第三章
「…ふぅ、これで全部、やっと終わりましたよ?」
「わぁ、うん、お疲れさま、里緒菜ちゃん…えらいえらいっ」
―八月も後半に入った、相変わらず暑い日が続く中、冷房の効いて涼しい里緒菜ちゃんの部屋で、私は彼女をなでなでしてあげてた。
「もう、本当に疲れました…センパイが手伝ってくださいましたから、まだよかったですけど」
ちょっとだるそうな彼女の前にあるテーブルの上には、ノートや筆記用具。
「でも、まだ夏休みはあるんですし、宿題なんてもうちょっと放っておいてもよかったんじゃないかと…」
「もう、こんなのは計画的に、少しはやいくらいに終わらせとくのがいいんだよ?」
そう、ついさっきまでしてたのは里緒菜ちゃんの学校の夏休みの宿題で、一緒に練習をはじめたときから日々このための時間も取ってあげて、私もちょっとお手伝いしてあげてたの。
「もう、そんなめんどくさい…」
「でも、結局やらなきゃいけないことに変わりはないんだから…」
それなら毎日少しずつしていったほうが楽だって思うんだけどな。
「とにかく、本当にお疲れさま。これ食べて元気出してね…はいっ」
「あ、ありがとうございます…って、あれっ? これ、最近見かけませんでしたけど、持ってたんですか?」
私が差し出したものを見て、彼女は意外そうな表情を見せつつ受け取ってくれた。
「うん、チョコバー復活だよっ」
それは私の大好物なお菓子でいつも何個か持ち歩いてる…んだけど、あの子の言葉通り最近はちょっと持ち運びを控えちゃってた。
それはこの暑さでチョコが溶けちゃうから、っていう理由からだったんだけど、部屋の中は冷房が効いてるし、それに外を移動するときには保冷剤で守ってあげる様にしたからもう大丈夫。
「わざわざそこまでして持ち歩くなんて、本当に好きなんですね…サクサク」
「うん、それはもちろん、こんなにおいしいんだもん…サクサクサク」
私も新しいのを一つ取り出して彼女と一緒にチョコバーを食べるけど、やっぱりいいなぁ。
「ふぅん、そんなに好きなんですか…まぁ、センパイっていったらチョコバー、ってイメージもありますけど」
「ん、そうかな…サクサクサク」
そういえば、里緒菜ちゃんにはじめて会ったときもチョコバー渡してあげたっけ。
「…じゃあ、センパイはチョコバーと私、どっちのほうが好きなんですか?」
「…へっ?」
と、ちょっと予想だにしてなかった質問に固まっちゃうけど、まさかそんなことたずねられるなんて…。
「う、うぅ、そんなこと考えたこともなかったよ…!」
「じゃあ、今考えてください…ほらほら、どっちですか?」
悪戯っぽい微笑を浮かべてじぃ〜っと見つめてくるあの子…。
「うぅ〜、もうもうっ、そんなの、里緒菜ちゃんに決まってるよっ」
チョコバーも本当に大好きなんだけど、こればっかりはさすがに比較にならないよ。
「ふふっ、ありがとうございます」
「もう、里緒菜ちゃんの意地悪…ぶぅぶぅ」
「だって、そういうセンパイがかわいいので、つい」
そんなこと言って微笑む彼女に私はどきってしちゃう。
「もう、そんなこと言う里緒菜ちゃんのほうがずっとかわいいくせにっ」
我慢できなくなって、思わずぎゅってしちゃう。
無事に夏休みの宿題を終えた里緒菜ちゃんだけど、彼女がしなくちゃいけないこと、まだ残ってる。
それは声優としてのお仕事…高校生でもある彼女はなるべく学業に支障の出ない様に調整してお仕事を入れてもらってるんだけど、その分夏休みはちょっとお仕事多めになってるみたい。
今日もお昼からは事務所にあるスタジオで収録があるから、あの子はお昼ごはんを食べてから事務所へ向かう。
「うん、じゃあ里緒菜ちゃん、また後でねっ」
私も一緒に行くんだけど、さすがにお仕事の邪魔をしちゃいけないからスタジオの前でお見送り。
今日の私はお仕事はないし、それにアルバイトまではまだ時間もあるし、どうしようかな。
