学校を後にした私たち…別に着替えなかったから里緒菜ちゃんは制服のまま。
「別にいいじゃないですか…面倒ですし」
 彼女自身がそう言ってるし気にしないで二人一緒に歩いてく。
 向かうのは私たちの所属する事務所とそう変わらない方角だけど、でもそこからは少し離れた、閑静な住宅地の一角にたたずむ落ち着いた雰囲気の、あまり大きくはないお店。
「うぅ、やっぱり暑すぎです…」
「大丈夫だよ、里緒菜ちゃん。もう着いたから」
 ここまでの道のりですっかり暑さにやられちゃった彼女の手を引きつつ、そのお店の扉を開けて中へ入る。
 お店の中は適度に冷房がかかってて涼しい…あの子ともども、思わず安堵のため息が出ちゃう。
「いらっしゃいませ…あら、すみれちゃんだったのね、こんにちは」
「あっ、うん、こんにちは、美亜さん」
 紅茶の香り漂う店内にはカウンタの向こう側にいる女の人しか姿は見られず、私に気づいたその人と挨拶を交わす。
「そういえば、そろそろアルバイトの時間ね…でも、外は暑かったでしょうし、まずは座って休んでね」
 穏やかな口調でそう言って微笑む、ちょっといわゆるお姉さま、といった雰囲気をかもし出した女性は藤枝美亜さん。
 ここの店長さんにしか見えないけどそうじゃないっていう大学生の人で、彼女の淹れる紅茶はとってもおいしい。
「美亜さん、昨日は色々ごめんなさい」
 座らせてもらう前に、きちんと謝って頭を下げる。
「あら、何も謝ることなんてないわ。そんなことより、その様子だと…ふふっ、おめでとう」
 と、私、それに私と手を繋いでる里緒菜ちゃんを見て、美亜さんが微笑んでくる。
「えっと、それはまぁ、おかげさまでと言うべき、かなぁ?」
「うふふっ、ほら、やっぱり私の見立ては間違っていなかったでしょう? すみれちゃんはずいぶん否定してきたけれど…」
 う〜、それを言われると返す言葉が出なくなっちゃう。
「あの、昨日はセンパイが私のことでご迷惑をおかけしたみたいで、申し訳ありません」
 今度はあの子が、しかもかなりしっかりと謝る…うん、やっぱりとってもいい子だよね。
「あら、そんな、何も気にしなくってもいいわ。それよりも貴女、里緒菜ちゃんだったわよね…すみれちゃんとお幸せにね」
「は、はい、ありがとうございます…その、私とセンパイの関係、解ってるんですね」
「ええ、もちろん。貴女たちみたいな百合な子たちのことを見守るのが、私の生き甲斐だもの」
「そ、そうなんですか…」
 あ、さすがに里緒菜ちゃんも戸惑ってる。
 美亜さんは今の言葉通りの趣味、とにかくそういうのが好きで、そういう関係について悩んでる子の相談にも乗ってあげたりしてる。
 私にも里緒菜ちゃんのことを結構前から言ってきてて、私はそれを美亜さんのおせっかい、勘違いだって言ってたわけなんだけど…う〜ん。
「ほらほら、そんなところでいつまでも立っていないで…お二人のお話、もっと聞かせてもらいたいわ。座って座って?」
 とってもうきうきした様子の美亜さんに促されて、私たちはカウンタ席に座らせてもらう。
 美亜さんが他の子とそういう話をしてるのを見たことはあったけど、まさか当事者になっちゃうなんて、ちょっと気恥ずかしいよ。
「じゃあ、センパイが私に告白するまでになってくれたのって、藤枝さんの一押しがあったからなんですね…ありがとうございます」
「ふふっ、私はきっかけを作っただけだし、お礼を言われることは何もしていないわ」
 でも里緒菜ちゃんはやっぱり私よりも余裕ある感じで、美亜さんと昨日のこと話してる。
 すっごく鈍かった私のことを思えば、やっぱり美亜さんにお礼言いたくなるよね…私でもそうだもん、あぅ〜。
「それに、きっかけを作ったのは私だけじゃなくって、梓ちゃんもなのよ?」
「梓ちゃん……あ、もしかして月宮さんですか?」
「ええ、梓ちゃんも昨日はお店にきてて、すみれちゃんに自分の想いについて気づかせてあげてたのよ」
 月宮梓さん…梓センパイは同じ事務所に所属する、私の憧れのセンパイ声優さん。
 美亜さんの言葉通り、センパイの言葉で私は里緒菜ちゃんへの想いをはっきり自覚できたんだった。
「センパイは私がここを飛び出しちゃった後、アルバイトを代わってもらってたんだっけ…ちゃんとお礼言っとかないと」
 うん、後で事務所のほうに寄っておこっと。

