今日も外は快晴、暑いのは確かなんだけどいいお天気。
 別送の裏手にある砂浜に打ち寄せる波も穏やかで…こういうところにきたからには、やることは決まってるよね。
「うんうん、里緒菜ちゃん、よく似合ってる…かわいいっ」
「そ、そうですか? ちょっと落ち着かないけど、ありがとうございます…センパイこそ、とっても素敵です」
「そうかな、ありがとっ」
 私たち二人、あらかじめ数日前に買っておいた水着に着替えて砂浜に出た。
 彼女があんなこと言ってるのは、水着を着るのが久しぶりだったからだそうで…。
「じゃあ、学校で水泳の授業とかないの?」
「ありますけど、面倒ですから見学です」
「わっ、そんなのダメだよ、ちゃんと受けなきゃ!」
「…まぁ、考えておきます」
 その様子からしてちょっと期待できなさそう…むぅ〜。
「じゃ、ちょっと泳いでみよっ」
「う〜ん、私は見てるだけで…センパイは泳いできていいですよ?」
 さらにそんなこと言ってきて…でも、そういう私も高校での授業以来泳いでなくって、卒業してからは機会がなかったからちょっと不安になってきちゃった。
「じゃあ、ちょっと試しに泳いでみるから、里緒菜ちゃんは見ててっ」
 きちんと準備運動してから海へ…う〜ん、やっぱりちょっと冷たいけど気持ちいい。
 それから軽く泳いでみて…よかった、泳ぐって感覚はまだ身体から抜けてなかったみたい。
「わぁ…センパイって、泳ぎも上手なんですね」
「そ、そうかな、ありがとっ」
 一泳ぎして砂浜へ上がると感心した声をかけられるものだから、ちょっと照れちゃう。
「センパイって水泳だけじゃなくって運動全般が得意なイメージですよね」
「もう、そんな、まぁ苦手じゃないけど」
 高校時代は色んな部活の助っ人に入って、足を引っ張る様なことはなかったし。
「それに勉強も案外できるみたいですし、結構完璧な人ですよね…」
「ぶぅぶぅ、案外って失礼だなぁ…でも、そんな私なんてそこまでじゃないって思うんだけど」
 もう、あんなに言われるとますます照れちゃうよ。
「でも、お料理は全然ダメなんですよね」
「うっ…もうもうっ、悪かったねっ」
「全然悪くないです…むしろ嬉しいくらいですし」
「…へ? どういうこと?」
「だって、何でもかんでもセンパイが得意でしたら、私がセンパイにしてあげられること、何もないじゃないですか。ですから、お料理くらいは私に頼ってくれたって…いいんですから、ね?」
 少し恥ずかしそうなあの子の言葉に、私はとっても嬉しくなっちゃう。
 うんうん、そうだよね、私たちはお互い支えあって一緒に歩んでいくんだ。
「ちょっと心苦しくも感じちゃうけど…なら、お料理は里緒菜ちゃんに頼っちゃおうかな」
「はい、お任せください」
 そう言って微笑む彼女はとっても頼れる雰囲気出してる。
 こうなると、私も里緒菜ちゃんに頼ってもらいたくなって、そして今の私にできることっていったら…あれだ。
「じゃあ、私からは今から泳ぎを教えてあげるっ。いいから、頼っていいんだよっ」
「えっ、それは…センパイが泳げるなら私は別にいいんじゃないかな、って思うんですけど…」
「いいからいいから…ほら、きてきてっ」
「もう、強引なんですから…」
 手を取る私にあの子はそう言うものの抵抗とかはなくって、海に連れてっちやう。
 やっぱり、せっかくこうして海にきて、さらに水着になってるのに海に入らないなんてさみしいよね。

