謁見の間を後にしたリセリアは、愛しいかたに抱き上げらたままお城の正門へ向かっています。
 それまでに数人の兵士たちに出くわしましたけれど、エリノアさまの前では何の障害にもなりません。
 これから何があろうと、エリノアさまとご一緒でしたら…けれど、まずはラティーナさんを探し出して、アヤフィールさんのご無事を確かめたいです。
「…まずは、リセリアの服を用意せねばな」
 そういえば、リセリアはウェディングドレス姿…けれど、それでしたらエリノアさまの服装も何とかしたいところです。
 と、その様なことを考えているとエリノアさまが足を止めます…見ると、もうすぐ先は正門でしたけれど、閉じられた門の前には中年の男性が一人。
「そなたは、兄の側近であったな、僕たちを止めにきたのか?」
「はい。今のうちに降伏しなければ、死ぬことになりますよ?」
 その男はそう言いますけれど、武器も持っていませんし、見た目も弱そうです。
「悪いが、僕たちにそのつもりはない」
「そうですか…残念ですな」
 彼がそう言った瞬間、エリノアさまの視線がより鋭くなります。
「…リセリア、そのメイドとともに僕のそばから離れるでないぞ」
 さらに突然地面に降ろされてリセリアが戸惑っている間にあのかたは剣を抜いていて、そして…次の瞬間、リセリアたちの周囲四方の何もない空間に突如異形の者が姿を見せます!
 異常な空気も流れ、それは以前遭遇したものと同じまさしく悪魔でしたけれど、どうしてこんな…?
「…はぁっ!」
 考えている間もなくあのかたが背後を向きつつ剣を振り、それにより剣から放たれる光の一閃が左と背後にいた悪魔の胴体を真っ二つにして消滅させます。
 さらには素早く正面を向くと右から迫る悪魔の顔へ剣を突きたて振り抜き、さらに素早く正面へと剣を振り、光の一閃が正面の悪魔を真っ二つに斬り裂きました。
 その間、わずか一秒程度…兵士たちが恐れるのも解ります。
「…はっ!」
 さらにあの側近へと光の一閃を放ちますけれど…。
「この私を、下級悪魔と一緒にしてもらっては困りますな」
 一閃は彼の目前で見えない壁に阻まれ四散、同時に彼から先ほどの悪魔たちよりもはるかに強く異常な空気があふれ出します。
「リ、リセリアさま、これは…」「あ、あの人も、悪魔だと…」
「くっ、どうして王の側近に悪魔が…ともかく、斬る!」
 あまりの事態に驚いてしまいながらも、エリノアさまは剣を構え彼へと迫ります。
 と、彼が右手を振った瞬間あのかたは慌てて飛びのきますけれど、彼の指から触手の様なものが伸び鎧をかすめ、当たった部分が灰の様になって消滅してしまいます…!
「人間にしては見事すぎるが、私を相手にしてはどうかな?」
「くっ…はぁっ!」
 触手を避けながらも剣を振り一閃を放ちますけれど、全て見えない壁に阻まれます。
「大人しく諦めれば苦しまなくてもすむというのに」
「誰が…諦めるかっ」
 触手で鎧をぼろぼろにされていきながらもあのかたは側近へ肉薄し、直接剣で斬りかかりますけれど、その剣ですら見えない壁に阻まれます。
「リセリアとの未来、そなたなどに…はぁあっ!」
 周囲を触手に取り囲まれてしまいながらも、剣に力を込め…瞬間、剣が、それにあのかたが光に包まれます!
 その一瞬、不思議な光景が見えた気がしました…あのかたの鎧が漆黒ではなく光り輝く蒼となり、それだけでなく…。
「ば、バカな、これは…ぐあぁっ!」
 けれど、次の瞬間には元に戻っていて、あのかたの剣は側近の胴体を真っ二つに斬っていました。
 今のは幻覚、でしょうか…ともかくさすがはエリノアさま、側近の下半身は即座に消滅し、残された上半身も地面に倒れ触手は消滅します。
「まさか、信じられん…が、今のお姫さまではどうあがいても私には勝てんよ」
 彼が不敵な笑みを浮かべた次の瞬間、エリノアさまが手にしていた剣が灰となってしまいます…!
「下級悪魔ならともかく、この私をそんななまくら剣で斬ろうなど…」
 そう言っている彼の胴体が怪しく動いております…再生しようというのでしょうか。
「くっ…リセリア、今のうちに逃げるぞっ」
 言葉と同時にあのかたはリセリアとリーサさんを両脇に抱え、そして正門へと駆け出していました。
 けれど、門はかたく閉ざされておりますし…と、あのかたは跳びあがり、城壁を越えて向こう側へと着地してしまったのでした。

