お風呂から上がったら着替えてあの子のきれいな髪を乾かしてあげたりするけど、まさか今日こうやってお泊りになるなんてもちろん想像してなかったから何も持ってきてない。
だから里緒菜ちゃんから借りることになって、あの子が着てたものを着るなんてとってもどきどきしちゃうわけだけど…。
「センパイ、本当にそんなのでよかったんですか?」
「ん、いいよいいよ、やっぱり動きやすいのがいいからねっ」
ちょっと怪訝そうなあの子に笑顔で答える私が着させてもらってるのは体操服…あの子が学校で使ってるやつ。
「そういえばセンパイって普段からそういう、動きやすさしか考えてない服を着てますか。まぁ、イメージにも合ってますけど」
「うん、私は昔からそんな感じだよ」
というより、女の子らしい服とか、私には似合わない気がするし。
一方、ベッドの端に腰掛けてるあの子はさっきと同じくYシャツ姿…あ、もちろん着替えてはいるよ?
「体操服でいい、って言われたときは、てっきりセンパイにそういう趣味があるものかと思いましたけど…」
「えっ、それってどんな趣味なの?」
「いえ、気にしないでください…それより、下着はお貸ししなくってもよかったですか?」
「ん、それはいいよ…気を遣ってくれて、ありがと」
下着まであの子のものを身につける、っていうのは…ちょっと、今の私にはハードル高い。
「いえ、それじゃこれから…」
「ふぁ…って、あ、ご、ごめん」
お風呂上りでリラックスしちゃったっていうこともあって、ついあくびが出ちゃいそうになった。
「センパイ、もしかしなくっても眠いんですか?」
「ん〜…まぁ、ね? いつもならもう寝てる時間だし、それに今日は本当に色々あったから」
隠してもしょうがないから正直に言ってみた…ちなみに今の時間はもうすぐ日付が変わる、ってとこ。
「まだこんな時間なのに…ずいぶん早寝なんですね」
「えっ、そ、そう? う〜ん、私にとっては普通なんだけど…」
「そんなにはやく寝たりして、アニメ観たりラジオ聴いたりしないんですか?」
あ、そうだよね、声優をしてる身からすればその二つ、深夜アニメと声優さんのラジオ番組は気になって当たり前。
しかもどっちも今以降の時間にある場合がほとんどなわけで、あの口ぶりから里緒菜ちゃんはその時間も起きててそれらを観たりしてそう。
「う〜ん、アニメは録画して観てるよ。ラジオは…まぁ、聴けたら、かな」
「…早寝早起き、なのはセンパイのイメージに合ってますから、別にいいんですけど」
そんなこと言う里緒菜ちゃんは夜更かししちゃってるイメージあるかも…お昼に眠そうにしてることも多いし、授業中に寝ちゃった、なんて話も聞いちゃったし。
「しょうがないですね…今日はもう休みましょうか」
「…へ? い、いいの?」
授業に支障が出るなら注意したいとこだけど、今は夏休みだし…。
「今日は特に番組はありませんし、それに…私も、色々あって疲れちゃいましたから」
あの子がそう言ってくれるなら私から断る理由はなくって、今日はもうお休みすることになった。
お布団をもらいたいとこだけど、一人部屋だからあまりなんてあるわけない、か。
「センパイ、何してるんですか? 明かりを消しますから、はやくベッドに入ってください」
と、スイッチに向かったあの子がそんなこと言ってくる?
「…へ? 私がベッドで休むの? じゃあ里緒菜ちゃんは…」
「何言ってるんですか、私もベッドに入りますよ?」
わっ、それってつまり…!
「それともセンパイは、私と一緒に休むの嫌でしたか?」
「もう、そんなことあるわけないよっ」
ベッドが一人用だからちょっと考えが及ばなかったけど…うん、一緒にいるのに離れて休みたくなんてないし、それに、こ、恋人なんだから、それが自然、だよね?
「よかった…じゃあ、はやくしてください」
あの子は安堵の表情を浮かべたりして、ちょっと不安にさせちゃったか…そもそもずっと自分自身や彼女の気持ちに気づけなかったあたり、私は鈍すぎだよ。
…っと、危うく反省モードに入りそうになっちゃうけど、いけないいけない、あの子が待ってるんだから。
「では、私も失礼します…」
部屋の明かりを消した里緒菜ちゃんが、先にベッドに入ってた私のすぐ隣に入ってくる…。
ベッドは一人用だからやっぱり狭くって、お互いの身体がかなり密着しちゃう。
この時期だから暑さを感じる、あるいは大好きな人と一緒のベッドに入ってどきどきしちゃう…その両方あるけど、それ以上に感じるのは、愛しい人がそばにいる安らぎ。
「それではセンパイ、おやすみなさい…」
「ん、おやすみ、里緒菜ちゃん…」
だから、緊張して眠れないんじゃ、っていう当初の気持ちとは逆に、あっという間に眠気が意識を包み込んできちゃう。
「…って、センパイ? 本当にもう寝ちゃうんですか?」
少し驚いた様な声も、ちょっと遠く感じる…。
「まぁ、まずはこうして恋人になれただけで、十分すぎですか…私も、そんな気持ちに余裕があるわけじゃないですし…」
うん、私はそれで十分だけど、里緒菜ちゃんは…まだ何か、あったのかな…?
「センパイといると、とってもどきどきして、暴走しない様に気持ちを抑えるのに精一杯なんですから…やっぱり、責任を取ってもらわないといけませんね」
そう、だったんだ…里緒菜ちゃん、ずいぶん余裕のある態度に見えたけど、私と同じだった…?
だとすると…ん、何だか嬉しい。
「…センパイ、大好きです」
薄れ行く意識の中、あの子の声が届いて、そして唇にあたたかいものが触れた気がした…。
(第1章・完/第2章へ)
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