第六章
―祈りの歌を捧げる精霊の姫。
彼女の使命を支え、護るは戦乙女。
その二人が巡り会う運命にあるということは、精霊たちも知っていること…精霊の姫も、戦乙女に巡り会える日を心待ちにしておりました。
けれど、一つ…その言い伝えに抜けていることがございました。
悪戯好きな運命の女神によって二人の運命の糸が結ばれる、という一節が…。
―フェルサルナ王国のお城、そして城下町。
約二ヶ月前、リセリアはエリノアたちとともにそこを後にいたしました。
今、リセリアたちはそこを一望できる、少し馬を駆けさせればすぐにたどり着くことのできる小高い丘の上にいます。
「あそこが、エリノアさんの住んでいらした、それにお二人のお友達がいらっしゃるところ…建物が、あんなにたくさん…」
あの町は北方にある大帝国にある都市などに較べるとそれほどの大都市ではありませんけれど、それでも森の民である精霊から見たら驚くに十分みたいです。
「けれど、何だか重い空気を感じます。少し、怖い…です」
アリアさんの感じ取った不穏な空気…リセリアにも、多少解りました。
空はどんよりとしてしまっておりますし、どこかしら嫌な感じがしてしまいます。
「やっぱり、悪魔がいるということと関係してしまっているのでしょうか」
「ああ、そうかもしれぬが、いずれにしても行かねばならぬな。リセリア、アリア…よいか?」
…昨日、リセリアがお休みした後、エリノアとアリアさんが会話をしていらしたのを耳にいたしました。
エリノアはこの旅の最後に危険が待っているのは解りきっていましたのにアリアさんを連れてきたことについて、謝っておりました。
精霊の姫としての使命のことなどを考えますと、あのかたが謝られるお気持ちも解ります。
けれど、アリアさんはそれも覚悟をしたうえでついてきたと、一緒にいたいとおっしゃったのです。
やっぱり、リセリアとアリアさんの想いは同じ…。
「はい、まいりましょう」「行きましょう、エリノアさん」
ですから、二人でそうお返事をいたしました。
エリノアが手綱を取る馬は中央の中央通りを通り城下町へ入ります。
その道をまっすぐに行けば、お城の正門へとたどり着くことができます。
やや慎重に歩を進める馬上からあたりを眺めるのですけれど、人の姿がほとんど見えなくって、町全体が重く暗い空気に包まれてしまっておりました。
家々などは全てかたく扉を閉ざしておりますし、皆さん家の中に閉じこもっていらっしゃる様子です。
「少し事情を聞いて見たいものだが、あまりのんびりとはしていられぬし、このまま城へ行こう…アリア、大丈夫か?」
「え、ええ、大丈夫です」
重い空気に少し怯え気味のアリアさんをあのかたがしっかりお支えして、大通りの先にあるお城の正門前にたどり着きましたけれど、大きな正門は前に兵士などの姿はないもののやはりかたく閉ざされておりました。
「ふむ、どうやって越えるか。破壊するか、それともあの日の様に…」
「…あの、ここを越えるのでしたら、わたくしが風の力をお借りいたしましょうか? 少しでも、お役に立ちたいですから…」
アリアさんの提案にエリノアもうなずかれます。
「えっと、ちょっとここで待っていてください。また、戻ってきますから…」
さすがにここから先は馬に乗っていくことは厳しいですから、ここで待っていていただくことになりました。
「あの、では、お二人ともわたくしの手をお取りください」
差し出された手を握ると、アリアさんは何か呪文の様なものを口にいたします。
「…風よ、力をお貸しください」
そして…リセリアたちのまわりが風に包まれたかと思ったら、身体がふわりと地面から離れて浮かび上がりました。
まさか、空を飛べてしまうなんて…。
風の力で浮かび上がったリセリアたちは城壁を越えて、ゆっくりと正門の裏側に降り立ちます。
そこはもうお城の中…門を警護する兵士の姿もなく、不気味な静けさに包まれておりました。
「アリアのおかげで中に入ることができたな…ありがとう」
「いえ、そんな…。けれど、ここは外以上に怖い雰囲気です…」
「エリノア、これからどちらへまいりますか?」
きっと、このお城のどこかでリーサさんたちが捕らえられているはずです。
「ああ、まずは兄に会おう。となると、謁見の間であろうか」
「解りました、ではさっそくまいりましょう」
「…いや、その前に相手をせねばならぬ者がいる様だ」
鋭い視線になるエリノアですけれど、その先にいらしたのは…一人の騎士。
「王女さま、お久し振りとなりますか。まさか、戻ってくるとは…ラティーナたちを救いに?」
「そなた、ジャンヌであったな。ああ、それもあるが、それだけではない」
「そうですか…いずれにしても、王の命により、貴女がたを捕らえさせていただきます」
その言葉を合図に建物の陰などから一斉に騎士や兵士たちが何十人も現れて周囲を取り囲んでしまわれました。
怯え気味のアリアさんと一緒にエリノアの後ろに下がるのですけれど、ジャンヌさんは彼女に鋭い目を向けます。
「王女の身なりをした謎の美少女を連れている、との報告を受けていたが…まさか、こんなことがな…」
ジャンヌさん、少し笑みを浮かべます?
