そんな二人の邪魔をいつまでもしてるわけにはいかないし、それにアルバイトもあるから話もそこそこに二人と別れて事務所を後にする。
「あ、里緒菜ちゃん、お疲れさまっ。今日の収録、どうだった?」
 で、夕方くらい…アルバイトを終えてまた事務所へ戻ってきた私、収録を終えてスタジオを出てきたあの子を出迎えてあげる。
「あ、センパイ…はい、まぁまぁだったと思いますよ?」
 私を見て微笑んでくれる彼女…またあんな謙遜してるけど、あの様子だととってもうまくいったみたい。
「ん、よかった。じゃ、ちょっと休んでこうよ」
 収録が終わったばっかりで疲れてるって思うし、事務所内の休憩スペースへつれてって座ってもらう。
「はいっ、じゃあこれ、頑張った里緒菜ちゃんにご褒美っ」
「…って、いつものチョコバーじゃないですか。まぁ、いただいておきますけど…ありがとうございます」
「ううん、いいっていいって…サクサクサク」
 まずはチョコバーを食べてのんびり…収録でのどが渇いてるといけないからお茶も用意してあげた。
「それで里緒菜ちゃん、今回の収録はいつまでだっけ?」
「サクサク…えっと、一応明後日までの予定です」
「そっか、じゃあその次のお仕事はいつだっけ?」
「え〜と、確か月末に数日まとめて、のはずですけど、それがどうかしましたか?」
「わぁ、そっかそっか、よかった」
 それに対して私のお仕事の予定もだいたいかぶってるくらいのものだし、あとはアルバイトを調整すれば大丈夫そう。
「だからどうしたんです、私の予定聞いて嬉しそうにしたりして。もしかして、月末にお仕事あるならやっぱりはやめに宿題終わらせておいてよかったじゃない、とか言うつもりですか?」
 …あっ、いけない、一人で満足して喜んじゃってた。
「ごめんね、そうじゃなかったんだけど…ううん、でもそれも確かによかったことかも」
「じゃあどうしたんですか?」
「あっ、うん、えっとね、夏梛ちゃんと麻美ちゃん、昨日まで一緒にお泊りで旅行に行ってたんだって。だから…ってわけじゃないんだけど、私たちもどこか旅行とか行きたいな、って」
「…あぁ、なるほど、だから私の予定を聞いてきたんですか」
「うんうん、そういうこと」
 夏休みももう後半、二学期がはじまったらなかなか機会ないかもだし、やっぱり今。
「里緒菜ちゃんの今のお仕事が終わったら、二人でどこか旅行にでも行きたいな、って思うんだけど、どう?」
「う〜ん、そうですね…遠慮しておきます」
 こんな楽しそうなこと、迷うまでも…って?
「…え、えぇ〜っ? そ、そんなぁ…今、何て言ったの?」
 そ、そうだよ、聞き間違いか、それとも私をからかってるのかもっ。
「ですから、遠慮しておきます」
 って、やっぱり聞き間違いじゃないよ〜!
「う、うぅ〜、そんなぁ。冗談だったりする、よねっ、ねっ?」
「がっかりするセンパイもかわいいですからそれを見るための冗談…って言いたいところですけど、冗談じゃないですよ?」
「あぅ、そんな、じゃあどうして…あ、もしかしてもう他に予定あった? 実家に帰るとか」
「いえ、特には何も…実家にも帰りませんし」
 そういえば、夏休みに帰ったりしないの、って前にもたずねてたっけ…。
「う〜ん、それならどうして…はっ、私と旅行に行くのってつまらなさそうとか考えちゃってる、のかな…?」
 うぅ、私ばっかり浮かれちゃって、呆れられちゃったとか…しゅん。
「…もう、そんなしゅんとしないでください。私だってセンパイと一緒にどこかに行ったりすることが嫌、というわけじゃないんですから」
 と、私のすぐ隣へ寄ってきたあの子、私をやさしくなでなでしてくれる?
