第二章
「ん〜…むにゃ」
―外から耳に届く雀…ううん、蝉の鳴き声に起こされるかたちで意識がはっきりしてくる。
何だか今日はいつも以上にいい気持ちで休めた気がするよ。
「ふわぁぁ…って!」
と、目覚めてすぐ視界に入ってきたものにびっくりして、残ってた眠気も一気に吹き飛んじゃった。
だって…カーテンの隙間から差し込む光で明るくなった、いつもとは違った部屋の中、私のすぐ目の前にあったのは大好きな、愛しい人の姿だったんだもん。
あぁ、そうだった、昨日は…夢みたいなことだったけど、でも夢じゃなかったんだ。
「…おはよ、里緒菜ちゃん」
とっても幸せな気持ちに包まれながら、すぐ目の前のあの子へ微笑みかける。
彼女からの反応はないけど、それは当たり前で、あの子は穏やかな寝息を立てて気持ちよさげに眠ってる。
時計へ目をやると、今は午前七時前…普段の私からするとちょっと寝坊しちゃったかも、ってとこかも。
で、いつもなら、外も晴れてる様子だからジョギングに行くとこなんだけど、今日はいいかって思える。
「里緒菜ちゃんの寝顔、かわいいなぁ…」
すぐ目の前にある、大好きな人のそんな顔を見てると、このままこうしてたいな、って思っちゃうもん。
こんな気持ちよさそうに眠ってる里緒菜ちゃんを起こす気にもならないし、今はこのままのんびり…。
「ん〜…センパイ…」
「…えっ、里緒菜ちゃん、起きちゃった?」
「大好き、です…むにゃ…」
そんなこと言ったっきりまた穏やかな寝息を立てちゃうし、寝言だったみたい…私の夢を見てくれてるのかな。
うん…とっても嬉しくって、幸せだな。
もう里緒菜ちゃんがとってもかわいくってぎゅってしたくなっちゃうんだけど、それじゃ起こしちゃうかもしれないから、寝顔を眺めながらなでなでしてあげてた。
「ん、んん…ふぁ」
そんなことして、どのくらいの時間がたったかな…あの子がそんな声あげながらゆっくり目を開けた。
「あれ…センパイ…?」
「ん、おはよ、里緒菜ちゃん」
やさしくなでなでし続けながら微笑みかける。
「あれっ、センパイの顔が、こんな近くに…もう、しょうがないですね…」
まだ眠そう…というよりも明らかに寝ぼけ眼なあの子、ゆっくり私へ顔を近づけると、そのまま口づけしてくる…!
「えっ、わ…り、里緒菜ちゃんっ?」
「ふふっ、センパイ…」
突然のことにびっくりしちゃう私に対して、あの子は唇を離すと、今度は私の胸に顔をうずめるかたちで抱きついてきちゃう…!
「わわっ、ちょっ…!」
「気持ちいい…すぅ」
その状態から動かなくなっちゃう彼女…また穏やかな寝息が耳に届いてくる。
「あ…もう、また寝ちゃったんだ」
じゃあ、今の行動は完全に寝ぼけちゃってた、ってことか…。
そういえば、いつかの公園でも里緒菜ちゃんがちょっと寝ぼけちゃったことがあったっけ…あのときは、膝枕をしてあげたんだったよね。
「あのときもそうだったけど…やっぱりかわいい」
突然の口づけとかにはびっくりしたけど、でも…微笑ましくかわいいし、またこのままでいてあげよっと。
「ふわぁぁ…あ、センパイ、おはようございます…」
「ん、おはよ、里緒菜ちゃん」
それからさらにしばらくして、今度こそあの子が目を覚ました。
私の胸元のあたりから上目遣いでこちらを見る彼女だけど、また胸に顔をうずめちゃう?
わっ、もしかして二度寝…いや、三度寝しちゃう?
「…センパイの胸、やわらかくて気持ちいいですね」
「わ、え、えと、もうもう…!」
また枕にしたいならそれでもいいんだけど、ちょっと恥ずかしい上に何だか変な気分になりそう…!
