね…。ですから、なおさらメールとか我慢しなくってもいいんですよ?」
 ベッドに座った私の膝を枕にして横になってるあの子、私になでなでされながらそんなこと言ってくる。
「…へ? それってどうして…」
「もう、明日から私は学校があるって、忘れちゃいましたか?」
「…あ、そっか」
 う〜ん、それじゃこうして平日のお昼とかに会うのは無理なんだ…しょうがないって解ってはいるけど、お弁当のこととか、さみしいな。
「ですから、練習も二人で一緒にするのは、事務所のスタジオが使えるときだけですね」
 …あぁ、そうだ、さすがに新学期に入ったら私はあの秘密の場所には行けないか…いや、今までもよくないことなんだって思うし、そんなことしてた私はいけないんだけどね?
「それに、他の子が帰ってきてる中で部外者なセンパイが頻繁にここにくるのもよくないって思いますし…」
「あぅ、やっぱりそうだよね…しゅん」
 寮母さんはああ言ってくれたけど、やっぱり基本的に部外者はきちゃダメな場所だろうし…むぅ〜。
「…もう、そんな顔しないでください」
 と、横になってたあの子、身を起こすと私をなでなでしてくる?
「別に全然会えなくなったりするわけじゃないんですから…仕方ありませんから、私もときどきは事務所に顔出すことにしますし」
「…わぁ、本当?」
 さみしさがちょっとだけ吹き飛んだかも…だって彼女って本当に全然事務所にこなくって、それではじめの頃は全然会えなかったわけなんだけど、その彼女からああ言ってくれたんだもん。
「じゃあ、そのときはまずあの喫茶店にきて? で、そこから一緒に行こ?」
「ふふっ、解りました…このくらいのことでこんなに喜んでくれるなんて、センパイはかわいいですね」
「はぅ、里緒菜ちゃん…」
 あの子にぎゅって抱きしめられて、私の心はほわんってなっちゃった。


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