 海に入ったあの子に泳ぎを教えてあげる…んだけど、あの子はただ泳ぐ機会がなかっただけのことだったから、すぐ普通に泳げる様になった。
「わぁ、さすが里緒菜ちゃんだねっ」
「べ、別にこのくらいのこと…」
 照れちゃう様子がまたかわいいけど、里緒菜ちゃんこそ結構何でもできる子な気がする…普段は面倒だからってしないだけで。
 お昼は水着のままであの子の作ってくれたものを食べて、それからこの他に誰もいない開放的な砂浜でちょっと声の練習をしてみよっか、ってことになった。
 それも、いつもとはちょっと違った感じで、っていうことで…。
「ふふっ、まさか貴女とこうして海へこれる日がくるなんて、思ってもみなかったわ」
「まるで夢みたい…あっ、え〜と、今のは…」
「あら、嬉しい…私もそう感じているのよ」
「はぅ、お姉さま…」
 とっても大人っぽい声や仕草でしゃべるのは里緒菜ちゃんで、対してちょっと素直になれない様な、でもその人の前だと結局素直になっちゃうのは私…が演じるキャラクター。
 これは十月からはじまる、私たちが出演するアニメの主役二人、つまりは私たちがその作品で演じる子になり切って会話をしていこう、ってわけ。
 こうやって自分の演じるキャラクターに慣れておく、っていうのも大切なことだよね。
 里緒菜ちゃんは一度演じはじめるとその役に入り込んじゃうタイプで、普段の彼女とは全然違う役なのに違和感ないのがすごい。
「ほら、貴女のかわいい水着姿、もっとよく見せて」
 そんないつもの彼女とは違う、大人な雰囲気で迫られるとどきどきしちゃう…いや、迫られるだけでどきどきするんだけど。
 しかもこれ、作中の二人もいかにもこういうやり取りをしててもおかしくない、って思えたりするんだよね…まだ結末までは解らないんだけど、相当百合要素が強そう。
 そんな作品の主役二人を、恋人になった私たちが演じる…う〜ん、美亜さんが二重に喜びそう、っていうかもう喜んでるか。

 楽しい時間はあっという間に過ぎちゃって。
 夕ごはんを食べた後、私たちは再び砂浜へ出て、二人並んで腰掛けてた。
 打ち寄せる穏やかな波の音だけが届く、満天の星空の下…あたりに明かりがないから、こんなのはじめてってくらいに星がきれい。
 そんな空を見上げながら、私たちは二人、寄り添い合ってるの。
「…里緒菜ちゃん、こうして旅行、きてよかった?」
 やさしく肩を抱き寄せながらたずねてみる。
「そう、ですね…かなり疲れましたけど、とっても楽しかったですし、それに幸せでしたから、よかったです」
「ん、よかった…私と同じだね」
「あれっ、センパイも疲れちゃいましたか?」
「もうっ、そうじゃなくって、楽しくって幸せだった、ってことだよっ」
「ふふっ、解ってます」
 お互いに笑いあって…うん、この場所を貸してくれた麻美ちゃんには本当に感謝だよ。
 と、月と星の光に照らされたあの子の顔が、少し曇っちゃう。
「…でも、明日には帰らないといけないんですよね。正直、帰りたくないです」
「ん、そうだね…」
 もう少し予定を引き伸ばしてみたところで、いずれは帰らなきゃいけなくなることに変わりはないし、いつかはこんな気持ちになっちゃう。
 こればっかりはしょうがないこと…なんだけど。
「大丈夫だよ、これからも私は里緒菜ちゃんと一緒にいるし…またどこかに行ったりしよ?」
「そう、ですよね…これからも、センパイと一緒に、いられるんですよね…」
「うん、お出かけだって、里緒菜ちゃんの好きなところに付き合っちゃうよ?」
「う〜ん、私は部屋でのんびりでいいんですけど…考えておきます」
 里緒菜ちゃん、やっぱりインドア派…まぁ、私もこうして彼女がそばにいるだけで十分、って感じてるわけだけど。
「ん〜、でも里緒菜ちゃんはもうすぐ学校かぁ」
「もう…面倒くさいこと、思い出させないでください…」
「あはは、ごめんごめん。でも、学校かぁ…里緒菜ちゃんと一緒に通えたらな、なんて思っちゃうかも」
「それは…悪くないかもですけど…」
 あの子の声がどんどん弱くなっていったかと思ったら、より私に身体をもたれかからせてきちゃった。
 見ると、彼女は穏やかな寝息を立てちゃってた。
「もう…里緒菜ちゃんったら」
 そういえば夏祭りのときなんかも寝ちゃったし、やっぱり疲れちゃったんだね。
 幸せそうな顔しちゃって、私も幸せ…とってもかわいいし、しばらくこうしてよっと。
 これからも、里緒菜ちゃんと色んなことしていけるといいなぁ。


    (第3章・完/第4章へ)

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