ラティーナさんとジャンヌさんのお二人は、同じ孤児院で育った幼馴染。
ただ、ジャンヌさんが孤児になったのは十歳のとき…妹さんが生まれた直後に両親を亡くされてから。
生まれてすぐ親を失った妹さんに苦労をさせないため、ジャンヌさんは若くしてランスティア王国の騎士団に入り、次期騎士団長に抜擢されるまでになりました。
その収入で妹さんを育てて、結果諸侯から養子の誘いがくるまでのとても優秀な少女に妹さんは成長されたのですけれど…彼女が不治の病にかかってしまわれたのです。
十二歳になられた妹さんは現在意識もなくって、ランスティア滅亡後はフェルサルナ王国の王立病院に収容されていらっしゃるといいます…ジャンヌさんがフェルサルナのために戦っていらっしゃるのも、全ては妹さんのため。
大切な妹さん…お医者さんが見放しても、ジャンヌさんは治すためのあらゆる方法を探して、そして一つの方法を見つけました。
それは、永遠の生命を得た者の血を飲ませる、ということ…そうすれば、どんな不治の病でも治すことができるといいます。
ただ、永遠の生命を持った者なんているとは思えなくって、またこの国の王の側近が永遠の生命を得ることのできる方法を教えてきたともいいますけれど精霊の姫に出会えるとも思えなくって、ジャンヌさんもその方法は諦めていたそうです。
そんな中、フェルサルナ王国へ向かうリセリアたちの中に王女の格好をした謎の美少女がいるという報告を受け、これはもしかするとと思い、数日前にラティーナさんへだけ自分の覚悟を語った…。
「つまり、ジャンヌは自分を犠牲にして妹を救おうとしている、というのか」
少しでも救うことのできる可能性のある方法に賭けてみる…お気持ちは、解ります。
「しかし、精霊の姫を斬るという方法、あの側近が教えたと…悪魔の囁きではないか」
今のジャンヌさんは、悪魔に心を惑わされていらっしゃるのかもしれません。
「もうっ、ジャンヌは他の人をそうやって傷つける様な人じゃないでしょっ?」
「妹のためならば、私は…全てを、捨てるっ」
ラティーナさんの言葉でさえ、届かないのでしょうか…。
「あの、わたくしの力でしたら、妹さんのご病気を治すことができると思います。ですから…」
「…貴女を、斬らせていただく!」
と、ジャンヌさんは槍を構えてアリアさんへと向け駆け出してしまわれます。
エリノアも剣を構えて立ちふさがろうとします…けれど。
「ジャンヌ、もうやめてっ!」
それよりもはやくラティーナさんが駆け出して、ジャンヌさんの前に立ちふさがったのです。
そして…槍が、ラティーナさんの胸を貫いてしまわれます。
「な、に…ラティーナ…?」
信じられない…いえ、信じたくない光景にその場にいる全員が固まってしまって、ジャンヌさんは呆然とした様子で槍を引き抜きつつ数歩下がります。
「ジャンヌ…お願いだから、こんなこと…もう、やめて? クレアちゃんのこと、悲しませないで…やさしいお姉ちゃんに戻って、あげてよね…」
苦しげに声をあげるラティーナさんですけれど、貫かれた胸からは大量の血が出てしまって…そこまで口にしたところで、その場に倒れてしまわれました。
「ラ、ラティーナさんっ」「そんな…いけませんわっ」
思わず駆け寄って、そしてリーサさんはエプロンを外してそれで何とか傷をふさごうといたしますけれど、傷はとっても深くって…。
「あ、あの、わたくしが…!」
「アリア…治せるのか?」
「え、ええ、時間はかかりますけれど、このかたが力尽きなければ…!」
アリアさんは倒れたラティーナさんのそばに立つと目を閉じて、両手を胸の上で重ねると何か呪文の様なものを口にしはじめます。
すると、アリアさん、それに倒れているラティーナさんを淡い光が包み込んでいきます。
これは、リセリアの肩の傷を治してくださった光…?
「ラティーナさん…大丈夫、ですわよね…」「はい、アリアさんを信じましょう」
アリアさんでしたら、たすけてくださるはずでございますよね…。
「ラ、ラティーナ…私、私は、何ということを…」
「…今こそ、精霊の姫を斬る絶好の機会だぞ」
呆然と立ち尽くすジャンヌさんの後ろに黒い影が湧いてきました。
「今なら、あやつは動くことができない。さぁ、妹のためだ…」
その影は見覚えのある男の姿になっていきながら、まさに悪魔の囁きをいたします。
まだ、ジャンヌさんをそそのかそうというのでしょうか…。
「ジャンヌ、そなた、まだその様な悪魔の囁きに耳を貸すのか?」
一気に不気味な空気の強まった中でも輝きを失わない剣を構えつつ鋭い視線を向けるあのかた。
一方のアリアさんは悪魔が現れても微動だにせず祈る様な姿勢のままです…治療に集中していらっしゃるのですね。
「悪魔、か…今までの行動を悪魔のせいにすることはできない。しかし、これ以上…ラティーナの想いを裏切ることなどできない…!」
ジャンヌさんはそう言うと素早く背後を向いてあの側近へ槍を振り下ろします…ラティーナさんの捨て身の行動が、彼女の目を覚まさせてくださったのですね。
「それは…残念」
悪魔の身体から目に見える黒い衝撃波の様なものが放たれてジャンヌさんは弾き飛ばされてしまわれますけれど、それでも態勢を取り戻して着地をされるとすっと槍を構えるあたりはさすがでございますね。
「では、私自らが精霊の姫を討つとしましょう」
「その様なこと、させると思うか?」
リセリアや皆さんの前にあのかたが立って、『ルーンブレード』を構えます。
「戦乙女の剣、か…しかし、全ては私の掌の上で踊っているに過ぎないのですよ」
「どういう意味だ?」
「もともと私はこの国の王、あの欲深き人間に取り入り、やがてはこの国を乗っ取ろうという小さな野望しか持っていなかったのだ」
やっぱり、あの王は悪魔に魅入られてしまっていたのですね。
「あの男の野望を満足させてやるべく先代の王を殺めたりもしましたな。お姫さまを含め、単純なこの国の連中は隣国の仕業だと完全に信じておったみたいで…あの頃から、私の操り人形だったのですよ」
「くっ、そなた…!」
あぁ、あの王の所業ではないかと思ってはおりましたけれど、エリノアを騙すだなんて許せません。
「あの日、お姫さまの真の力を知ったときも、誤算ではあったものの嬉しい誤算でしたぞ。私の予想通りに精霊の姫をこの場にまで連れてきたのですからな」
この悪魔、そこまで読み通していらしたというのですか…?
