お城の正門裏…先ほどまでエリノアたちがいらした場所。
 今、そこには天をも貫くほどに伸びた闇の光の柱がありました。
 まさにリセリアのすぐ目の前の空間に現れたそれ…ナイフを投げつけてみても、闇に溶けるかの様にして消えてしまいました。
 空はその闇の柱を中心に暗雲が渦巻いていて、さらに空気も重苦しくなっておりました。
 悪魔の住む世界…魔界とは、こういった雰囲気なのでしょうか。
「エリノア…」
 闇の中がどうなっているのかうかがい知ることはできません。
 …ここでこうしていても、どうにもなりませんよね。
 あのかたや皆さんのご無事を信じて、リセリアはその場を後にいたしました。

 闇に包まれたフェルサルナ城内をリセリアは一人歩きます。
 耳に届くのはリセリアの足音だけ…そう、他の人の姿が全く見当たらないのです。
 そういえば、正門裏の周囲で気絶していらしたはずの兵士たちの姿も、あの場が闇の渦に飲み込まれてから気がついたら全員消えておりました。
 これが一体何を意味するのか、それは解りません。
 けれど、この全ての事象はよくないものというのは間違いございませんし、この全ての鍵を握る何者かが、リセリアのやってきた扉の向こう側にいらっしゃるはずです。
「エリノア…では、まいります」
 緊張で高鳴る胸に手を置いて深呼吸をして、その扉をゆっくりと開きました。