 しばらくあの子と美亜さんとで話に花を咲かせちゃったけど、その後はちゃんとアルバイト。
 とはいってもあんまりお客さんはこなくって、それにあの子もそのままお店でのんびりしてくことになったから、結構お話ししちゃったりしたんだけど、ね。
 夕ごはんも喫茶店で食べて、そこを後にしたのは午後七時過ぎ。
「里緒菜ちゃんも一緒にきてくれるなんて、やっぱり嬉しいなっ」
「別に、そんなはしゃぐことでもないです…まぁ、幾分歩きやすい環境にもなりましたし、ね」
 次の目的地にも、私たちは二人一緒に向かう。
 彼女が言うのは、日も落ちてすっかり暗くなって暑さも和らいだ、ってことなんだろうけど…。
「でもその分物騒になったりするし、環境がよくなったとはいえないかも」
「大丈夫でしょう、何かあったら…センパイが守ってくれますよね?」
「あ…うん、もちろんっ。頼りにしてねっ」
 とはいうものの、私たちがやってきたのはこの市の中心街で、この時間でも照明で明るく人通りも多めだからまず心配ないかも。
 その大通りに面したビルが次の目的地…そのビルには私たちの所属する事務所がある。
「特に用事もないのに里緒菜ちゃんがここにくるのって珍しい…っていうよりはじめてじゃない?」
「用事もないのに毎日の様にきてるセンパイのほうがおかしいんです」
 ビルへ入りつつそんな会話を交わすけど、彼女は本当に必要最低限しか事務所にこないの…面倒くさがりやさんな彼女らしいけど、高校生活もあるし無理させちゃいけない。
「それに、今日はきちんとした用事、ありますから」
「へ、そうなの? なになに?」
「ほら、あれです、私とセンパイとの関係をきちんと報告しておこうかと…」
 それはつまり、お付き合いをはじめました、っていうことを、か…。
 確かに夏梛ちゃんと麻美ちゃんは報告したらしいけど、あれは二人がアイドルもやってるからで、別にそういうことしてない私たちはそこまでしなくってもいい気もするんだけど…でも、そこまで考える彼女はやっぱりえらいよ。
「…何ですか、そんなにやにやして」
「ううん、何でもないっ。でも、それだと、今日はちょっと日が悪かったかも」
「どうしてですか?」
「うん、だって、マネージャさん、いないし」
 事務所へやってきたけど、私や彼女のマネージャをしてくれてる如月睦月さんの姿はどこにもない。
「睦月さん、今は夏梛ちゃんと麻美ちゃんのお仕事について東京に行っちゃってるし…って、知らなかったの?」
「そ、そうでしたっけ、忘れてました…」
 もう、しょうがないなぁ…。
「…あれっ、すみれちゃんに、里緒菜ちゃんも? こんばんは」
 と、そのとき、背後からかわいらしい声が届いたから振り向くと、そこには見知った人の姿…。
「あっ、はい、梓センパイ、こんばんはっ」「こんばんは、月宮さん」
「うん、今日は二人仲良く、どうしたの?」
 私たちに微笑みかけてくれるのが梓センパイ…長い黒髪でクールに見えるっていう、ちょっと里緒菜ちゃんにも通じるところがあるかもだけど、そんな見た目に対して声とかはちょっと幼さを感じるかも。
「あっ、はい、センパイに昨日のことでお礼とお詫びを言いたいな、って」
「ん、そんなこと気にしなくってもいいのに…アルバイトも、楽しかったよ?」
「わわっ、あ、ありがとうございます…!」
 やっぱりセンパイ、あの後店員さんしてくれてたんだ…美亜さんから何も聞かなかったけど、何事もなかったならよかった。
「それより、その様子からして、二人って…うん、おめでと」
 美亜さん同様に昨日のことを知ってるから、すぐに事情を察せられちゃった。
「は、はい、ありがとうございます」「今日は如月さんにそのことをご報告しようと思ったんですけど…」
「…あぅ、むったんはいないよ」
 あ、センパイの表情が途端に悲しそうになっちゃった。
「二人を見てたら、僕もはやくむったんに会いたくなってきちゃったよ…」
 しゅんとしちゃうセンパイは……こんなこと思うのは失礼かもだけど、かわいい。
 あ、ちなみに「むったん」っていうのは睦月さんのこと…自分のことを僕って言うのとあわせて、やっぱりかわいく感じられちゃうよね。


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