序章

 ―声優さんになりたい!
 そう真剣に考えはじめたのは、高校生の頃。
 演劇部に入って少しでも上手く演技ができる様に経験を積んだり、アルバイトしたりして貯めたお金も使って声優の養成所に通ったりもしたっけ。
 その甲斐あって、私は晴れてその夢を叶えることができたんだ。

 夢が叶った私が所属することになったのは、海沿いの町にある天姫プロダクションっていう小さな事務所。
 今まで暮らしてきた町から離れての一人暮らし、新しい世界。
「は、はじめまして、山城すみれです…よろしくお願いしますっ」
 心機一転、今までポニーテールにまとめてた髪も短めに切っちゃったりしてすっきりした状態で事務所の皆さんに挨拶とかしたけど、やっぱりはじめはとっても緊張しちゃった。
 だって、そこは今まで目指してきた声優の事務所で、だからそこにいる人っていうのはつまりその世界で活躍してるわけなんだから、しょうがないよね。
「山城…すみれちゃん、だね。ん、よろしく、ね?」
 その中のお一人、長い黒髪をしてクールそうな雰囲気を感じたんだけど、でもそう言って私に微笑みかける声はとってもかわいらしかった人、月宮梓さん。
 私よりちょっと年上のその人のことは、私も観てたアニメにも出てたりしてたから名前とかはもちろん知ってたけど、実際にお会いしたり素の声を耳にするのはもちろんこれがはじめて。
「そんなに緊張しなくっても、大丈夫…これから、一緒に頑張ろうね」
 かわいらしい声でやさしくそう言われて、緊張もずいぶん和らいだ。
「あっ、ありがとうございますっ! そうだ…もしよかったらこれ、食べてくださいっ」
 お近づきのしるし、ってわけじゃないんだけど、私が差し出したのはいつも持ってるチョコバー。
 どうしてそんなの持ち歩いてるか、って…それはもちろん、おいしいからに決まってる。
「わぁ…ありがと。じゃあ、さっそくいただきます…サクサク」
 とっても嬉しそうに食べはじめられたりして、何だかとっても微笑ましい。
「喜んでもらえてよかったです、センパイ」
 そんな様子を見てて、つい自然とそう呼んじゃった。

 ―うんうん、やっぱりセンパイっていうのはいいものだと思うんだよ…言葉の響きもいいよね。
 そんな私の心を読まれたのかどうか…ううん、これはただの偶然だって思うけど、私の初メインキャラになったゲームでの役も、主人公のことをセンパイ、って呼ぶ役だったりしたっけ。
 私もいつかはセンパイ、って呼んでもらえる日がくるのかな…呼んでくれる人ができるかな。
 そうなったときは…うんうん、頼れるセンパイになりたいなっ。


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