お名前、そして境遇などを知ることができて、リセリアのあのかたへ対する想いはますます募る一方です。
 けれど、リセリアは塔の上にあるお部屋に幽閉された状態、リーサさんもさすがにお城の一定区画内でしか行動を許されておりません。
「同じお城にいらっしゃるのに、お会いすることは叶わないのでしょうか…」
 今までよりもずっと近い距離、それにいらっしゃると解っているのにお会いできないのがもどかしく、毎日空を見上げながら想いを募らせるばかり。
 そんな日が一週間くらい続いた、ある日の夜のことでした。
 食事も終え、幽閉されていてすることのないリセリアは、リーサさんから貸していただいた本を読んでおりました。
 すると、不意に扉をノックする、そして鍵を開ける音が耳に届きましたので、リーサさんがいらしたのかと思いつつ本を閉じて扉に目をやります。
 けれど、開いた扉から中へ入ってきたのは、リーサさんではなく…言葉を失います。
「失礼する。そなたと、少し話がしたい…よいか?」
 やってきたのは、漆黒の鎧と顔を隠すほどの兜を身につけた…そう、あのかたでした。
「は、はい、エリノアさま、もちろん構いません」
 ずっとお会いしたいと思っていたかたの、突然の来訪…少し慌ててしまいます。
「ああ、すまぬ…しかし、僕はそなたに名を名乗っていなかったはずだが」
「あっ、えっと、その…リーサさんから、うかがいまして」
「そうか、あのメイドか」
 ゆっくりと窓のそばにまで歩いていかれるあのかたの表情は、やはり兜に隠れてうかがい知ることはできません。
「おそらく、他のことも聞いているのであろうな…いや、咎めているわけではない」
「は、はい…」
 ど、どうしましょう、お会いできたらお話ししたいことがたくさんあったはずですのに、言葉が出ません。
 そのまま、しばらくお互いに無言の時間が流れてしまいます。
「…あ、あの」
 先に口を開いたのは、リセリアのほう。
「エリノアさまは、ランスティア王国を憎んでいらっしゃる、とうかがいました」
「何故、僕の名にさまを付ける…ともかく、そうだ。両親の仇だからな」
「では…どうして、リセリアをお斬りにならなかったのですか?」
「そ、れは…」
 一瞬、言葉を詰まらせてしまわれます。
「…まさか、その少し前に森で出会ったメイドが王女だとは思わなかったから。驚いているうちに、機を逸した」
「それだけ、でございますか?」
「…何が、言いたい」
「それでしたら、どうしてリセリアに色々と気を遣ってくださるのですか?」
 まっすぐに見つめながら声をあげます。
「機を逸したというだけでしたら、お持ちの剣で、今ここでリセリアをお斬りになってくださいまし」
「…それは、できぬ」
 すっと、背を向けてしまわれました。
「どうして、でございますか…?」
「それ、は…」
 また言葉を詰まらせてしまわれながら、数歩リセリアから離れていきます。
「…今日は、そなたに伝えることがあり、こうしてまいった」
 先ほどまでよりも、少し低めの声…。
「兄上…国王陛下が、一週間後にそなたと婚礼の儀を行うそうだ。心しておくと、よい…」
「えっ、そんな…」
 今度はリセリアが言葉を詰まらせてしまいました。
 本当にそんなことになってしまうなんて…ヨークリィ侯のとき以上に、こちらには拒否する権利がありません。
「確かに、申し伝えた。では、僕は…」
 けれど、運命の人にそんなことを伝えられて、黙っていることなんて…できません。
「お…お待ちくださいっ」
 その場から立ち去ろうとするあのかたを呼び止めます。
「リセリアは…エリノアさまと、一緒になりたいんですっ」
「…な?」
 絶句し、こちらを向くあのかた…。
「僕と、一緒に…だって? 何を、その様な冗談…」
「冗談などではございません。リセリアは、ずっとエリノアさまのことを想い続けておりました」
 あふれる想いは、抑えられず…どんどん言葉になって出ていきます。
「そう、幼き日、エリノアさまにあの森の中でたすけていただいた日から、ずっと…憶えて、おりませんか?」
「…父と母が、殺された日か」
 そう、でした…エリノアさまには、そのつらい過去があったのでした。
 けれど、それが同じ日にあったということを解ってくださった…?
