あのかたがお部屋へやってきてから一週間、再びここを訪れてくださることはありませんでした。
 リーサさんとともに色々考えてはみたものの、どうすることもできず…その日を迎えてしまいます。
「また、心にもないかたをお相手にこのドレスを身にまとうことになるなんて…」
「リセリアさま…心中、お察しいたしますわ」
 リーサさんが着付けてくださったのは、純白のウェディングドレス…そう、今日はこの国の王とリセリアとの婚礼の儀が執り行われる日。
 つい数週間前にはヨークリィ侯と行うことになっていたこの儀式、相手は違えど望まぬかたであることに違いはありません。
「…リーサさん、リセリアはこれ以上自分の気持ちに嘘はつけません」
 この間とはまた違った決意を伝えます。
「この身が滅びることになるかもしれません…そのときは、リーサさんからラティーナさんやアヤフィールさんに謝ってくださいね?」
「…それはできませんわ。わたくしは、どんなことがあってもリセリアさまのメイドですから…おそばにおりますわ」
「リーサさん、けれど…」
「それに、最後まで希望を捨ててはいけませんわ。まだ…終わったわけでは、ないのですから」
「…そう、ですね」
 リセリアの想い…あのかたへ届かなかったと決めつけるには、まだはやいです。

 兵士たちに迎えられ数週間幽閉されていた塔から出たリセリア、謁見の間に続く大扉前へ連れて行かれます…その扉の奥が会場です。
 …リーサさん、まいりましょう。
 今日の日もまた後ろについてきてくださるリーサさんへ心の中で声をかけ、開かれた扉の奥へとゆっくり歩を進めます。
 ランスティア王城のそれよりもやや広い謁見の間…大扉から奥へと続く赤い絨毯の両側にはたくさんの列席者の姿。
 絨毯の上をゆっくりと進んでいくリセリアを見る周囲の視線はさすがに祝福だけではなく、好奇のものから冷淡なものまで色々感じられます。
 そんな先、普段ならば玉座の置かれているであろう場所には祭壇が設けられていて、その前でリセリアのことを待つのは運命の人…の兄である、この国の王です。
 横目でちらりと見てみますけれど小人物な、けれどどことなく不気味な何かを持っていそうな人に感じます。
 そんなことよりも、ここへきても気になるのはあのかたのことですけれど、見た限りではこの場に姿がなかった気がしました。
 あのお姿ですから呼びたくないという気持ちも解らないことはありませんけれど、実の妹で王女であるかたを列席させないなんて少しどうかと思います。
 同時にリセリアの想いは届かなかったのかも、という気持ちも出てしまいますけれど…最後まで、諦めてはいけませんよね。
 そんなリセリアの想いをよそに、婚礼の儀はやはり粛々と進んでいきます。
 基本的な流れは数週間前と同じ…本来人生で一度しか経験しないはずのものをこの短い間で二度も経験するなんて、おかしな感じです。
「貴女は、誓いますか?」
 そして、誓いの言葉…彼は普通に答え、司祭の言葉がリセリアへ振られます。
 …自分の想いに、もう嘘はつきません…届いていなくても、貫くまでです。
「どうしました、誓いますね?」
「…いいえ、誓いません」
 リセリアの返答に、場の空気が凍りついたのが解りました。
「な、何ですと?」「お、おい、今何と答えた?」
 ざわつく会場、司祭や国王が唖然とした様子で聞き返してきます。
「あら、聞こえませんでしたか? リセリアにはすでに想うかたがおりますので、誓いません」
「ば、馬鹿な、それは前の婚約者のことか? それはすでに破棄しているぞ」
「そんな人のはずありません。もっと、ずっと素敵なかたです」
「ふざけるな、亡国の姫の分際をこの余がもらってやろうというのだ。それに逆らおうとは、死にたいのかっ」
「あのかたとご一緒になれないのでしたら、覚悟の上です」
「よ、よく言った、では望みどおりにしてやる…者ども、こやつを捕らえろっ」
 騒然とした空気の中、数人の兵士が近くの扉から入ってきました。
 あぁ、やはりこうなってしまうみたいですけれど、想いを貫いたのですから後悔はしておりません。
 けれど、せめて最後に一目だけでも…。
「…待てっ」
 覚悟を決めたそのとき、大扉が開く音がして、誰かの声が耳に届きました。
 今の声…間違いございませんっ。
 思わず振り向くと、漆黒の鎧と兜を身につけたかたがこちらへとまっすぐに歩いてきているのが見えました。
「本当に、王子さまの登場の仕方ですわ…」
 そばにいるリーサさんのつぶやきが耳に届きますけれど、これは夢ではありませんよね?
「な、エリノアだと…貴様、何をしにきたっ。こやつを捕らえるのなら…」
「…違う。彼女を、兄上の手から奪いにきた」
 その一言に、リセリアを含めその場の人々全員が固まってしまいました。
「…リセリア、待たせて…しまったな」
「いえ、そんな、きてくださるなんて…リセリアの想い、届いたのですか?」
 正面で足を止めるあのかたを、泣きそうになるのをこらえて見つめます。
「あれから一週間、考えてみた…僕自身の、気持ちについて」
 会場にいるはずの他の人たちはエリノアさまに圧倒されて静まり返り、リセリアもまたあのかたしか見えず、完全に二人だけの世界です。
「そなたのことを思い出したとき、同時にずっと心の底に封印してきた想いも蘇った…幼き日、そなたのことを好きになった、ということを」
「えっ、では…リセリアと、同じ想いを?」
「ああ、しかし、僕とそなたとでは女同士、そらにその直後にあの様なことがあった。だから、僕はその想いを封じ、復讐のためだけに生きようと思った…そなたにまた巡り会えるなどとも、思えなかったし」
「はい…」
「けれど、僕たちはこうして再び巡り会うことができた。そして、そなたは僕のことを想っていると…女同士であっても関係ないと、そう言ってくれた」
「はい、リセリアはあの日からずっと…その想いは、今でも変わりません」
「それを聞いたとき、まさかそなたが僕のことを想っているとは思っていなかったから、うろたえてしまった。思い出した想いを振り払おうと、何とかしていたのに…けれど、僕も自分の想いに嘘はつけぬ」
 そうおっしゃったあのかたは、口元以外の顔全体を覆い隠していた兜に手をかけるとゆっくりとそれを脱ぎ、投げ捨てます。
「この兜、復讐を果たすまでは外さぬと思い、あの日からつけていたが…もう、よい。リセリア…そなたとの想いが重なった、そのことが、復讐よりもずっと大切なことなのだから」
 そう言って見せてくださった素顔は、幼き日の記憶よりもずっと凛々しく美しいものでございました。
「…エリノアさまっ」
 その素顔に惹かれて、そしてその言葉がとっても嬉しくって…思わず抱きついてしまいました。
「リセリア、ずっと待たせてしまったな…そのドレス姿、とても美しい」
 鎧を身にまとっているためか、あのかたはそっと抱きしめ返してきます。
「いえ、こうして想いが届いたのですから、構いません。それに、このドレスもエリノアさまとの誓いのために…」
 ゆっくりと身体を離して、静かに目を閉じます。
「リセリア…ああ、愛していることを、ここに誓う」
 すっと、リセリアの唇とあのかたの唇とが重なりました。
 二人の愛の、誓いの口づけ…夢にまで見た、けれど夢でしか叶わないと思っていたことが、ついに現実となったんです。

