お昼ごはんも食べ終えて、私たちは昨日まで同様に声の練習をすることにした。
 大好きな人と一緒になれたからって気は抜いていられない…ううん、その大好きな人と一緒に練習して、そして一緒に出演できるんだから、張り切らずにはいられない。
「よ〜しっ、里緒菜ちゃん、今日も頑張ろうねっ。お〜っ!」
 だから学生寮を出たところで元気よく掛け声まであげちゃう。
「うぅ、あ、あつい…」
 でも、一方の彼女はといえば、とってもだるそうな声…。
「わわっ、えと、私、ちょっと暑苦しかったかな?」
 里緒菜ちゃん、確か暑苦しい人が苦手だったはずだもんね…う〜、気をつけないと。
「いえ、暑苦しいのはセンパイじゃなくって…この世界そのものが、です…」
「…へ? あ、あぁ〜、それはそうかも」
 一瞬首をかしげちゃうけど、すぐに理解して空を見上げる。
 八月の雲一つない青空…蝉の鳴き声が響き渡る外は太陽から容赦ない光が降り注いでて、まさに猛暑。
「うぅ、こればっかりはどうしようもないもんね…」
 あの子は一応学校の夏服、私は上はあの子から借りたTシャツ姿なんだけど、こうしてじっとしてるだけでも汗が出てくる…。
「…やっぱり、エアコンの効いた部屋でだらだらしていたいです。もう、そうしませんか…?」
 わっ、大変、里緒菜ちゃんのやる気がみるみるなくなってく…!
「だ、大丈夫だよ、エアコンならあの部屋にもあるんだから…だから、はやくいこっ」
「うぅ、しょうがないですね…」
 だるそうなあの子の手を取って、引っ張ってくかの様に歩き出す。
 これだけ暑い、しかも時期的なこともあって、学校の敷地内に人の姿は見られない…だからこそ、部外者の私がいても目立たないわけだけど。
「そういえば、里緒菜ちゃんは帰省とかしないの?」
「…面倒ですし、お仕事もありますから。そういうセンパイこそ…」
「あっ、うん、私もお仕事あるし、それに里緒菜ちゃんと会えなくなるのは嫌だもん」
「もう、そんなの、私もそうですけど…うぅ」
 ふふっ、そっか、嬉しい…なんて喜んでる場合じゃなさそう。
 あの子がうつむいたりしたのは恥ずかしがったりしてるわけじゃなくって暑さに参ってきちゃってるからで……急がなきゃ。

 暑さで参っちゃいそうな彼女の手を引いて、私たちは校舎の中へ。
 校舎の中も暑くて人の気配もなく、外から蝉の鳴き声が届くだけなんだけど、そんな中で私たちが向かうのは三階にある視聴覚室の隣、倉庫みたいに色んなものが放置されてる準備室。
 その色んなものをかき分けて進んだ先には、隠れるかの様にひっそりとある扉…その向こう側には、小さいながらもでも結構しっかりしたスタジオがあったんだ。
 扉を閉じたら外の気配は完全に遮断されて、蝉の鳴き声も届かなくなる…。
「うっ、ここも暑すぎ…密室ですものね…」
 って、いけない、里緒菜ちゃんがもう限界みたい…慌てて明かりと一緒にエアコンのスイッチも入れてあげる。
「ふぅ、それじゃ、涼しくなるまでちょっと休もっか」
「そ、そうですね…ふぅ」
 一息ついた私たち、壁にもたれかかるかたちで座り込む。
 ここはあんまり広くないから、あの子と肩が触れるくらい近くになっちゃう…昨日までその近さにどきどきしちゃうことがあったけど、それって彼女に恋してたからだったんだなぁ。
 今でももちろんちょっとどきどきするけど、でもそれ以上に心地よさを感じる…。
「…ふぅ、このままお昼寝しちゃいたい気分です。じぃ〜…」
 と、あの子が私の肩に身を預けて、しかも太もものあたりに視線を感じる…うっ、心地いいのってエアコンが効いてきたから?
「もう、ダメだよ? せっかくこんないい場所あるんだから、ちゃんと練習しよ?」
「ふぅ、しょうがないですね…」
 まぁ、私もこのままこうしてたいな、って気持ちもあるけど…ううん、ダメダメっ。
「でも、ここって本当にいい練習場所だよね…こんな場所が学校にあるなんて、うらやましい」
「まぁ、無断で使ってるだけですけどね…誰も使ってる気配なかったですし」
 このスタジオは準備室に置かれた色んなものの陰に隠れて、完全に忘れられた場所だったみたい…そこを偶然彼女が見つけてこうして利用してるってわけ。
 特に許可とかは取ってないけど、あの子が練習できる場所っていうのは大切だし、それに誰かに迷惑かけてるわけじゃないからここはこのままでいいかな…あ、でもエアコン代はかかっちゃってるか…。
 あと、こうして部外者の私がきてるのはよくないよね…うぅ〜、悪いことなんてしちゃダメなのに〜!
「センパイは学生時代、どこかで練習とかしてたんですか?」
 と、自責の念に駆られてるとそうたずねられて…う、うん、今は気にしないでおこう…。
「あ、えと、うん、演劇部に入ってたからそこである程度…あと、養成所にも通わせてもらえたし」
「演劇部に養成所…なかなか基本的なところを歩んできたんですね」
 う〜ん、そうなるのかな…少なくても、高校に通いながらデビューする、なんてことは考えられなかったし、それができた里緒菜ちゃんはやっぱりすごい。
「里緒菜ちゃんは演劇とか経験ないの?」
「まさか、私がそんな面倒なことするわけないじゃないですか」
「でも声優にはなったんだ…」
「まぁ、演じること自体は好きですし、それにここを見つけられましたから一人で練習できますしね…」
 うんうん、里緒菜ちゃんの演技はとってもすごいんだよっ。
 そういうのも含めて、みんな自己流でやってきたのかな…?
「あ、そういえば、麻美ちゃんも学生時代に一人で、しかも学校にあったっていうスタジオで練習してた、とか話してた気がする」
 ふと、麻美ちゃん、それに彼女と一緒に事務所に入った後輩な灯月夏梛ちゃんの二人が話してたのを小耳に挟んだ内容を思い出した。
「石川さん、ですか…確か私立明翠女学園に通っていたんですよね。ということは、相当なお嬢さまなのかもしれませんね」
「ん、そうなんだ…私にはよく解んないんだけど、お嬢さま学校ってやつ?」
 それにあの子はうなずいて、ということは同じくそこの卒業生だっていう美亜さんもそうなのかな…麻美ちゃんに美亜さん、確かにどっちもお嬢さまって雰囲気あるよね。
「石川さんの学校にもスタジオがあったなんて、ちょっと気になるかも…」
「うん、なかなかの偶然だね」
「いえ、そうとも言えません。この学校は私立明翠女学園の分校ですから、何かの意思があるのかもしれません」
「あっ、そうなんだ、でもどっちのスタジオも今じゃ使われてなかったっぽいし、昔に何か…ん?」
 里緒菜ちゃん、今ちょっと引っかかること言った様な…。
「…わわっ、この学校って麻美ちゃんの学校と同じなのっ? じゃあ里緒菜ちゃんって、お嬢さまっ?」
「わっ、もう、そんな大声出して驚かなくっても…」
 私があまりにびっくりしちゃったから、彼女もびくってなって身体を離しちゃった。
「あ、ごめんごめん、でも…」
「…ふぅ、私の話、ちゃんと聞いてました? ここは分校ですから、入学条件とかお金もあっちより軽くなってるんです」
 あぁ、なるほど、でも繋がりはあるってことで…スタジオもそうだし、学生寮にキッチンとかあるのもその繋がりっぽいね。
「その分こっちはあちらほど堅苦しくはありませんし、私はこっちのほうが気楽で合ってるでしょうか」
「そうなんだ…あっちの、麻美ちゃんとかが通ってた学校がどんななのか、ちょっと気になってきたかも」
 いつか行く機会とか…は、さすがにないか。
「そんなことより、私は別にお嬢さまじゃないですけど、あんな驚いたりして…私がお嬢さまでしたら、何かありました?」
 じぃ〜っと見つめられちゃうから考えてみるけど…ん?
「ううん、何にもないね…そんなの関係なく、里緒菜ちゃんは里緒菜ちゃんだもんっ」
 そう、そんな当たり前のことに改めて気づいただけで、どんなあの子のことも好きなわけで…思わずぎゅってしちゃった。

