麻美ちゃんからの提案があってから、数日後。
 私と里緒菜ちゃんの二人は、マネージャの如月睦月さんの運転する車に乗って、普段の町から数時間の移動距離なところにやってきた。
 とはいってもそれはお仕事じゃない…あの子のお仕事も一昨日で一区切りついて、昨日から数日は完全なお休みだもん。
「あら、まぁ、お二人とも、着きましたよ〜」
 車が止まり、睦月さんの穏やかな声が届く…睦月さんはスーツのよく似合う大人な感じの女性なんだけど、でもほんわかしたところがあって、梓センパイが好きになるのも解る気がする。
 ともかく、その睦月さん…今日は私たちのプライベートなのにそれでも自分がしたいからってここまで乗せてきてくれた彼女に促されて車を降りるんだけど…。
「わわっ、えっと、ここですか?」「まさか、こんなすごいところだったなんて…」
 降ろされた先の光景に、あの子ともどもびっくりしてちょっと固まっちゃう。
「あら、まぁ、麻美ちゃんがいいっておっしゃっているんですから〜。ではでは、また明後日にお迎えにきますね〜」
 その間に荷物を降ろしてくれた睦月さん、そう言い残すと車に乗って走り去っちゃった…。
 睦月さんの車が走り去ると、私たちの耳にはもう車の音とかは届かなくって、届くのはかなり近くから聞こえる波の音くらい…。
 だから周囲に人の気配もなくって、目に入るのは青い空にぽつぽつとしか建物が見られない草原、そして私たちの目の前にある白い洋館くらい。
 何だか映画か何かのワンシーンを見てる気分になっちゃうんだけど…。
「え〜と、ここが麻美ちゃんの言ってた、今回使わせてもらえる別荘、なんだよね」
「そ、そうみたいですね…」
 あの日…夏の旅行は諦めることにしようとした私たちの前に現れた麻美ちゃんからの提案。
 それが、麻美ちゃんの持ってる別荘を使えばいい、っていうことだったんだ。
「た、確かに別荘だ…しかもアニメとかゲームとかでのイメージどおりの」
「石川さん、灯月さんとここでお泊りした、って言ってましたね…」
 親が持ってる、じゃなくって麻美ちゃん自身が持ってる、ってことだったもんね…だから完全に自由に使えるってわけなんだけど、それにしてもすごい。
「…と、とりあえず、中に入らせてもらいませんか?」
「あっ、う、うん、そうだね、そうしよ」
 圧倒されっぱなしだけど、いつまでもこうしてても暑いだけだ。

