序章
「山城さん、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、いい?」
―高校生活に入ってはじめての夏休みも終わって少したった頃なある日の休み時間、クラスメイトの子にそう声をかけられた。
「ん、何なに、どうしたの?」
「うん、ちょっと部活の助っ人をお願いしたくって…」
「あっ、うん、もちろんいいよ。何の部活かな」
長めに伸ばした髪を、気合を入れるためポニーテールにまとめつつ笑顔で答える。
私…山城すみれはそこそこの運動神経があって、でもどこの部活にも所属していないからよくこういうお願いをされてて、そしてよほどのことがない限り受けてあげてる。
「演劇部なんですけど、学園祭の舞台に出てもらいたいな、って…」
「…え?」
と、ちょっと予想外の部活からのお願いに戸惑っちゃった。
「ちょうど山城さんにぴったりの役があって…先輩にもぜひ誘ってって言われてるし、お願いしますっ」
今まで運動部のお手伝いばかりしてきたからとっても意外…だけど。
「私、演劇の経験なんて全然ないよ? それでも大丈夫、っていうならいいけど…」
「もちろん大丈夫です、お願いします」
ここまでお願いされたら、断ることなんてできないよね。
「ありがとうございました、山城さんのおかげでいい舞台になりました」
「そ、そっかな? それならよかった」
学園祭当日、体育館で行われた演劇部の舞台は滞りなく終わり、舞台袖で演劇部の人たちにお礼を言われた。
まぁ、役どころ…王子さま役が私にぴったりだったのか、っていうところは疑問の余地の残るところだけど、私としてもこうして演劇を経験してみてよかったって、そして強く思うところが出てきた。
「山城さん、どこにも部活入ってないんでしょ? よければ、このまま演劇部に入らない?」
「う〜ん…ちょっと考えさせてください」
「そっか、残念…って?」「明確なお断りじゃなかった…もしかして、脈あり?」
今までの部活のお誘いはもっと明確に断ってたんだけど、もちろん入らない理由は私なりにある…ううん、あった。
一番の理由だったのは、私にとってこれだ、って感じられる部活がなくって、そんな中途半端な気持ちで入ったらそこで頑張ってる子に失礼かな、って思ってた。
お願いされてお手伝いをする分にはいいし、そういう部活を立ち上げてみるのもいいかも、なんて考えたりもしたっけ…今日までは。
「はい、ちょっと興味が出ちゃいましたから」
そう、私にとってこれだ、っていうことが見つかったの。
何かを演じる、っていうことが楽しいって感じて、そして人に喜んでもらえること…えっ、演劇のことなんじゃないのか、って?
う〜ん、でも、私が個人的に好きなものも合わせて考えると、もっとぴったりって感じるものがあるんだよね…それを目指すのに演劇をしてみるのもいいのかも、っていうことで考えてみることにしたの。
それになるのはとっても大変、っていうことくらいは解ってたけど、でもはじめから諦めてちゃどうにもなるわけないし、頑張って目指してみようって決めたんだ。
(序章・完/第1章へ)
ページ→1