「精霊の姫が大樹を離れたおかげで封印にほころびが生まれ、まずはあのおかたの魂のみがここへやってくることができた。今はあの小物の肉体で我慢していただいておるが、そやつさえ斬れば肉体の封印も解ける」
何を言っているのかはっきりとは解らないのですけれど、何かの封印が解けかけていて、それの魂だけが…おそらくはあの人に憑いているみたいです。
「礼を言うぞ。これまで幾千年と待ち続けてきたことが、間もなく現実となるのだからな。そうなれば、この世界は我ら悪魔のものに…!」
けれど、リセリアにはそんな日がやってくるとは思えません。
だって、アリアさんがあの森を出て、悪魔の手の届くところへまでやってきたとしましても…。
「よく解らぬが…させない」
次の瞬間、エリノアが悪魔の真正面にまで一気に迫り、光り輝く剣を振り下ろしておりました。
そう、そばにはエリノアがいらっしゃるのですから、アリアさんが斬られるなんてあり得ません。
悪魔は声をあげる間もなく一刀両断され、そして灰となって消滅していきました。
「全く、いらぬことをよくしゃべる者であった」
本当にそうでございますよね…エリノアのご両親の問題の真相がはっきりとしただけよろしゅうございましたけれど。
ともかく、これで最大の敵も消えましたし、あとはラティーナさんが回復されるのを待って…。
そう思ったのですけれど、不意に空が暗くなってしまいます?
さらには、先ほどまであの悪魔のいた場所…そこの空間が歪んでいっているのが解りました。
歪んだ空間には暗黒の渦が現れて、さらにはそこから異形の者があふれ出てきました…!
「魔界へ通じる門、だとっ? あの悪魔は消えたというのに、誰がこの様な…!」
『ルーンブレード』を振るって現れた悪魔たちを斬るあのかたですけれど、渦からは次々に悪魔が湧き出てきます。
そのほとんどが黒い翼と槍を持っていて…やはり、アリアさんを中心にして狙っております。
けれど、アリアさんはまだ治療が終わらないみたいでその場から全く動きません。
「ラティーナ…心配するな、私が護るっ」
ジャンヌさんも槍を振るって戦ってくださいますけれど、悪魔は雲霞の如く湧いて出てきて次第に取り囲まれはじめてしまいます。
「リセリアさま…」「大丈夫でございます、エリノア、それにジャンヌさんたちを信じましょう」
リセリアとリーサさんは、アリアさんたちのそばでそれを見守るしかございません。
…エリノアが負けるはずはございません。
それは、先ほどの悪魔の言葉でいよいよ確信へ変わりました…絶対に、護ってくださいます。
けれど、不安ももちろんあります…悪魔の数はきりがありませんし、さらにあの暗黒の渦が大きくなってきている気がするのです。
リセリアには、ただ見ていることしかできないのでしょうか…いえ、違います。
エリノアにばかり頼っていてもいけませんものね…たまには、リセリアがお力になりませんと。
「リーサさん、アリアさんとラティーナさんのそばを、離れないでくださいましね?」
「えっ、リセリアさま…?」
突然の言葉に戸惑われてしまいましたけれど、その間にもリセリアは数歩前へ出ます。
「エリノア、リセリアは少しだけ出かけてまいりますね? アリアさんのこと、しっかりお護りしてあげてくださいまし」
剣を振るうあのかたに声をかけるのと同時に、比較的悪魔の数が少ない方向へと駆け出します…そう、この囲みを抜け出すのです。
「なっ、リセリア…!」
あのかたが驚いていらっしゃいますけれど、後ろを振り向く余裕はございません。
悪魔の少ない方向を選んだとはいってもいないわけではありませんし、アリアさんを中心に狙っているとはいっても向かってくる者には攻撃をしてきます。
黒い翼で空に浮く悪魔たちが槍で突きかかってきて、そのたびに重い空気まで流れてきますけれど、何とか避けていきます。
このままでしたら囲みを抜けられます…と、リセリアの動きに気づいた悪魔たちの半分くらいがこちらへ槍を向けます!
「くっ、リセリア…させぬっ」
こういうとき、リセリアを護ってくださるのはやっぱりあのかた…しかも、あたり一帯がまばゆい光に包まれて、それに飲み込まれた悪魔たちは灰になっていってしまいます。
「えっ、な、何です…?」
思わず足を止めて振り向いた、そのずっと先…そこにいらしたエリノアは、白を基調とした服の上に蒼く輝く鎧を身にまとい、そしてその背には天使の様な白い翼をつけたお姿をしていらっしゃったのです。
「あのお姿、やっぱり幻ではなくって…」
けれどその次の瞬間、あの光でも消えなかった暗黒の渦が一気に膨張して、あのかたたちのいらっしゃる場所を飲み込んでしまいました…!
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