 麻美ちゃんから預かってた鍵で扉を開いて、二人で別荘の中へ入る。
「…うわぁ〜、中も立派だなぁ。こんなとこ、本当に使ってもいいのかな」
 また足を止めてあたりを見回しちゃうけど、いかにもおしとやかなお嬢さまのいる別荘って感じ…。
「…ずいぶん涼しいんですね。冷房とかしていないみたいなのに」
 言われてみれば、日の光が直接入ってこないとはいえずいぶん過ごしやすい…建物がそういう設計になってるのかな?
「…わぁ〜、見てみて、里緒菜ちゃんっ。きれいな砂浜っ」
 荷物を置いてから裏口へ回ってみると、その先に広がってたのは砂浜、そしてずっと続く海…。
「…すごいですね、プライベートビーチというやつですか」
 これだけ広くてきれいな砂浜、そして穏やかな海にもかかわらず、見渡す範囲に人の姿は見られなくって、彼女の言うとおり…。
「う、う〜ん、麻美ちゃんってすごいんだね…サクサク」
 圧倒される気持ちを落ち着けるため、軒下に腰掛けて海を眺めながらチョコバーを口に…もちろん、隣に座る里緒菜ちゃんにも渡してあげる。
「サクサク…北海道に牧場もあるそうですね…。そっちのほうが涼しそうで気になったんですけど、ここでも十分すぎです」
 そう、麻美ちゃんはそんなのも持ってて、ここかそっちか好きなほうを選んでいい、なんて言ってくれたの…で、さすがに北海道はちょっと遠いし、ましてはそこまでの交通費を出してくれるなんて言葉にまで甘えちゃうわけにはいかないからこっちをお借りした、っていうわけ。
「う〜ん、麻美ちゃんってやっぱりお嬢さまだったんだ…サクサクサク」
 里緒菜ちゃんからのお話でお嬢さま学校出身ってことは知ったんだけど、これはちょっと想像以上かも…。
「こんな人が、どうして声優になったんでしょう…?」
「ん〜、それは…声優になりたかったからじゃない?」
 細かい理由は個人によって違うと思うけど、麻美ちゃんにとって声優さんは憧れ、そして目指してみたくなるものだった、ってことなんじゃないかな…そう、私たちみたいに。
「まぁ…そうですね。面倒くさがりやの私でもなりたいって思ったんです、お嬢さまがそう考えてもおかしくありません」
「もう、里緒菜ちゃんったら、それを自分で言っちゃうんだ…」
「そうですね…ふふっ」
 思わずお互いに笑い合っちゃったりして…まぁ、里緒菜ちゃんは自分であんなこと言っちゃうけど、しっかりしてるとこはしっかりしてるよね。
 それに、声優さんってお仕事は本当にたくさんの子が夢見て、そして目指してるんだから、そんな中でこの位置にいるってだけでもすごい。
 でも、もちろんそれで満足しちゃいけないし、もっと頑張らなきゃ…なんて考えちゃうけど、そういえば。
「…こんなとこで練習する、っていうのもまた悪くなさそうかも」
 頑張る、っていったらまず練習なわけで、ふとそんなこと思っちゃった。
「練習、って…声の、ですか? まぁ、確かに…いつもとは全然違う環境ですけど、悪くはないかもしれません」
 うんうん、例えば外で大声出すなんて普段だとあんまりできないことだけど、他に誰もいないここだと何の気兼ねもなくできちゃうよね。
「でも、こんなところで練習、なんて…何だか、何かのアニメの合宿を思い出します」
「…へ? ん〜…あっ、あぁ、なるほど」
 一瞬首を傾げちゃったけど、すぐに私にも何のこと言ってるのか解った。
 ある部活もののアニメで、夏休みにこういう海のある別荘で合宿するお話、あったっけ。
「うんうん、二人でくるのもいいけど、みんなできて合宿する、っていうのも楽しそうかもっ」
 みんな、ってなるとなかなか日程とか合わなさそうで現実的じゃないかもだけど、でもそういうイベントがあってもいいのにって思えちゃう。
「えぇ〜、それはどうでしょうか…」
 なのに、あの子はといえばものすごく難色を示してきちゃう?
「むぅ、私は絶対楽しい、って思うけどな」
「まぁ、センパイは皆さんとも仲よさそうですものね。でも、私はそうでもありませんし…」
 そういえば、里緒菜ちゃんって必要時以外は事務所にこないんだっけ…さらに、きても必要最低限の時間しかいないから、他のみんなと話す機会、ないのかも。
「う〜ん、里緒菜ちゃんはもっと、他の人と交流持つべきかも」
「面倒ですし、そこまで積極的になる必要性もない気がしますけど…お仕事のときは、ちゃんと話してますし」
 う〜ん、色々思っちゃうけど、お仕事で接しているうちに少しずつ、ってこともあるし、ここは長い目で見てあげたほうがいいのかも。
 それに、この別荘を貸してくれた麻美ちゃん、そして夏梛ちゃんは里緒菜ちゃんのほぼ同期になるわけだし、こういうのをきっかけに仲良くなったりしてくれると嬉しいな…あのとき麻美ちゃんから声をかけてくれたっていうことは、麻美ちゃん、それにきっと夏梛ちゃんも、里緒菜ちゃんのこともっと知りたい、って思ってくれてるんだって思うし。
「あと…今の私には、センパイがいてくれれば、それだけで十分なんですから」
 と、少し顔を赤らめたあの子がそう言葉を続けてくる…?
 …うん、そうだね、他の子との関係を考えたりするのは、また後でいい。
「…ん、ありがと、里緒菜ちゃん。今は、この二人っきりの世界を、楽しもっ」
 あの子のあまりのかわいさに想いがあふれちゃって、思わずぎゅってしちゃうの。

 別荘に着いたその日は、里緒菜ちゃんと二人でまったり…特に何もしなかったっていったらそうなるんだけど、それでもとっても幸せ。
 他には何も邪魔するもののない、まさに二人だけの世界で一緒に過ごして、ふかふかのベッドで二人一緒にお休み…。
「…ん、おはよ、里緒菜ちゃん」
 翌朝は、やっぱり私のほうが先に目が覚めて、あの子の寝顔を堪能しちゃう。
「なかなか起きないなぁ。よ〜し、それなら…んっ」
 さらに、今日は私からおはようの口づけをしてあげたりして…。
「ん…今日はセンパイからしてくれたんですね」
 と、唇を離したところでそんな声が届いてくる…?
「…って、わっ、り、里緒菜ちゃん、起きてたのっ?」
「はい、センパイがキスしてくれたときにちょうど」
 びっくりしちゃう私の目の前には、こちらを見つめていたずらっぽく微笑むあの子の顔。
「わっ、そうだったんだ…えと、おはよ、里緒菜ちゃん」
「はい、おはようございます、センパイ。私の寝顔は堪能しましたか?」
 って、そ、そんなとこまで解っちゃってるなんて、本当はもっと前から起きてたんじゃ…。
「う、うん、それはもうしっかりとね」
「ふふっ、そうですか。でもまぁ、私もセンパイの寝顔をじっくり堪能させていただきましたけれども」
「…へ? それって…もしかして、私が寝た後に、ってこと?」
 もう、そんなことしてたなんて…それに、それをわざわざ嬉しそうに言ってきたりして、かわいいんだから。
「センパイの寝顔、とってもかわいかったです」
「…って、もうもうっ、里緒菜ちゃんのほうが全然かわいいのにっ」
 私が気持ちを抑えられなくなっちゃうくらいなんだから…ぎゅっ!


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