 エアコンが効いてきたこともあって、あれからはもちろんちゃんと練習に入ったよ。
 里緒菜ちゃんと一緒の作品に、しかも二人とも主役として出るんだから、今考えてもやっぱり夢みたいな話で練習にも気合が入る…んだけど。
「…あ、いけない。今日の練習はここまでにしていい?」
 壁にかかった時計へ目をやって、彼女へそう声をかける。
「あら、貴女からそんなこと言うなんて…こほん、えっと、何かありましたか?」
 ずっと役になり切ってたあの子、素に戻ってそう聞き返してくる。
 ちなみに、あの役になり切った彼女はとっても大人っぽくって、ちょっとどきどきしちゃう。
「うん、もうすぐアルバイトの時間だから…」
「あぁ、そういうことですか…あの喫茶店ですよね」
 まだ一緒にいたい気持ちは強いけど、こればっかりはしょうがない。
「でも、この時期にアルバイトなんて必要なんですか? そもそもあのお店、あんまり忙しそうに見えませんし」
「う〜ん、そんな疑問がわく気持も解らなくはないけど、美亜さんが必要って言ってくれてるから。それに…昨日は途中で飛び出してきちゃったから、なおさらちゃんと行かなきゃ」
「…途中で飛び出してきた? 何です、それ」
「え〜と、ほら、里緒菜ちゃんに会うために…」
「…あ。あれって、そんな裏事情があったんですね…」
 昨日の夕方、勢いのままに彼女の部屋に押しかけて告白までしちゃった私。
 その背中を押してくれたのは、間違いなくその飛び出した場所にいた人…。
「昨日はそれだけじゃなくって、気が抜けちゃっててすっごく迷惑かけちゃったし、ちゃんと謝らなきゃ」
「そんなことになってたんですか…じゃあ、はやく行ったほうがいいです」
「うん、そういうわけだから、今日はごめんね? じゃ…」
 別れの言葉を言いかけようとする私の手をあの子が取ってくる?
「…ちょっと、私も一緒に行きます」
「…へ?」
 意外な言葉にちょっとびっくりしちゃった。
「な、何です、その反応…悪いですか?」
「ううん、ごめんごめん。何も悪くないけど、外はすっごく暑いから里緒菜ちゃんがそんなこと言うなんて意外で……私ともっと一緒にいたい、って思ったりしてくれた?」
「それもなくはないですけど…センパイがお店の人に迷惑をかけたのって、私のことのためなんですよね? なら一応、私も謝っておこうかなって…」
 わっ、里緒菜ちゃんは何も悪くないのにあんなこと言ってくれるなんて…。
「ん〜、やっぱり里緒菜ちゃんってとってもいい子だね…大好きっ」
「あぅ、そ、そんなこと…もうっ」
 とっても嬉しくなってなでなでしちゃうけど、それだけじゃ足りなくってぎゅってしちゃった。


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