「お二人とも、おめでとうございます…とっても素敵ですわ」
 口づけを終えると、リーサさんが満面の笑顔で祝福してくださいました。
「うふふっ、ありがとうございます」「な、何だか恥ずかしいな…」
 夢が現実となったのも、リーサさんのおかげ…お礼を言っても言い切れません。
「エ、エリノア、貴様っ…王であり兄である余に逆らうのかっ」
 と、すぐそばにいた王が怒号をあげます…忘れておりました。
「あれが『漆黒の騎士』の…王女さまの素顔…」「な、何とお美しい…」
 沈黙していた周囲もざわつきはじめますけれど、あのかたの素顔に驚いているのですね。
「兄上…ああ、悪いがリセリアは僕が幸せにする」
「ば、馬鹿な、女同士で、しかも親の仇の一族だぞっ」
「その様なこと…悪いが、この想いの障害にはならぬ。そもそも、親の仇というのも疑わしい…」
「お、おのれ…どうなるか、解っているだろうなっ」
「無論、僕とてこの国にとどまろうとは思わぬ。王女の身分、今この場にて捨てる」
 と、あのかたはこちらを見ます。
「リセリア、僕がこの国の王女でなくとも、一緒になってくれるか?」
「そんなこと、聞くまでもないことですよ?」
「ああ、感謝する。では…行こうか」
 かすかに微笑むあのかたはすっとリセリアを抱き上げるとそのままお姫さま抱っこをしてくださって…うふふっ、どきどきしてしまいます。
「リセリアさま、エリノアさま、わたくしもお供させていただいてよろしいですか? 先ほどみたいな質問は、わたくしには不要ですわ」
「はい、もちろんです…エリノアさまも、よろしいですよね?」「ああ、好きにするとよい」
 リーサさん、満面の笑顔でうなずいていらっしゃいます。
「ば、馬鹿が、このまま見過ごすはず…者ども、取り押さえろっ。斬り捨ててもいい!」
 王の命を受け、先ほど会場に入り込んでいた兵士たちが剣を抜きこちらへ迫ります。
「そなたらが…僕を斬れる、というのか?」
 エリノアさま、右腕でリセリアを抱いたまま左手で腰に差した鞘から剣を抜き、それをこちらへ迫る兵士たちへ振ります。
 すると、剣から衝撃波が発生し、それにより兵士たちは悲鳴をあげてはじき飛ばされてしまいました。
 …す、すごい、さすがはエリノアさまです。
「邪魔するのであれば、斬らねばならぬ。覚悟があるのであれば、参れ」
「し、『漆黒の騎士』に敵うはず…」「は、はわわ…!」
 エリノアさまの武名はかなり轟いているらしく、兵士たちは固まってしまいました。
 それを見たあのかたは王へ対し悠然と背を向け、騒然とするその場を後にします。
「お、おのれ…しかし、後悔することになるぞ」
 背後から聞こえた王の言葉、そのときはただの捨て台詞に思えました。


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