とても重い使命を持った精霊の姫、アリアさん。
その使命のためこれまで森の外へ出ることもできず、また他のかたとの接触もできませんでした。
この旅が終わればまた森へ戻って、そして外へ出ることのできない日々が訪れるはずです。
ですので、急ぐ旅ではございませんけれど、外の世界の色々なものを目にしていただきたい、そう思います。
エリノアはある程度外出ができたみたいですけれど、リセリアはあんな状態でございましたし、似た様な境遇の身としてそう感じます。
さすがに町へは立ち寄る気にならないのですけれど、それはあの問題が解決しましたら皆さんでフェルサルナかランスティアの城下町あたりを見ようかと思っております。
「なかなかよい場所だな。少し、ここで休んでいくことにしようか」
そんな旅をはじめて二週間、エリノアが馬の足を止めたのは少し大きめの湖のほとり。
平原の中にあった、そばに森などのある場所…エリノアが止まったのはちょうど小さなお花畑のあるあたりでした。
「わぁ、きれいですね…」「うふふっ、そうでございますね」
馬から降りてお花畑を眺めたりいたします。
アリアさんはこういった自然の中のものがお好き…それもお花を摘んだりせず、そのままの姿で愛でるのがよいみたいです。
「あっ、鹿さんがいらっしゃいます…こんにちは」
この湖は動物たちの生活の場にもなっているみたいで、動物と会話のできるアリアさんは笑顔で会話をしております。
穏やかな日差しの下、湖のほとりのお花畑で動物と戯れるお姫さま…うふふっ、絵になります。
「エリノア、今日はここでお休みいたしませんか?」
「ん、まだ日は高いが…しかし、それもよいかもしれぬな」
アリアさんの様子を見て、あのかたもうなずかれます。
ここの雰囲気は少しあの大樹のそばの湖も想起させますし、アリアさんが毎日捧げていらっしゃる祈りの歌も歌いやすいのではないでしょうか。
「あっ、エリノアさん、リセリアさん、向こう岸にどなたかいらっしゃいます」
「…ん?」
一瞬エリノアが警戒いたしますけれど、そちらの様子を見て再び気を楽にいたします。
やや遠くてはっきりとは見えませんけれど、向かい側に見えたのは一組の男女と二人の子供の姿。
「きっと、近くに住む親子がピクニックをしていらっしゃるのですね」
「そうなのですか…少し、ご一緒してみたいかもしれません」
確かに、とても微笑ましい光景です。
ちなみに、精霊は人間を避けているといわれていますけれど、特にそういった事実はないそうです。
ただ、精霊のほとんどは人間の入れないあの森で暮らしていて、他の精霊についても普段人のやってこない森の奥深くなどで生活をしているためにお会いする機会が少なく、そういう印象を持たれていったみたいです。
「それに、エリノアさんもリセリアさんもとってもいい人ですから、避けるなんて…」
さらに、そんなことも言っていただけたのでした。
と、対岸の人たちもこちらに気づいたのか子供たちが手を振ってきて、アリアさんが微笑みながら振り返します。
「うふふっ、とっても微笑ましゅうございますね」「ああ、そうだな」
リセリアたちはそれを見守ります。
「リセリアたちも、いつかかわいい子供を…」
そう言いかけて口をつぐんでしまいます…エリノアも目を伏せてしまわれましたけれど、こればかりはどうにもならない問題でした。
「あ、あの、どうかなさいましたか? お二人でしたら、その…とってもいい子が授かると思いますけれど…」
リセリアの言葉を耳にしていらしたアリアさんが戸惑いながらそうおっしゃいます。
さみしそうな様子ではありますけれど、悪気はなさそう…。
「いえ、リセリアたちは女同士でございますから…」
「えっと、それがどうかなさったのでしょうか…?」
アリアさんはさらに戸惑ってしまわれましたけれど、それもそのはず、話を聞くと精霊は深く想い合っていれば性別に関係なく子供は天から授かることができるそうなのです。
「えっと、人間では何か違うのですか?」
「いえ、何もお気になさらなくとも大丈夫でございますよ」
知らなくてもいいことでしたら、知る必要はございませんね…特にアリアさんは。
「うふふっ、よろしゅうございましたね、エリノア」
「な、何がだ?」
戸惑われてしまうあのかたですけれど、相変わらずお鈍いです。
それはおいおい解っていただくとしまして、今はこの穏やかなひとときを楽しみましょう。
「うふふっ、もう少しあたたかければ、湖で泳ぐこともできたかもしれませんね」
「泳ぐ…ですか?」
どうやら精霊…少なくとも水の精霊でないアリアさんにはそういう発想はなかったみたいです。
「ふむ、僕は一応泳げるな。あの泉で少々練習をしたから」
リセリアとエリノアとの出会った場所…あのかたはそこへ度々訪れていらしたといいますけれど、そんなこともしていらしたのですね。
しかも、誰もこない場所ということもあって、一糸まとわぬお姿で泳いで…あぁ、拝見したかったです。
でも、さすがにもうそんなお姿で泳いでいただくわけにはまいりませんし、素敵な水着をご用意いたしましょう。