「王女さまたちが消えたのは精霊の森のあたりだった…その女、精霊の姫かっ」
「えっ、あの、わたくしはアリア・ルーンファリアといって、一応そうです…」
別に答える必要のない質問にアリアさんはおどおどと答えてしまわれました。
「や、やはり、そうか…ふふ、遭遇し得ないと思っていた者に遭遇するとは、最後の賭けだな…」
ジャンヌさんの様子がおかしいです…アリアさんが怯え切ってしまわれるほどに。
「そなた、一体どうしたと…」
あのエリノアさえも少し戸惑ってしまわれます。
「者どもは王女さまたちが逃れられない様に取り囲んでいろ。私は…精霊の姫を、斬るっ!」
すっと槍を構えたジャンヌさんは…まっすぐ、リセリアの隣にいるアリアさんへと向け迫ってまいります?
「なっ…なぜアリアをっ?」
エリノアは驚いてしまわれながらもジャンヌさんの前に立ちふさがって、光り輝く聖剣「ルーンブレード」を抜いて槍を受け止めます。
「くっ、邪魔をするなっ」
「アリアは、僕が護る…が、なぜ彼女を狙う? そなたらの目当ては、僕たちのはず…」
そう、そのはずですし、あまりのおかしな展開にリセリアも驚いてしまいます。
「あ、ああ…あの人は、まさか…」
一方のアリアさんは驚いてはおりますけれど何か心当たりがあるご様子で、愕然としてしまわれておりました。
「ア、アリアさん、どうなさいました?」
「あ、あの人は、まさか…永遠の生命を欲していらっしゃる…?」
…えっ、どうしてそんなことに?
「そうだ、精霊の姫を斬り、その返り血を浴びた者は永遠の生を得ることになる…それが、私の望みだっ」
「な、何だと?」「アリアさんを斬って、その…返り血、で?」
さらに続くジャンヌさんの言葉で、リセリアたちは愕然としてしまいます。
どうしてジャンヌさんがそんな…いえ、それより何より…!
「ア、アリアさん、それは本当…なのですか?」
「…ええ、本当です。過去に一度、精霊の姫を斬って永遠の生を得た者がいる、との記録が残っています」
そうおっしゃるアリアさんはとっても悲しげ…。
「けれど、永遠の生命なんて、永遠の苦しみです。その様なものを望むかたなんていないと思っていましたのに、どうしてそんな…?」
「そんなこと、どうだっていいだろう…貴女は、ここで斬られるのだからっ」
アリアさんの悲痛な声もジャンヌさんにはあまり届いていないみたいです。
「その様なこと、僕がさせない」
「なら、邪魔をする王女さまの生命もいただくことになる…!」
ジャンヌさんは間合いを取ると一気にあのかたへ突きかかりますけれど、光の剣がまたそれを受け止めます。
「くっ、素晴らしい剣だ…が、それでも私は引かないっ」
「そなた、なぜそこまで永遠の生命などを…」
「…はぁっ!」
あのかたの言葉にも全く耳を貸さないジャンヌさん…あの必死な様子、ただごとではなさそうですけれども…。
「エ、エリノア、さん…」
それを見守るアリアさんはとってもつらそう…こんな状況下にアリアさんをいさせるわけにはまいりません。
かといって、まわりは完全に取り囲まれておりますし…と、そうでございますね。
「そ、そんな、エリノアさんを置いていくなんて…!」
とある提案をいたしましたけれど、そんな反応が返ってきてしまいます。
「エリノアでしたら大丈夫と、リセリアは信じております、それに、ここにはまた戻ってまいりますから…」
あのかたを信じること…アリアさんも解ってくださいました。
…では、まいりましょうか。
「…エリノア、リセリアたちは少しここを離れます。けれどすぐに戻ってまいりますので、少しの間お待ちになっていてくださいましっ」
「…リセリア? ああ、解った…僕はここでジャンヌを抑えている」
一瞬あのかたは戸惑われましたけれど、槍を受け止めつつうなずいてくださいました。
「バカな、みすみすこの状況で逃すはず…」
ジャンヌさんは間合いをすっと取ると周囲の兵士に指示を出そうとします…けれど、それと同時にリセリアはアリアさんの手を取ります。
「…風よ、力をお貸しくださいっ」
アリアさんの一声で、リセリアたちの身体は一気に空高く浮かび上がりました。
エリノア、すぐに戻ってまいりますから…。
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