終章
―フェルサルナ王国の王城、謁見の間。
その日、たくさんのかたがたの見守る中、新たな国王の即位の儀が執り行われました。
「我、セリシアード公領の統治者にしてフェルサルナ王女たるエリノアは、ここにフェルサルナ及びランスティア両王国の王位に即くことを宣言する」
前国王が乱心の末に没してから約一ヶ月強、ようやく安定を見せたこの国の新たな国王となられたのはエリノアでございました。
「うふふっ、エリノア、とってもかっこよかったですよ。国民の皆さんも、見惚れていらっしゃいました」
「そ、そうであろうか。リセリアの用意してくれたこの服が似合っていたならば、よかったが」
即位の儀、それに城下町でのパレードなど一連の予定が滞りなく終了して、宮殿内の一室へ戻ってきたところで、改めてそんな声をかけました。
エリノアの服装はリセリアが戦乙女のお姿を思い浮かべて作ったもので、白を基調とした服の上に空色の光り輝く装飾的な鎧を身にまとったお姿。
旅の間に着ていただいていたものみたいに露出は多くありませんけれど、それでもやっぱりとっても素敵でございます。
「しかし、ランスティアの者たちの気持ちは複雑であったであろうな。リセリアがメイドの服装で僕のそばにずっとついていたのだから」
「あら、アヤフィールさんはとっても微笑ましげに見てくださっておりましたよ。それに、リセリアは王女の位を退いてエリノアのメイドになったのですから、何の問題もございません」
そんな会話を交わしているとお部屋の扉がノックされました…やってきたのはこの国の騎士団長となっていらっしゃるジャンヌさんです。
「エリノアさま、リセリアさま、ただいま戻りました。彼女を無事にあの地まで送り届けてまいりました」
「ああ、ご苦労であったな」「けれど、リセリアのことは呼び捨てでよろしゅうございますよ? もう、王女ではないのですし」
「は、いえ、しかしそういうわけにも…」
相変わらずお堅いですね…それがよいところでもあるとは思いますけれど。
「それで、クレアにはもう会ってきたのか?」
「は、いえ、まだ…任務の報告が第一ですので」
「全く、相変わらず堅いな。では、今から参るとするか」
あら、エリノアにまで言われてしまいましたね。
城内の一角にはたくさんの花々の咲く温室がありました。
リセリアたちがそこへ入ると、そこには四人の人のお姿がございました。
「あら、リセリアさま」「それにエリノアさまに…ジャンヌ、無事戻ってきたんだ、よかった」
メイドの服を着ていらっしゃるのはリーサさんとラティーナさんのお二人。
「エリノアさま、大役お疲れ様です…とっても素敵でした。ジャンヌさんも、お疲れ様です」
穏やかに微笑まれるのはアヤフィールさん。
「あっ、姉上、お帰りなさい。アリアさんのこと、無事に送ってあげてくれたの?」
「ああ、お前の生命の恩人だからな」
ジャンヌさんに声をかけている十二歳でしっかりした雰囲気の少女はクレアさんといって、ジャンヌさんの妹です。
かつては不治の病にかかっていらしてそのためにジャンヌさんは一時あんなことをしそうになりましたけれど、それもアリアさんが治してくださいましたので今ではとっても元気です。
「けれど、元気になったばかりのクレアさんにあんなことをお願いしてもよかったのでしょうか…」「そう、だな…もう一度聞くが、本当によいのか?」
「はい、リセリア姉上とエリノア姉上のお役に立てて、アリアさんのためにもなるのですから、喜んで」
リセリアたちの言葉にクレアさんはそう言ってくださるのですけれど、何をお願いしたのかといえば、近い将来この国の王位に即いてください、ということ。
クレアさんはとっても才気煥発なかたで、確かに諸侯から養子の誘いがくるというのもうなずけました。
そこで、リセリアはランスティア王女の地位をクレアさんへお譲りしたのです…連合王国となったフェルサルナ、ランスティア両王国の将来の王となっていただくために。
クレアさんがリセリアたちのことを姉上と呼ぶのは、リセリアの義妹として王女になってくださった、という理由もございます。
リセリアやエリノアのわがままのために苦労をおかけすることになりますから、やっぱり申し訳くなってしまいます。
「リーサさん、クレアさんのこと、しっかり支えてあげてくださいまし」
「はい、もちろんですわ。それに、わたくしも運命のかたに巡り会わないと…うふふっ」
リーサさんにはクレアさんのメイドになっていただいたのですけれど、本当にいつか運命の王子さまに巡り会えることを願っております。
「私も一緒にクレアちゃんのことを支えるから大丈夫だよ」
ラティーナさんもクレアさんのメイドをしてくださるといいます。
「そうですね、ラティーナにはしばらく…ジャンヌさんと一緒になるまではメイドをしてもらいましょう。それまでは爵位もわたくしが持っておきますけれど、その日がきたらすぐに継いでもらいますから」
「ちょっ、お、お母さんっ?」「な、なな…」
あの若さでもう隠居する気満々のアヤフィールさんですけれど、ラティーナさんとジャンヌさんが驚いたのはもちろんそこに対してではございません。
「アヤフィールさんは何かおかしなことを言ったのか? クレアははやくラティーナのことを姉上、アヤフィールさんのことを母上とお呼びしたいのだけど」
「いえ、何もおかしなことは言っておりませんし、お二人をそうお呼びできる日もそう遠い日のことではないと思いますわ。ラティーナさんとジャンヌさん、お似合いですわ」
それを聞いたお二人は真っ赤になってしまわれましたけれど…うふふっ、全くその通りでございますね。
皆さんと過ごす、穏やかで楽しい時間。
けれど、夜になるとエリノアは毎日お部屋のバルコニーへ出て、夜空を見上げております。
「今頃、アリアさんはこの夜空の下で祈りの歌を捧げていらっしゃるでしょうか…」
「ああ、そうだな…大樹の下、か」
二人で想うのは、もう一人の運命の人、精霊の姫…アリアさんのこと。
本当でしたらリセリアもエリノアも、すぐにでも彼女のもとへ行きたいところです。
けれど、王を亡くし、またその王の残した負の遺産が数多くあるこの国を捨てることは、さすがに無責任すぎますしエリノアにその選択は選べませんでした。
さらにアリアさんが大樹の森をあまりに長く空けているのもよろしくありませんので、先日ジャンヌさんに護衛されてあの森へと帰っていかれたのです。
いつ、リセリアたちがあの森へ再び向かうことができるのか、全く解らない状況ですから…。
アリアさんのさみしそうなお顔、忘れることはできません…けれど、でございます。
「あまり待たせては、アリアさんにつらい思いをさせてしまいます。少しでもはやく、まいりたいですね」
「ああ、そのためにも少しでもはやくこの国を立て直さねばならないな」
「はい、リセリアもお支えいたします」
そのエリノアの手には、三つの指輪が握られております。
リセリアとエリノア、そしてアリアさん…三人の想いをかたちにした、誓いの指輪。
これを三人で一緒に指へはめる日…一日でもはやく、実現いたしましょう。
叶わないとも考えかけた夢を叶えたのです、それも難しいことではございませんよね。
-fin-
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