そういうものはやっぱりリーサさんと選ぶのが一番ですね…うふふっ。
「…む」
リセリアが色々想像をしていると、不意にエリノアの視線が鋭くなりました。
「エリノア、どうかなさいましたか?」
「ああ、騎馬の駆ける音が聞こえる…まずいな」
「えっ、まさか例の人たちでしょうか」
そうしている間に気配を感じたのか、動物たちは森の中などへ消えていきました。
「あ、あの、何が…?」
「心配ない…アリアとリセリアは、後ろへ下がっていろ」
まだ彼らと決まったわけではありませんけれど、不安そうなアリアさんと念のために下がっておきます。
その直後、湖のほとりに三騎の騎馬がやってきますけれど、リセリアたちの姿を見るとこちらへやってきてしまいます。
「何だ、こんなところにいたとは」「馬を休めにきただけだったが、まさか探しものに出会えるとはな」
あぁ、やっぱりフェルサルナ王国の騎士団みたいです。
「そなたら、まだ僕たちのことを探していたとはな」
「あのときは不意に姿が消えてびっくりしたが…」「メイド二人は人質として捕らえてある…無事に会いたかったら、大人しく我々とくるんだな」
「そうか、あの二人は無事であったか…しかし、確かに僕たちはあの国へ戻り彼女らと会うが、そなたらとは行かぬ。そちらこそ、大人しく帰るのだな」
「そういうわけにはいかない。我らの手柄になることだしな」「いかに『漆黒の騎士』でもこれには敵うまい…潔くするんだな」
すっと騎士たちが手にして構えるのは拳銃…あのときリセリアの肩を撃ったものを思い出してしまいます。
「ふん、大人しくしてろよ?」「このまま連行してやる」
銃を構えたまま下馬をして、こちらへにじり寄ろうとする三人…。
「そなたら、これ以上近づくな…花を踏み荒らすでない」
「ふん、何を言ってるんだ?」「花だなんて『漆黒の騎士』に似合わないのにな」
エリノアの言葉も聞かずに彼らはずかずかとお花畑を踏み荒らして近づいてまいりました。
それを見たアリアさんは悲しそうな表情になってしまって…。
「そなたら…踏み荒らすな、と言ったはずっ」
あのかたは怒りの声をあげ、鞘に納まったままで剣を横へ振って、衝撃波を花に当てることなく放って彼らをなぎ払います。
さらに彼らへ斬りかかろうと剣の柄に手をかけます…けれど。
「エ、エリノアさん、おやめくださいっ」
それを見たアリアさんがあのかたに駆け寄って、腕にしがみつきます。
「な、アリア、なぜ止める。この者たちは、アリアの目の前で花を…」
「た、確かにそれは悲しいことですけれど、だからといってエリノアさんがそんなことをされるのは…!」
精霊は生命あるものを傷つけるということを否とする種族ですので、エリノアにそんなことをしてもらいたくないのですね…ましては、今のエリノアの怒りはアリアさんのお花に対する気持ちを考えてのものですし。
「アリア…そう、だな。そなたがそう言うのであれば…」
当のアリアさんに止められては止まらざるを得なくて、あのかたはそっと彼女を抱きしめます。
「くっ、お、おのれ…ひっ!」
吹き飛ばされた騎士の一人が立ち上がりながらお二人へ銃を構えますけれど、固まってしまわれます。
その足元には、一本のナイフ…。
「もう、あんなシーンの邪魔をするなんて、リセリアが許しません」
そうはいっても相手はこちらの生死を問わずに捕らえようとする人たちです、立ち上がって再度銃を構えてきます。
「アリア、少し離れていてくれ。大丈夫、そなたの心配することにはならない」
「え、ええ…」
アリアさんが離れて、エリノアは剣の柄に手をかけて三人に向き合います…けれど、突如そのお姿が消えてしまいました。
その場にいる全員が固まってしまう中、エリノアのお姿は…彼らの背後にありました。
「そなたら、どこを見ている?」
「な、いつの間にっ」「み、見えなかった…」「しかし、はやく動いたところでっ」
慌てて後ろを見る三人ですけれど、次の瞬間…彼らが手にしていた銃が粉々になってしまいました。
そう、あの一瞬の間でエリノアが銃だけを斬ってしまわれたのです…リセリアには剣を抜いて鞘へ納めるところさえ見えませんでしたし、すごい早業です。
「そなたら、まだ去らぬのか? ならば、次は身体を斬らねばならぬが」
そうして剣の柄に手をかけるあのかた…三人は慌てて馬に乗って去っていきました。
残されたお花畑は荒れてしまって、対岸にいらした親子の姿もなくなっておりました…人騒がせなことです。
「すまない、アリア。しかし、全ての人間がああではない、だから…」
「そんな、エリノアさんが謝られることではありません。それに、わたくしは…エリノアさんたちとご一緒にいることができて、とても幸せなんですから」
「あ、ああ…僕も、そうかな」
アリアさんの言葉に答えるあのかたは、どこかためらいがちです。
もう少し、はっきりしていただかなくてはいけませんね。
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