…もしかして、リセリアは死んでしまったのでしょうか。
 闇の中で浮き沈みする意識に、そんなことを思ってしまいます。
 けれど、そんなリセリアをあたたかい何かが包み込み、それとともに闇も消え去っていくのが解りました。

「…リセリア? 気が、ついたのか?」
 意識が戻ると、すぐ目の前には心配げな表情をした愛しいかたの顔…。
「エリノア…はい、その、リセリアは…」
 色々と夢の様なものを見た気もしますけれど、何だかはっきりいたしません。
「ああ、リセリアは銃で撃たれてしまい、それで今まで意識を失っていたのだ…」
 あっ、そういえばそうでしたけれど、何か違和感が…そうです、痛みが全くありませんし、見ると肩のあたりに受けたはずの銃撃の傷も全くありません。
「えっ、と…ここ、は?」
 さらに、周囲の景色が意識を失う前とは違い、美しい森の中になっておりましたので、戸惑いながらもたれかかっていた木から背を離しゆっくりと立ち上がります。
「ああ、ここは…」
「…わたくしたち精霊の住まう森。ルーンファリアの森の中です」
 と、エリノアの後ろから穏やかな雰囲気の声が聞こえ、一人の少女が姿を見せました。
 長くきれいな髪、純白で神秘的な服、高貴さを感じさせるティアラ…そして、美しく気品漂う顔立ち。
 まるで、女神さまが現れたみたいでした。

 リセリアが銃撃された直後に感じたまばゆい光、それはリセリアの見た幻覚ではなく、実際にあの場所全体を覆ったといいます。
 その光が消えたとき、傷ついたリセリアとエリノアの二人だけが、この場所…あの広大な森の中にいたといいます。
 リセリアの傷は深く、エリノアは絶望を覚悟しそうになったのですけれど、そこに現れたのがあの少女…不思議な力で、リセリアの傷を治してくださったといいます。
「そうだったのですか…ありがとうございます」
「い、いえ、そんな…」
 お礼を言うと少女は少し恥ずかしそうにします…かわいらしゅうございますね。
「リセリア、よかった…本当に」
「はい、ご心配をおかけいたしましたけれど、これでまたエリノアと一緒にいられます」
 思わずぎゅっと抱きついてしまいました。
「な、リ、リセリア…全く」
 恥ずかしそうにされますけれど、それでもそっと抱きしめ返してくださるのです。
「あ、え、えっと…」
 そんな二人を見た少女は顔を赤くして戸惑っていました…うふふっ、少し刺激が強かったでしょうか。
「し、しかし、先ほどから気になっていたのだが、傷を、しかもあれほどのものを一瞬で治してしまうなど、そなたは一体…?」
 リセリアを離しながらあのかたが訊ねますけれど、確かにとっても不思議なことです…やっぱり女神さまなのかもしれません。
「あっ、あれは、光の力をお借りして…わたくしは、光と風を統べる精霊ですから」
 精霊はとても美しく、また自然界に存在する力を操ることができると聞いたことがありましたけれど、まさにそうですね。
「そうであったか…うん、僕の名はエリノア・セリシアードという」「リセリア・アムルフェストです」
「エリノアさんと、リセリアさん…わたくしは、アリア・ルーンファリアと申します」
 お互いに自己紹介をしましたけれど、少し引っかかりました。
「ルーンファリア、というと先ほど言っていた森の名と同じだが、何か関係あるのか?」
「えっと、そう、ですね…わたくしは、一応精霊の国の王女ということになっておりますから…」
 あら、精霊のお姫さま…うふふっ、確かに女神さまでなければそうですよね。
「奇遇です、リセリアとエリノアも、人間の国の王女なのですよ」
「わぁ、そうなのですか…」
 リセリアは元になりますけれど、それにしても奇遇なことです。

 リセリアが意識を失っていたのは一時間ほどですけれど、日没も近いということで、精霊の姫の案内で森の奥にあるというお城へ向かうことになりました。
 精霊の住まうという森は大きな木々が多くとてもきれいな場所で、神秘的な雰囲気すら感じる場所です。
 案内をしてくださるアリアさんのお話では、リセリアたちのいた場所からお城までは普通に歩けば一ヶ月程度もかかる距離らしいのですけれど、精霊のみが解るという道を歩けば数十分でたどり着くとのことで…やはり不思議な場所ではあるみたいです。
 さらにアリアさんはそんな広大な森の中でのことは全て把握できるとのことで、そうであるからこそこうしてリセリアたちのところへやってきたとのことなのですけれど、リセリアとエリノア以外の人は誰も森へは入っていない、とのことでした。
 つまりリーサさんとラティーナさんはあの場に残されてしまったということになりますから、心配です。
「ジャンヌのことを、信じるしかないな…。僕たちが狙いだったのだから、人質として城へ連れていかれたか…そうであれば、まだよいが」
 けれど、どうしてそもそもリセリアたち二人だけ森の中にいたのでしょう。
 アリアさんの話では森の周囲には結界の様なものが張られていて人間ではそれを越えることはできないといいますから、なおさらです。
「それは、エリノアさんが…いえ、何でもございません…」
 アリアさんは何かを知っているご様子でしたけれど、言葉を濁してしまうのでした。
「エリノアさんたちは、こちらの森へこようと思っていらしたのですか?」
 そして逆に訊ねられてしまいました。
「ああ、この森は精霊の住まう森である、と聞いてな」
「あの、それはどうして…?」
 どことなくそわそわした様子の彼女に、フェルサルナ王国の悪魔のことなど、事情を説明いたしました。
「そう、だったのですか…」
 今度は少しさみしげな様子となってしまわれました…気になります。
「ああ、そうした武器はあるだろうか?」
 けれど鈍感なエリノアはその変化に気づかず話しを進め、アリアさんも普通の様子に戻ります。
 ともかく、精霊は武器を手にするということはないらしく、そうした類のものはこの森の中にはないといいます。
 新たに武器へ祝福を与えることは可能といいますけれど、それなりの素材でできたものでなければ武器が耐えられないといいます…しかも、エリノアは剣をなくしてしまっておられました。
「そう、か…」
 無駄足に終わり、他にあてもなく、さらにリーサさんたちのこともあって、あのかたはひどく落胆してしまわれます。
「あ、あの、けれど一つだけ、お城の奥に『ルーンブレード』という剣があります」
「ん…その剣は、精霊の祝福を受けたものなのか?」
「その剣は、精霊の姫を守護する戦乙女が用いるもの…精霊の姫に危機が迫りしとき戦乙女が現れ『ルーンブレード』をもって護ってくださる、といわれています」
 そんな剣ですからもちろんものすごく強大な力を秘めているとのことで、まさに伝説の聖剣といった趣です。
 アリアさんは、その剣を使ってもいいとおっしゃったのです。
「しかし、その様な大切そうなものを…本当に、よいのか?」
「ええ、エリノアさんにでしたら…構いません」
 よかったといえばよかったことなのですけれど、あまりの申し出にエリノアは少し戸惑います。
 けれど、リセリアには…アリアさんの思っていることが、何となく解ってきた気がいたしました。


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