第四章
―最近、不思議な夢を見ます。
とても大きな樹、そのそばで歌を歌う少女。
とても美しい少女の、とても美しい歌声。
不思議というよりも、幻想的というほうが正しいでしょうか…そんな夢。
―目が覚めると、朝の日差しの下…リセリアは、愛しいかたと寄り添って木の根元に寄りかかっておりました。
すぐそばにある、あのかたの整った寝顔…静かに寝息をたてるその口元に、そっと口づけをいたします。
「ん、リセリア…？」
その直後、あのかたがゆっくりと目を覚ましました。
「うふふっ、おはようございます、エリノア」
「あ、ああ、おはよう。しかし、今…何かが唇に触れた気がしたのだが」
「はい、お目覚めの口づけです」
「な…ま、全く」
一気にエリノアのお顔が真っ赤に染まっていきます…かわいらしゅうございますね。
リセリアたちがいたのはフェルサルナ王国北部の小さな森の中。
「うふふっ、ではリセリアは少し向こうでお休みしているリーサさんたちと一緒に朝食の準備をしてまいりますね」
「ああ…すまない。僕も手伝うことができればよかったのだが」
「そんな、お気になさらないでくださいまし。それに、リセリアはエリノアのメイドなのですから」
「全く、それは服装だけであろう…」
少し呆れ気味のあのかたですけれど、いかにも今のリセリアの服装はリーサさんと同じメイドのもの…ちなみにラティーナさんもそうです。
でも、リセリアは本当にエリノアのメイドな気分なのです…だって、お料理などを自分でできる様になったのも、全ては大切なかたに尽くしたいから、だったのですから。
そのエリノアの服装はといえば、森の中であのかたと出会って以来リーサさんとご一緒にひそやかに作っていたリセリアお手製のもの。
鎧ではありませんけれど黒を基調としてマントもついた剣士風の、けれどエリノアのスタイルを際立たせるために胸や腰、それに脚を強調したデザインになっています。
サイズについてはこれが完成するまでに鎧の姿を、しかもほんの少し見ただけでしたので不安でしたけれど、まさにぴったり…すらりとした長身ですけれど、出るところはずいぶん出ております。
この服を渡したとき、これまで長い間全身を覆い隠す鎧を身にまとっていらしたエリノアはためらい、そして着てくださったときも恥ずかしそうになさっておりましたけれど…そのお美しさに見とれてしまったものです。
エリノアにもメイドの服を、とも考えたのですけれど、剣を扱う上で動きづらくなりそうでしたので断念いたしました。
朝食を作っている間エリノアは剣の稽古をしていて、完成したらリセリアがお呼びして、皆さん揃ってお食事です。
「うん、とてもおいしい…城で食べていたものよりも、ずっと」
「うふふっ、ありがとうございます。それはリセリアが作ったんですよ」
周囲に町などない森の中ですけれど、お食事にはきちんと食器など揃っております。
これは全て、馬車の荷台に積んであるもの…必要なものは全て揃っております。
それだけでなく、エリノアの剣や全員の服など、全てリーサさんがフェルサルナの城下町を出る前に、城内のメイドのつてを頼って取り揃えてくださったのです。
これでリセリアとエリノア、そしてリーサさんとラティーナさんの四人は、あの子供たちに見送られて夜間にこっそり城下町を抜け出すことができたのです。
お食事が終わると、荷物を馬車にしまっていよいよ出発です。
「今日も晴天ですわね」「うん、雨にぬれる心配はないね」
リーサさんとラティーナさんは馬車のほうへ二人並んで乗り込みます。
「ではリセリア、しっかりつかまって」「はい、エリノア」
一方のあのかたとリセリアは一頭の馬の背に乗り、あのかたが手綱を握ります。
リセリアは抱きかかえられるかたちですし、まさに王子さま…ですけれど、馬は白馬ではなく黒い毛並、エリノアにはこちらのほうが似合っているかもしれませんね。
大陸の最南端に位置するフェルサルナ王国、リセリアたちはそれを北へ向け馬を走らせております。
進むのは平原であり、岩山であり…街道を避けているのはいきさつからして当然考えられる追っ手をくらますためで、森などで休んでいるのも同じ理由です。
「リセリア、大丈夫か？ 疲れてなどいなければ、よいのだが」
日の高いうちは食事などの時間を除いてずっと馬に乗っての移動になりますから、馬を走らせながらあのかたが気遣ってくださいます。
「はい、リセリアは大丈夫でございます」
この旅の目的を考えると不謹慎かもしれませんけれど、リセリアはとっても楽しいのです。
これまであまり見たりすることのできなかった外の世界を、こうして運命の人とともに行く…それはとっても幸せなことです。
さらに、こうしてあのかたに密着していることができるのですから…うふふっ。
これまで一緒に過ごして、エリノアが予想通り…いえ、それ以上に素敵なかただと解りましたし、ますます好きになっています。
「エリノア、これから目指す場所はどの様なところなのでしょう」
ぎゅっとしがみつきながら、これからのことに思いを馳せます。
「ああ、僕も父から伝承混じりに聞いただけだからはっきりとしたことは解らぬが、この世界でもっとも広大な森らしいな」
「精霊たちの国があるといわれる、精霊の住まう森でございますね」
フェルサルナ王国にいる悪魔…それを倒すためには、精霊の祝福を受けた武器が必要です。
今の世界にそうした武器が残されているかは不明ですけれど、そうした地にならばあるのではないか…とあのかたは考え、向かうことになったのです。
「けれど、精霊は人間を避けている、とも言われておりますね」
「ああ、その森には人間は入ることができない、とも言われているが…ともかく、行ってみないことにはな」
「はい、エリノア…」
ぎゅっと、あのかたの胸に顔をうずめます…あったかいです。
「な、リ、リセリア…！」
あのかたは恥ずかしそうにしますけれど、それがまたかわいらしゅうございます…リーサさんたちも微笑ましそうに見守ってくださいますし、幸せです。
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