 何とかお城を脱出できたリセリアたちですけれど、エリノアさまの剣はなくなり、ぼろぼろの鎧やウェディングドレスといった目立つ服、あのかたの容姿も目立ち、それに追っ手がやってくることも考えられ、人通りの少ない裏路地へ入り込みます。
 さすがにもうリセリアとリーサさんは自分の足で歩いておりますけれど、これからどうしましょう…。
「えっ、嘘…リセリアさまっ?」
 と、不意に名前を、しかも聞き覚えのある声に呼ばれたので思わずそちらを見ると、路地の陰から現れたのはラティーナさん…!
「こ、こんなところでお会いできるなんて…」「ご無事で、何よりでございましたわ」
「うん、でもリセリアさまたちはそんな服装でこんなとこに…って、その鎧の人、もしかして…!」
「二人の知り合いか…しかし、ここでのんびり話しているわけにはゆかぬぞ」
 互いの無事を喜び、そして状況に驚きますけれど、確かにその通りです。
「あっ、それじゃ私がお世話になってるとこがあるから、まずはみんなそこに…」

 裏路地の一角にあった古びた建物。
「あっ、ラティーナおねえちゃん、おかえりっ」「って、そっちの人は?」「わっ、お姫さまっ?」
 そこには数人の子供たちの姿…建物の一室でラティーナさんに事情をうかがいましたけれど、ここには孤児たちが暮らしているそうです。
 ずっとお城暮らしだったリセリアにとっては少なからず衝撃的な光景…エリノアさまも同じみたいです。
 ともかく、ラティーナさんはエリノアさまにお会いするためにこちらの国へやってきたもののどうやってお会いしたらいいか解らず、生活するところもなくて困っていたところをここの子供たちと仲良くなり…ということらしいです。
 そういえば、ラティーナさんは元々は孤児だったそうですけれど、子供に好かれそうなかたですよね。
 一方のリセリアたちもこれまでのいきさつを彼女へ説明いたします。
「お母さんのことは心配だけど、でもリセリアさまの夢が叶ってほんとによかった…おめでとうございますっ」
 ラティーナさんも、エリノアさまとのことを心から祝福してくださいました。
 そして、会話はこれからのことに移ります。
「僕はこの国を捨てるつもりであったが、兄の側近が悪魔であったということは、兄自身が悪魔に魅入られている可能性が高い。さすがに、それを見過ごすことは…」
 エリノアさまのおっしゃるとおり、放置すればこの国やランスティア、さらにもっと多くの国の民が苦しみを味わうことになりかねません。
「でも、その悪魔にはエリノアさまの剣も通用しなかったんだよね?」「というより、剣が耐えられなかったみたいにも見えましたわ…」
「ああ、上級悪魔には、人間の鍛えた剣では斬るに耐えることができぬのだ…」
「そんな…では、打つ手はないのですか?」
「いや、はるか古にあったという悪魔との戦争では、人間は精霊の祝福を受けた武器を用い戦ったそうだ。そうした武器があれば、あるいは…」
 エリノアさまのお力があれば、間違いなく勝てますよね。
 ただ、問題はそんな武器があるのか、ということ…伝説になっている様な武器でしたら大丈夫そうですけれど、そんな武器がどこにあるでしょうか。
「僕に、一つだけ心当たりがある…といっても、確証はないのだが」
 と、あのかたが口にいたします。
「リセリア、これからは危険な旅になると思う。それでも…僕とともに、いてくれるか?」
 もう、それは愚問というものです。
「はい、もちろん…リセリアは、どんなことがあってもエリノアさまと一緒でございます」
 長い夢がようやく叶ったのですから、離れるなんて…考えたくありません。


    (第3章・完/第4章へ)

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