「どうして、あの日…そなたは、再び僕の前に現れた。現れなければ、復讐のことのみを考え、生きていけばよかったというのに…」
 つぶやくかの様な小さな声…ですけれど、確かに聞こえました。
「エリノアさま…やはり、あの日のことを思い出してくださっていたのですね」
 再び背を向けられてしまいましたけれど、間違いございません。
「リセリアは、ずっとエリノアさまとご一緒になれるのを夢見て、今まで生きてまいりました…あの日から、ずっと」
「し、かし…そなたは、僕にとって仇の…」
「そのことですけれど…リセリアには、父や母がそんなことを命じたとはとても思えません。もしかすると、別の可能性はないのですか?」
「何を、今更…。しかし、証拠がないのは事実だが…」
 この誤解を解くのは難しいかもしれませんけれど、解くことができたら…。
「…いや、その真相がどうであったにしても、そなたの想いには応じられぬ」
「そんな…どうして、ですか?」
「そなたの結婚相手は、国王陛下だともう決まっているから…逆らうことなど、できない」
「そ、それは…」
「それに、そなたと僕とでは、その、女同士ではないか。それなのに、その様な…と、ともかく、失礼する」
 最後は多少慌てた様子で去っていってしまいましたけれど、かわいらしゅうございましたね…と、そんなことを考えている場合ではありませんか…。

「まぁ、ヨークリィ侯爵の次は、この国の王さまがですか? 困ったものですわね…」
 翌朝、朝食を取りながら昨日あったことをさっそくリーサさんに言ってみました。
「けれど、あのかたと会話をされて、しかも告白をすることまでできたのですわね…リセリアさま、すごいですわ」
「うふふっ、ありがとうございます」
 問題だらけですけれど、そのことだけは本当に嬉しいです…だって、本来でしたらお会いすることすら不可能だったはずのかたなのですから。
「これも、リーサさんのおかげです」
「そんな、わたくしはただリセリアさまの想いが届いてほしくって…」
「うふふっ…あとは、ラティーナさんやアヤフィールさんにもお礼を言いたいですけれど…」
 お二人とも、ご無事でしたらよろしいのですけれど…。
「そう、ですわね…それに、あのかたにリセリアさまの想いが届いてくださればよいのですけれど」
「はい、やはり過去のこと…それに、リセリアとでは女同士だということを、気にされておりました」
「まぁ、女同士であることを、ですか? そんなこと、愛の前ではほんの些細なことですわ」
「うふふっ、そうですよね…うろたえるあのかたも、かわいらしゅうございましたけれども」
「リセリアさまは、エリノアさまが女のかただと解っていらしてお好きになられたのですよね?」
「はい、幼き日に出会ったあのかた、男の子みたいな服装でしたけれど、確かに女の子でしたから」
 けれど、あまりに凛々しく中性的な容姿でしたから、本当は男の人だったら…という一抹の不安はありました。
「わたくしはまだあのかたの素顔を見たことがありませんけれど、まさに王子さまですわ…わたくしも、そんなかたと巡り会いたいものですわ」
「うふふっ、リーサさんでしたら大丈夫です」
 リーサさんは運命の王子さまに憧れていますけれど、それは幼き頃に出会ったあのかたみたいな凛々しい女の人になのです。
 彼女が貸してくださる本も、そうした内容の作品たちです。
「ありがとうございます。けれど、まずはリセリアさまのことですわ」
 告白はできましたけれど、浮かれてはいられない…いえ、絶望的に近い状況ですものね…。


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