湖のほとりで遭遇した三人から報告が入ったのか、フェルサルナ王国の国境はずいぶんと物々しくなっておりました。
 リセリアたちを国へ連れ戻そうとしているのでしたら大人しくお城まで通してくださって、そこで捕らえることにしてもよさそうなものなのですけれど、国の威信など色々あるのでしょう。
 ともかく、いくら厳重にしていてもエリノアの前には障害にはならなくって、無事に国境を越えることができました。
 それ以降は特に妨害にあうこともなくって、明日にはついにフェルサルナのお城へと着くところへまでやってまいりました。
 その夜休むことになった場所は、あの城下町を出てはじめての夜に休んでいったときと同じ森でした。
「リーサさん、ラティーナさん…どうか、ご無事でいてくださいまし」
 お休み前、アリアさんが幻想的な歌を捧げるのをエリノアとともに見守りながらそうつぶやきます。
 できることでしたら、祈りの歌とともにこの願いも届いていただきたいものです。
「いよいよ、明日でございますね…」
 そして、隣にいらっしゃるあのかたへ声をかけます。
「ああ…」
 夕食のときくらいからエリノアの口数がずいぶんと減ってしまっておりますけれど、仕方のないことかもしれません。
 フェルサルナ王国はエリノアの故郷ですし、兄である国王の側近に悪魔がいたのです。
 その悪魔と遭遇して、もう一ヶ月以上経過しております…その悪魔がよからぬ動きをしていないか、リセリアも心配になります。
「僕は…アリアとの約束、果たせぬかもしれぬな…」
 あのかたらしからぬ弱気な発言に驚いてしまいます。
「そんな、何をおっしゃって…エリノアでしたら悪魔などに負けはいたしません。それに、確かに国のことが大変ですぐには無理かもしれませんけれど、それでもそれが終わったらかならずまたあの森へとまいりましょう」
「ん…ああ、勘違いをさせてしまったな。もちろん僕は悪魔などに敗れるつもりなどないし、ルーンファリアの森へも行くつもりだ」
 そして、そのままそこで暮らすのがリセリアの夢ですから…って、あら?
「あの、でしたら、アリアさんとの約束、とは何のことでございますか?」
「ああ、なるべく生命あるものを傷つけぬ様にする、ということだ」
 あっ、そういえばそんな約束もしておりましたね…アリアさんを悲しませないため、エリノアもうなずかれたのでした。
「さすがのアリアさんも悪魔を斬ることは許してくださるはずです…そのために、その剣を託してくださったのですし」
「いや、僕が言っているのは…兄の、国王のことだ」
 その一言で、エリノアの口数が少なくなっている理由に気づきます。
 悪魔が側近にいるのですから、彼自身も悪魔に魅入られているかもしれません。
 その場合、国を誤った方向へと導かないためにも…彼を、妹であるエリノアが斬らねばならないかもしれません。
「そうなったとしても、アリアにだけは、その場面を見せたくはない」
 美しい歌を奏でる彼女へ視線を向けますけれど、たしかにそうでございますね。
「いっそ、アリア、それにリセリアも、ここへ残っていてもらったほうが、あるいはあの孤児たちのいたところで待っていてもらったほうが…」
「エリノア、それは…リセリアには、できません。どうか、おそばにいさせてくださいまし」
「…いや、変なことを言ってすまない。僕もリセリアと離れたくはないし、何があってもリセリアのことを護る」
「はい、それにリセリアはどんな危険が待っていようとエリノアについていく、とかたく決めているのですから、ね?」
 あとは、足手まといにならない様に頑張るだけでございます。
「それに、きっとアリアさんもリセリアと同じ気持ちのはずです。ですから、そんなことは言わないでくださいまし」
「アリア、も…?」
 う〜ん、やっぱりまだいまいち解ってくださっていないみたいです。
「…エリノアは、アリアさんのことを、リセリアと同様に何があっても護りたい、と思っていらっしゃいますよね?」
「ああ…い、いや、リセリアと同様、というのは…」
「隠す必要はございません。リセリアは、そうであっていただきたいと思っているのですから」
「…な?」
 エリノアはずいぶんと戸惑ってしまわれました。
 確かに、リセリアの言葉は常識とされているものからは少し外れているのかもしれません…けれど、これがリセリアの本心です。
「アリアさんさえいいとおっしゃってくださいましたら…三人で、幸せになりましょう」

「うふふっ、アリアさん、お疲れ様です」
 祈りの歌を捧げ終えて戻っていらしたアリアさんを笑顔でお迎えいたします。
「いえ、そんな…と、エリノアさん、お顔が赤いですけれど、どうかなさいましたか?」
 先ほどのリセリアの言葉を聞いてから、あのかたはずっとそんなご様子です。
「いえ、何でもございません。それより、明日は大変なのですし、はやくお休みいたしましょう…三人一緒に」
 三人の、それにリーサさんたちの幸せのため…明日に備えてきちんとお休みしておかないと。
 そうでございますよね、エリノア?


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