 扉の向こう側…謁見の間に、静かに足を踏み入れます。
 ここへやってくるのは、これで二度め…一度めは、たくさんの人たちの注目を浴びた婚礼の儀でした。
 今日は一転して見守る人はどなたもいらっしゃいませんけれど、赤く伸びる絨毯の先に待ち受ける人の姿は同じです。
「何だ、誰かと思ったらリセリア・アムルフェストか。メイドの服など着ているから、解らなかったぞ」
 玉座に座ってそんなことをおっしゃる人へ、ゆっくりと歩み寄っていきます。
 人の姿はこの間と同じ…ですけれど。
「あなたは、どなたでございますか?」
「何を言っている、余はこのフェルサルナの王でお前の結婚相手でもある…」
「…いいえ。外見がそうでも、中は違いますよね?」
 すると、彼は今までよりも一層不気味な笑みを浮かべました。
「脆弱な人間の割には察しがよいな。いかにも、我は悪魔を統べ、そして永遠の生命を持ちし者よ」
 先ほどの悪魔が言っていた封印とは、それを封じていたのですね。
「幾千年も前の戦で我は精霊の姫を斬り、永遠の生命を手に入れた。そうして永遠にこの世界を支配するはずであったのに、精霊どもに大樹の力で封印されたのだ」
 先ほどの悪魔といい、こちらが聞いていないのによくしゃべります。
 けれど、それが今でも伝承に残っている戦いのことなのでしょうね。
「以来長きに渡り封じられ続けてきたが…」
「ここにいらした悪魔のおかげで魂のみ封印が解けたのですね?」
「そうだ、しかしこんな脆弱な人間の肉体を手に入れただけでは意味がない。完全な復活を遂げるには封印の鍵となっている精霊の姫を斬り、肉体を開放せねばならない」
「それは、残念でございましたね。アリアさんのおそばにはエリノアがいらっしゃいます。あのかたが護っていらっしゃいますから、斬られるなんてあり得ません」
「世界を統べる者に向かってよくほざく。お前が言っているのは戦乙女のことだろう」
 この者が精霊の姫を斬ったときにはいなかったみたいですけれど、今は違いますよ?
「しかし、それもあの者が手を打った。精霊の姫や戦乙女は今、魔界におるのだよ」
 エリノアが一瞬で斬った悪魔…彼は相手が戦乙女であって自分では勝ち目がないと悟っていらして、ある仕掛けをしていらしたのです。
 それは魔界へ通じる門を開き、その中へエリノアやアリアさんを送り込んでしまおうというもの。
 昔はそうでもなかったそうですけれど、今は紅玉の巫女というどこかで聞いたことのある存在が世界の境界を護っているため、通常では異空間をつなぐ行為は行えないといいます。
 あえてそれを行おうとするには莫大な力が必要…そこであの悪魔は自らの生命と引き換えに門を開く契約をあらかじめ行っていらしたそうです。
 さらには、門が開くとほぼ同時にそのあたり一帯を魔界そのものへ送ってしまうという禁呪をこの者自身が使用したといいます。
 その禁呪に要したのが、この町の人たち…生贄として消えてしまったのです。
「なぜお前一人残ったのかは知らんが、大した問題ではない。いかに戦乙女とて魔界の者たちを相手にし続ければいつかは力尽きる。そうすれば精霊の姫も…」
 …確かに、リセリアたちはあの悪魔の思うとおりに動いてきたみたいです。
「それは…どうすることも、できないのですか?」
「我を倒せば禁呪の効果もなくなろうが、戦乙女もおらぬし、無理なことよな」
 あら、それで済むのですか…絶望しかけて損をいたしました。
「もう間もなく、世界は再び我のものとなる。お前はどうする…このかりそめの肉体の昔の持ち主の縁だ、従うのであれば下僕にしてやろう」
「お断りいたします。リセリアは、エリノアとともに生きてまいりますから」
 即答いたします。
「後を追うというか。それもまたよかろう」
 もう、何を聞いているのでしょう、リセリアは「生きていく」と言いましたのに。
「一つお伺いいたします。永遠の生命をしているのは、返り血を浴びた肉体のほうですね?」
「何を言って…それがどうした」
 あら、やはりそうでございましたか…それなのに、この者はどうしてこんなに余裕な態度なのでしょう。
「あなたは、死ぬのが怖くて永遠の生命を得たのでしょうね…つまり、本当は臆病者のはずです」
「…突然、何をほざく?」
「永遠に朽ちない、ずいぶんと強い力も蓄えていらっしゃる立派な肉体は、大樹の中…では、今のあなたにナイフを刺せばどうなるでしょう?」
 懐から取り出したナイフを構えた瞬間、彼の表情に変化が表れます。
 今までずっと尊大な態度でしたのに、急に青ざめてしまって…あらあら。
「エリノアが力尽きるなんて、もし万が一あったとしても相当先のことでございましょう…そうなってあなたの肉体の封印が解けるのと、リセリアが今ここでナイフを投げて禁呪を解くのと、どちらがはやいでしょう?」
 あなたに、久しぶりの死の恐怖を与えて差し上げましょう。
「…ま、待て。今の我を討てば、この肉体の持ち主…つまりはこの国の王も死ぬことになる。それでもよいというか?」
 あら、お得意の悪魔の囁きでございますか?
 けれど、リセリアはあなたがそうくることを想定してこうして一人できたのですよ。
「はい、何のためらいもなく投げつけて差し上げます」
 ここにアリアさんがいらっしゃれば迷ったことでしょう…あんな汚れのないかたに血はお見せできません。
「お前は、想い人の兄を討つというのか?」
「あら、リセリアはそんなことを気にかけるほど甘くはございませんよ? それに、その兄というのはエリノアの両親の仇でございます」
 この場にあえてリセリアがきたのは、このためでもありました…たとえ悪魔憑きであったとしても、エリノアに兄殺しの汚名を着せるわけにはまいりません。
「は、はやまるな。こやつを消しても、また別の者に憑くだけかもしれないぞ?」
「それでも禁呪は解けます」
 それに、あの慌てようからしてまた他の人に憑けるとしても今憑いている彼みたいにろくでもない人にしか憑けないのでしょう…二度と、アリアさんを手を出す機会など訪れませんね。
 リセリアが一人残ったの、大した問題でございましたね。
 あなたも、そのまま肉体から離れずに封印され続けていれば、この先幾千年もさらに待てばもっといいチャンスも訪れたかもしれませんのに、残念でございましたね。
「ま、待て、我に従えば世界の…」
「…では、さようなら」
 悪魔の囁きに耳を貸すこともなく、彼へとナイフを投げつけました。


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