第3.5章

「今日もお疲れさま、里緒菜ちゃん。いつもよりちょっと長めの練習になっちゃったけど、大丈夫だった?」
「特に問題ないですよ。多分、これがここでセンパイと一緒に練習する、最後になりそうですし」
 ―里緒菜ちゃんが夏休みの間、私たちは時間のあるときに彼女の通う学校にある、他の子には知られてないスタジオで練習してたの。
 一緒に旅行して、そこから帰ってきてから…今日もそこで練習してたわけだけど、それを終えた私たちはそんな言葉を交わしたの。
「そう言われるとやっぱりさみしいなぁ…だから練習時間ちょっと延ばしちゃったんだけど」
 スタジオ、そして物置になってる部屋を出ていくけど、夏なのに日が結構傾いてて、やっぱりいつもよりちょっと遅くまでいたって解る。
「じゃあ、次の私のお仕事が終わってからもここで一緒に練習しますか?」
 う〜ん、そうしたいのはやまやまなんだけど…。
「…ううん、やっぱりそれはダメかな。今、こうしてるのも本当はよくないし」
 言うまでもなく、ここは里緒菜ちゃんの通う学校、その敷地内どころか校舎内で、関係者以外入っちゃダメのはず。
 同じ敷地内にある学生寮は許可もらって入らせてもらってるんだけど、こっちは完全に無断だもんね…悪いことなんてしちゃダメなのに。
「…そうですか。じゃあ、センパイとこうして校舎で一緒にいるのも、最後になるかもしれませんね」
「そう…だね、そうかも」
 冬休みとかまた機会はあるかもだけど、本当はダメなことだもんね…。
 そう思うと何だかさみしくなってくる…と、そんな私の手を隣にいる里緒菜ちゃんが繋いできた?
「…えっ、里緒菜ちゃん?」
「せっかくですから、今から少し学校の中を歩いてみませんか? ほら、センパイってあのスタジオくらいしか知らないでしょう?」
 わっ、何だか唐突な提案…確かにこことあとは食堂くらいしか行ったことないけれども。
「でも、部外者が勝手にうろついちゃダメだし…」
「今の時間、もう部活とかやってないみたいですし、誰かに会う可能性は低いですよ? それにまぁ、誰かに会ってもセンパイなら別に不審者とかに見られないと思いますし」
「そ、そうかなぁ…?」
 制服着てる彼女はいいとして、私はどうなんだろ…。
「…まぁ、センパイがそこまで嫌そうなら、別にいいんですけど」
 と、彼女はそう言いながら私の手を離しちゃうんだけど、ちょっとさみしそうにも見えて…里緒菜ちゃんもここでの練習がもうなくなることをさみしいって思ってくれてて、それであんなこと言ってくれたのかな…。
「…ま、待って、里緒菜ちゃんっ」
 彼女にさみしい想いをさせるのが心苦しくって、思わず手を握っちゃう。
「…センパイ?」
「えっと、そりゃ部外者の私が歩き回るのはよくないことなんだけど、でも里緒菜ちゃんに誘ってもらったのは嬉しかったし、それに里緒菜ちゃんの通ってる学校のこと気にならないわけないから、だから…」
「だから…何です?」
「うん、里緒菜ちゃんがよかったら、一緒に学校の中、見て回ってみたいなって」
 じっとこちらを見る彼女に微笑みかける。
「…しょうがないですね。センパイがそう言うなら、少し案内してあげます」
「うん、ありがとっ」
 あの子の表情がほころんで、それを見ると私もとっても幸せな気持ちになる。
 うんうん、もし怒られたりしたら私が謝ればいいんだし、今は彼女との時間を楽しもう。

 夕焼けに染まってく中、私はあの子と手を繋いで廊下を歩いてく。
運動部も活動を終えてるみたいで、外も中もとっても静か…この世界に私たち二人しかいないんじゃ、って感じられちゃうくらい。
「こっちが音楽室で…と、自分で言い出しておいて何ですけど、こんなの楽しいですか? センパイだって、ちょっと前まで学校通ってましたよね?」
 ゆっくり歩きながらそんなこと言われちゃったけど、まぁ彼女にとっては見慣れた風景だろうからああ言われちゃうのもしょうがないよね。
「うん、楽しいよっ」
 でも、私は迷わずそう答える。
 何でかな、通ってない学校の中っていうのも新鮮なわけだけど、やっぱり一番の理由は…。
「里緒菜ちゃんと一緒に、里緒菜ちゃんが通ってる学校の中を歩いてるんだもん」
「何ですそれ…センパイ、単純すぎます」
「ぶぅ、どうせ私は単純ですよーだ」
 こんなことでこんなに幸せを感じちゃうんだものね。
「でも、それなら…私も、センパイの通っていた学校を見てみたいかもしれませんね」
「…へ? いやいや、私の通ってたとこはこんな立派なとこじゃないし、それにまぁ、遠いしね」
「遠いんじゃしょうがないですね、めんどくさいですし」
 ここは私立明翠女学園っていうお嬢さま学校の分校ってことで、かなりきれいで立派。
 でも本校に較べたら全然だっていうんだけど…麻美ちゃんがその本校の卒業生だっていうんだけど、ちょっと気になるかも。


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