リセリアたちは無事にフェルサルナ王国と北の隣国との国境を越え、さらに北を目指します。
 途中、食料が底をつきそうになったときなどはさすがに町へ立ち寄ったりもいたしました。
 やはりリセリアたちは注目の的…こんなかっこいい王子さまみたいなエリノアと、かわいらしいメイドが三人もいるのですから当たり前ですね。
「追っ手の心配があるから、あまり目立ちたくないのだが…」
 エリノアはそうおっしゃいますけれど、もう他国の領土なのですし杞憂な気がいたしました。
 そうして旅立ちから二週間ほどがたち、さらに一つの国境を越えた、晴れた日の昼。
「…おそらく、あの森がそうであろう」
 馬の足を止めたエリノアの視線の先…小川を挟んだ向こう側に森が見えました。
 今までに見たことがないほどの、大きな森…視界が続く限り、北の大地を木々が覆い尽くしております。
 あれが、精霊の住まうとされる森…人間は入ることができないとされている森。
「…む」
 と、エリノアが表情を厳しくされました。
「エリノア、どうかなさいましたか?」
「騎馬がこちらへ向かってくる。しかも、十を越える数…まずいな」
 西の方角を見ながらそう言われますけれど、特に何も見えません…と思いきや、やがて砂埃とともに数騎の騎馬がこちらへ迫ってくるのが見えました。
「まさか、追っ手でしょうか…?」
「解らぬが、隠れる場所もない、か…リーサとラティーナは、後ろへ下がっていろ」
 そうしている間にも騎馬たちはこちらへ迫り、リセリアたちと対峙するかたちで止まります。
「何者だ、そなたら…見たところフェルサルナ王国騎士団らしいが、僕たちに何用か?」
 鋭い視線でエリノアが声をかけますけれど、その国の人たちということはやはり…?
「失礼。見たところフェルサルナ王国の王女であるエリノア・セリシアードさまとランスティア王国の元王女であるリセリア・アムルフェストさまとお見受けいたしましたが、違いませんか?」
 一歩こちらへ踏み出るのはリセリアたちとそう変わらない年齢の女の人…やや短めの髪の凛々しい騎士ですけれど、その人がこの一団を率いているみたいです。
「そうだと言ったら、どうする」
「我々は貴女がたを連れ戻す任を負っています。大人しく我々とともに…」
「…って、ちょっと、ジャンヌじゃないっ! どうしてあんたがフェルサルナの騎士になってんのっ?」
 相手の声をさえぎったのは、後ろに下がった…ラティーナさん?
「な、に…ラティーナっ? お、お前こそ、アヤフィールさまのところにいないと思ったら、こんなところで何を…!」
「そんなの、あんたには関係な…って、お母さんは無事なのっ?」
「ああ、無事だが…とにかく、私が用事のあるのはお姫さまたちだ。お前は黙ってろ」
「ふ、ふんだっ」
 二人のやり取りに皆さん唖然としますけれど、リーサさんだけはどこか微笑ましげ。
 もしかして、このジャンヌという人がランスティアの次期騎士団長と言われていた人ではないでしょうか。
「…こほんっ。とにかく、我々とともに国へ戻っていただく」
「悪いが、断る。そなたらこそ、大人しく立ち去れ」
「そういうわけにはまいりません。なれば、力ずくでもお帰り願います」
「できるのか…そなたに」
 と、馬上ですっと剣を抜いたあのかた、さっとそれを振って光の一閃を放ちます。
「やってみないと…解らんっ!」
 一方のジャンヌさんは馬上で槍を振るい、それから発生した衝撃波が光と衝突し消滅します。
「ほぅ、やるな。そういえば、そなたとはランスティア城で一度相対したか」
「思い出してもらえたか…あのときは不覚を取りかけたが、今度はそうはいかない」
 以前そんなことがあったのですね…その戦いもリセリアが関係しておりますし、少し複雑です。
「王女さま、できればもう一度一対一で戦いたい。私が勝てば我々と帰ってもらい、そちらが勝てば我々は諦める、それでどうですか?」
「なっ、ジャンヌさま、何を言って…!」
「…お前たちでは『漆黒の騎士』には勝てないだろう?」
 不満を漏らす他の騎士たちですけれど、ジャンヌさんの一言で黙ってしまいました。
「…ああ。その勝負、受けよう」
 すっと馬から降りるあのかた…リセリアも一緒に降ります。
「エリノア、どうかお気をつけて…」
「ああ、リセリアのため…負けはしない」
 あのかたの微笑みを見届けて、リセリアは少し後ろへ下がります。
「エリノアさま、そいつは生意気だけど槍の腕はそこそこだから気をつけてっ」
「う、うるさいな、全く…とにかく、他の者は手出し無用だ」
 そうして槍を手にしたまま馬から降りるジャンヌさんですけれど、ラティーナさんとは浅からぬ仲に見えますね。
 ともかくあのお二人は互いに武器を構え向き合い、あたりに張り詰めた空気が流れます。
「そういえば、そなた…よく、僕たちがここへくると、解ったな」
「ああ、陛下の側近の者がここではないか、と言っていたから。けれど、まさか…」
 あの悪魔がこの場所を示した…?