「うぅ〜、ほんとに?」
「はい、私だって…センパイと二人きりでのお泊り旅行とか、気にならないわけありません」
 彼女の言葉からは本心だって伝わってきて一安心…。
「ならいいんだけど…それなら、どうしてダメなの?」
「う〜ん、センパイ、旅行っていいますけど、どこに行こうって考えてますか?」
「そうだね、まだしっかり考えてるわけじゃないんだけど、やっぱり夏だし海とかがいいんじゃないかな」
 うんうん、さっきアルバイトのときに美亜さんと話したときもそれがいいって言われたし。
「やっぱりそんなあたりだと思ってました…だから嫌なんです」
 なのに、あの子はなでなでしてた手を離しながらそんなこと言ってきたりして、手を離されたこととあわせてちょっとさみしい。
「えぇ〜っ、嫌って、海に行くのが? もしかして泳げないとか、そういうこと?」
「泳ぐ機会なんてありませんから泳げないかもしれませんけど、そういう問題じゃありません」
「そうなんだ…じゃあどうして?」
「この時期の海水浴場なんて、どこも人でいっぱいだと思いますから…海だけじゃなくって他の場所でも似た様なものでしょうし」
 あ、里緒菜ちゃん、人ごみ苦手なんだっけ…夏祭りのときも気にしてたよね。
「わざわざそんなとこ行くくらいなら、冷房も効いてて快適な部屋でのんびりしてたほうがいいです」
「むぅ〜…」
「それに、です。急に旅行に行きたい、なんて言い出しても、すぐに何とかできるものじゃないと思うんです。宿泊先とか用意しなくちゃいけませんし、それにお金の問題もありますし…」
「…あぅ」
 部屋でのんびりはともかく、その後の言葉はどっちも正論だったから何も言い返すことができなくなっちゃった。
 楽しいことだけ考えてそのあたりのこと全然考えてなかった…完全に浮かれちゃってたかな。
「さっきも言いましたけど、私だってセンパイと一緒にどこか行くのが嫌なわけじゃありませんから…もう少ししっかり考えて、またそのうちにってことにしませんか?」
 そうやさしく言われちゃったりして、これじゃどっちが年上なのか解んなくなっちゃうくらい…うぅ、もっとしっかりしなきゃ。
「うん、そうだね、里緒菜ちゃ…」
 残念じゃないっていったら嘘になるんだけど、でもここは潔く諦めることに…。
「…あ、あのっ、ちょっと待ってくださいっ」
 …しようとしたんだけど、そんな私たちに声がかかってきた?
 声のしたほう…休憩スペースの入口へ目をやると、そこにいたのは一人の女の子。
「…って、麻美ちゃん?」「えっと、私たちに何か…?」
 その意外な子の姿に、私と里緒菜ちゃんはお互い首を傾げちゃった。
 だって、人見知りな麻美ちゃんから声をかけてくることがまずとっても珍しいし…。
「あ、あの、お二人でご旅行へ行かれるの、その…」
 とっても緊張した様子で言葉を詰まらせちゃってるけど、これって間違いなくさっきまでの私たちの会話のことで何か言おうとしてるみたい。
「麻美ちゃん、私と里緒菜ちゃんの会話、聞いてたの?」
「あっ、ご、ごめんなさいっ。飲み物がなくなっちゃって、取りにきたときに耳に入っちゃって、つい…」
 その言葉通り彼女の手にはコップが二つあって、まだ夏梛ちゃんと練習してるみたい。
「ううん、それは別に気にしなくっていいよ?」「でも…私たちの旅行の話が、どうかしましたか?」
「は、はい、その…お二人でのご旅行を諦められるなんて、そんなのもったいないです…」
「ん〜、気遣ってくれてありがと。でも、こればっかりは、ね…」「そうです、石川さんが気にすることじゃないです」
「い、いえ、ですから、その…」
 おどおどしちゃう麻美ちゃんだけど、何だろ、他に言いたいことがあるっぽい。
「ん、どうしたの? 何かあったら、落ち着いて言ってみて、ね?」
「あ、ありがとうございます…」
 微笑みかける私に、彼女は大きく深呼吸…うん、人見知りな麻美ちゃんが勇気を出して声をかけてきたっていうことはきっと何かあるんだし、ちゃんと聞いてあげなきゃ。
「あの、では、その…お二人が心配されている様なことのない旅行先が、あるんです。もしよろしければ、そちらを…なんて思ったのですけれど、いかがですか…?」
「…へ?」「えっ、それってどういう…」
 麻美ちゃんからの意外な申し出に、私とあの子は顔を見合わせちゃった。


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