「…ふぅ、センパイはもう起きてたんですね」
しばらくしたところで彼女は私の目線と同じところにきてそう声をかけてくる…もう目は完全に覚めたみたい。
「うん、結構前に、ね」
「結構前、って…何時くらいですか?」
「ん〜、七時前くらい?」
「え…そんなはやく起きてたなら、もうベッドから出るなり、二度寝するなり、私を起こすなりしてくれればよかったのに。あ、でも、私はそんなはやく起きるのはごめんこうむりますけど」
今の時間は午前十時過ぎだから、あんなこと言われるのも無理ないかも。
「ん、大丈夫大丈夫。その間、里緒菜ちゃんの寝顔を十分に堪能したから」
本当、それだけの時間だったけど、全然飽きたりしないし幸せだったなぁ。
「え、何です、そんなことしてたんですか?」
あっ、さすがの里緒菜ちゃんも恥ずかしかったかな?」
「まさかセンパイがそんなことしてたなんて…私もセンパイの寝顔を堪能したいのに、ずるいです」
…って、わっ、そういうことか。
「んっふふ、それなら私よりはやく起きなきゃね〜」
「そんなの無理に決まってるじゃないですか…」
「わっ、諦めるのはやすぎっ」
「…あ、それなら、センパイが眠った後の寝顔を見ればいいですよね。センパイが私よりも遅くまで起きてるなんてあり得ませんし」
「むぅ〜っ、そこまで言い切るなんてひど〜い…ぶぅぶぅ!」
「…昨日、ベッドに入ってすぐ寝ちゃった人が何言ってるんです」
「はぅっ、そ、それは〜…疲れてたからっていうか…」
「ふぅ〜ん、そうなんですか?」
じぃ〜っと見つめられちゃう。
「うっ…うぅっ、どうせ私は夜が苦手だよっ。ぶぅぶぅ〜!」
「ふふっ、はじめから素直に認めていればよかったのに…」
むぅ〜、ちょっと悔しいけど、でも何も言い返せないのも事実…あれっ?
「でも昨日、私がそんなはやく寝付いちゃったなら、その後寝顔を見られちゃってたんじゃ…」
「…あ、ちょっとそこまで考えが及ばなかったです。それに、部屋が暗くてよく見えませんでしたし…」
「なるほど、そっか」
じゃあ、夜に寝顔をのぞかれる心配は少なそう…いや、別に見られても全然いいんだけど。
「う〜ん、でも、そういえば昨日、寝付いたときに里緒菜ちゃんに何かされた記憶が残ってるんだよね…」
「そうなんですか? てっきり完全に寝付いたものかと思ってましたのに…」
ということは、やっぱりあのとき何かしてたんだ。
「う〜ん、さすがにおぼろげでよくは思い出せないんだけど…」
「…じゃあ、思い出させてあげます」
そう言った彼女、私へ顔を近づけてきて…そしてそのまま口づけしてきちゃう!
「わっ、わわっ、り、里緒菜ちゃんっ?」
「昨夜も同じことをしたんですよ?」
突然のことにびっくりしちゃう私に、彼女はいたずらっぽく微笑む。
そういえば、昨日も何かやわらかいものが唇に触れた記憶は残ってる。
「えっと、つまり…あれだね、おやすみのキスをしてくれた、ってこと?」
「はい、それで今のはおはようのキス、というわけです」
あ、そういえば私は寝顔を見て満足しちゃって、そこまでは考えが回らなかったよ…いや、さっきも寝ぼけてる彼女にされてたんだけど。
「そっか、なるほど…うん、ありがと、里緒菜ちゃんっ」
嬉しくって、つい彼女を抱きしめちゃう。
「い、いえ、いいんですけど…何だか予想してた反応と少し違いますね…」
里緒菜ちゃん、少し赤くなりながらも戸惑っちゃう…?
「えっ、なになに、どういうこと予想してたの?」
「いえ、もっと恥ずかしがるかな、って…昨日はあんなに恥ずかしがってましたのに、一日で慣れちゃいましたか?」
言われて思い返すと、確かに昨日はずいぶんあたふたしちゃったりすることが多かったかも…そのことのほうが恥ずかしくなっちゃうかも。
「ん〜、どうだろ、慣れたとか落ち着いた、っていうのも確かにあるけど、でもそれ以上に自分の気持ちに正直になれてきた、っていうのが大きいのかも」
「自分の気持ち、ですか?」
「うん、そうそう…里緒菜ちゃんのことが大好き、って気持ちだよっ」
そしてその想いが抑えきれなくって、彼女のことをぎゅってしちゃうの。
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