「そう、か…ともかく、参れ」
「はい、では…いやぁっ!」
 ジャンヌさんが槍を大きく振り衝撃波を放ちますけれど、あのかたは剣を振り光の一閃を放ちそれを相殺いたします。
 けれど、衝撃波を放つと同時にジャンヌさんは駆け出していて、一気にあのかたへ迫ると槍で鋭く突きかかります。
 あのかたはそれを素早く避け…次々と突きが繰り出されていきますけれど、全て寸前のところで避けられていきます。
 見ているこちらは冷や冷やしてしまいますけれど、当のあのかたは汗一つかかず表情も変えておりません。
「…やぁっ!」
 と、突きかかって避けられた槍が横へ勢いよく振られあのかたの腰に迫りますけれど剣で受け止められて、激しい金属音があたりに響き渡ります。
 ジャンヌさんは槍に力を込めますけれど、あのかたの剣はびくともいたしません。
「くっ…そもそも、なぜ貴女は国を出た? しかも、王の結婚相手…我が故国の王女をさらって」
 力を込めながらそんな質問をするジャンヌさんですけれど、もしかしてリセリアたちがあの国を出たいきさつを全く知らない?
 悪魔のことは知らなくても仕方ありませんけれど、婚礼の儀のことは…王が列席者などに緘口令を敷いたのかもしれませんね。
「もう、リセリアさまとエリノアさまは愛し合っているんだから、それを邪魔する奴の手から逃れるのは当たり前でしょっ」
「な、に…愛し合ってる、だって? け、けれど二人は敵国の、しかも女性同士ではないか…おかしな冗談を、こんなときに言うな」
 ラティーナさんの一言にジャンヌさんは少しうろたえます。
「ラティーナの言葉、冗談ではないのだがな…」
「な、に…しかし…」
「もうっ、二人の愛の前にそんなのが障害になるわけないじゃないっ。そんなことも解んないからジャンヌはダメなのよっ」
 ラティーナさんの更なる言葉にジャンヌさんの力が少し抜け、それを見逃さなかったあのかたが槍をはじいてしまいます。
 慌てて後ろへ下がって間合いを取るジャンヌさんですけれど、どことなく落ち着きを欠いている様に見えます。
「それだけではない。かの国の王、つまり僕の兄は…」
 エリノアがそう言いかけた、その瞬間…銃声が響き渡りました。
 それはエリノアを狙った…のではなく、直後、リセリアの左肩あたりに激痛がはしります…!
「きゃっ…くぅっ」
 衝撃で思わずその場に倒れてしまいますけれど、倒れながら目にしたのは、騎士の一人が拳銃をこちらへ向けている姿…。
「な…リセリアっ!」「そんな、リセリアさま…!」「嘘…こんなのっ」
 皆さんの悲痛な叫びが耳に届きます。
「おっと、動くな。動いたら一斉攻撃を仕掛けるぞ?」
 騎士の一人の声が耳に届きますけれど、エリノアは構わずそばへやってきて、そばにしゃがみこむと上半身を抱き上げてくださいます。
「くっ、こ、この様な…リセリアっ」
「エ、エリノア…リセリアは、大丈夫で…っ」
 何とか安心していただこうと微笑み返そうとしますけれど、激痛に言葉を詰まらせます。
「な、に…お前たち、手を出すなと言ったはずだっ」
「甘いですよ、ジャンヌさま。連れ戻す条件は生死は問わない、だったはず…皆、かかれっ」
 い、いけません、このままでは、皆さん…。
「エ、リノア…」
 薄れてしまいそうな意識の中、あのかたのお名前を呼びます。
「リセリア…くっ。そなたらなどに…させは、しないっ」
 あのかたの怒りの叫び…その直後、リセリアの意識はまばゆい光に飲み込まれてしまいました。

「…リセリア」
 意識が闇に包まれた中、どこからかエリノアの声が届きます。
「僕は、リセリアのことを護ることができなかった…ごめん、なさい」
 悔しそうな、悲しそうな声。
 …そんな、謝らないでくださいまし…そして、どうか元気をお出しくださいまし。
 そう声をあげようとしても、あげることはできず…リセリアの意識は闇に飲み込まれてしまいました。


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