あの子が頑張ってお仕事してるのにのんびりするのも嫌だし、学校のスタジオでも借りて…なんて考えながら歩いてると、スタジオ近くの部屋から人の気配を感じたの。
「…ん? もしかして」
気になってその部屋、事務所内にあるダンスルームへ入ってみると、広めのその空間に見知った人影が二つ…やっぱり。
「夏梛ちゃん、麻美ちゃん、こんにちはっ」
「あっ、すみれセンパイ、こんにちはです」「わっ、えと、こんにちは」
声をかける私に、ダンスの練習の動きを止めて挨拶してくれる二人の女の子。
「あ、練習の邪魔しちゃってごめんね?」
「そんなそんな、気にしないでください」「は、はい、少し休憩しようと思っていたところですし…」
そこにいたのは長めの髪をツインテールにしてゴスい感じのおよーふくを着てるちょっと小さな灯月夏梛ちゃんと、長くてきれいなストレートの髪をしてておしとやかなお嬢さまな雰囲気のある石川麻美ちゃん。
「そっか、よかった。それに、練習お疲れさま…ほら、これ食べて?」
挨拶代わりな感じで二人にチョコバーを渡してあげる。
「二人に会うのって、ちょっと久しぶりな気がする…サクサク」
「サクサク…そうかもそうかもです」「サク、サク…えっと、事務所にくるの、一週間くらいぶりになるのかな…?」
さっそくチョコバーを口にしながらお話…二人は里緒菜ちゃんと違って結構よく事務所にはくるんだけど、昨日まではいなかったの。
「確か東京のほうでお仕事あったんだよね。ユニットとしてのほうだっけ?」
「えっと、あれは…そう、なるのかな、夏梛ちゃん?」「う〜ん、イベントのほうは声優としてかもですけど、ライブハウスのは間違い間違いなくユニットのお仕事ですよ?」
二人は里緒菜ちゃん同様に後輩なんだけど、声優としてだけじゃなくって二人でアイドルユニットを組んで活動もしてて、ここでダンスの練習をしてたのもそのため。
「そっか、お疲れさま…って、あれ? でも、睦月さんはもうちょっと前に帰ってきてた様な…」
睦月さんは私やあの子だけじゃなくって二人のマネージャもしてて、そのお仕事についていっていたわけなんだけど、先に帰ってきた、なんてことはないって思うし…。
「あっ、私たちはそのあと少し少しお休みをもらったんです」
なるほど、そっかそっか、世間一般だとお盆の時期だし、お休みできるときにゆっくりするのはいいことだよね。
「はい、夏梛ちゃんと一緒に、お泊りで旅行に行ってきたんです」
「…って、わっ、そうなの? いいなぁ〜」
二人って声優デビューも一緒のゲームでだったし、ユニットも組んでるし、さらには…本当、一緒にいられる時間がかなり多そう。
「あ〜あ、私も里緒菜ちゃんとどこか行きたいなぁ…」
そして自然に浮かんでくるのがそんな気持ち。
夏祭りに一緒に行ったり、告白した日にお泊りはしちゃったけど、旅行とか…う〜ん、想像しただけでとっても楽しそうっ。
そうだよ、こんな絶対楽しいはずのこと、想像だけにしとくのはもったいないよねっ。
「…あのあの、すみれセンパイって、もしかしなくって里緒菜さんと…」
一人で浮かれそうになっちゃってると、おずおずと夏梛ちゃんが声をかけてきた。
「…あ、うん、どうしたの?」
「えとえと、間違っていたらごめんなさいですけど…お付き合い、されてます?」「わっ、夏梛ちゃん、それって…!」
あれっ、そのことは数日前睦月さんにはお伝えしたんだけど…そこから伝わってはいなかったんだ。
「え〜と、うん、実はちょっと前に…つまりそういうこと、だよ?」
「わぁわぁ、それはそれは…おめでとうございますっ」「そうだったんですか…その、お幸せに、です」
「うん、ありがとっ。私たちも、夏梛ちゃんと麻美ちゃんの二人に負けないくらい、幸せになるよっ」
二人は周りから見てもすぐ解るくらい幸せそうな恋人さんで…うんうん、私たちもそうなりたいなっ。
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