第三章

 ―亡国の王女となったリセリア。
 逃げる努力もほとんどなさずに降伏の道を選んだことを、人々はどう評価するでしょうか。
 けれど、リセリアは多くの血が流れることを避けたいと思いましたから、後悔はしておりません。
 それに…謁見の間で目の前に現れた、あまりにも意外なかた。
 リセリアのことを迎えにきてくださったのかと思ってしまいましたけれど…あのかたに降伏を願い出ることになるなんて、思いもよりませんでした。

 ―今、リセリアはランスティア王国の隣国、フェルサルナ王国の王城におります。
 もっとも、今のリセリアはもう元王女といったところでしょうか…降伏をしたランスティア王国は隣国に併合され、消滅しましたから。
 あの日…謁見の間に現れたあのかたに対し、皆さんの生命の安全を保障してくださるなら降伏する、と申し出ました。
 あのかたがあちらの国でどの様な立場の人なのかは解りませんけれど、それを受け入れてくださって、戦いは終わりを告げました。
 そうして、リセリアは捕虜として隣国のお城へと送られた…というわけですけれど、待遇はそう悪くありません。
 お城の塔の上にある一室にリセリアは入れられており、さすがに外へ出ることはできないもののお部屋はきれいで服も悪くなく、お食事なども普通に用意していただいております。
「リセリアさま、失礼いたします。お食事を、お持ちいたしましたわ」
 それに、従者を一人連れてきてもよいということでしたので、こうしてリーサさんにきてもらうこともできましたし。
「あれから、もう一週間ですね…ランスティアの状況は、解りましたか?」
「はい、少しだけでしたら聞くことができましたわ」
 リセリアは幽閉された身ですので他の人との接触はありませんけれど、リーサさんはこちらのお城に仕えるメイドさんたちと会話を交わす機会があり、この一週間で仲良くなれたみたいでそちらから色々な情報を得て、リセリアに教えてくださっております。
 それによると、あちらは占領軍が駐留しているもののまずは平穏を保っているみたいです。
 ただ、貴族などの家には監視の兵士がついているそうで、アヤフィールさんが心配です。
 摂政は解任され、現在あちらを治めているのは、こちらの国の王に忠誠を誓い総督に任じられたヨークリィ侯爵…変り身のはやいことです。
「それで、ヨークリィ侯はここの王さまに、リセリアと結婚させていただける様にお願いしたそうですけれど、断られたそうですわ」
「あら、それは…うふふっ」
「それが、笑いごとではありませんわ。断った理由というのが、自分の妃として迎えるから、ということらしくって…」
 にわかに雲行きのよくない話になってまいりました…けれど、考えられない話ではありません。
 この国の王にはこちらに連れてこられたときに一度お会いしましたけれど、ヨークリィ侯と同い年くらいのかただったでしょうか。
 あまりよい印象は受けなかったのですけれど、確かにまだ結婚はしていなかったはずです。
 捕らえた敵国の王女と結婚…敵対していた両国の融和という意味でもある程度効果があるかもしれません。
 …って、これはリセリアがあのかたと一緒になる最後の希望として考えたものと同じになりますね。
「リセリアは、この国の王とではなく、あのかたとご一緒になりたいのに…」
 一度は諦めたこの想いですけれど、こうして生きていられて、彼との結婚がなくなって、そしてあのかたにまたお会いできて…また、強くなってきてしまいました。
「リーサさん、あのかたのことは…聞けましたか?」
 こちらへときたばかりの頃は、そのことについてメイドさんにたずねても答えていただけなかったというのです。
「はい、そのことについても、きちんとうかがうことができましたわ」
「えっ、本当ですか? さっそく、お聞かせください」
 これまでずっと解らないことばかりだったあのかたについてやっと知ることができるということで、先ほどの嫌な話は忘れてどきどきしてきてしまいました。

 幼き頃に一度だけお会いした、リセリアの運命の人。
 そのかたと同一人物だとリセリアは思っている、漆黒の鎧を身にまとったかた。
 リーサさんの聞いたところによると、そのかたのお名前はエリノア・セリシアード…この国の王の妹、つまり王女だといいます。
 年齢は、リセリアよりも一つ年下…やっぱり、幼き日に出会ったかたと同じくらいです。
 ただ、そのエリノアさま、ずっと人を寄せ付けず、とあることのみを考えて生きているといいます。
「それは復讐のため、といいますわ。しかも、それを思い立った理由というのが…おそらく、リセリアさまの運命の出会いと同じ日にあったみたいなのですわ」
 一瞬どういうことなのか解りませんでしたけれど、エリノアさまがこの国の王女だということですぐに理由が思い当たりました。
 リーサさんが説明を続けてくださいますけれど、それによるとエリノアさまは幼き日にご両親や今の国王である兄とともに、国境近くにある森のそばにまで遊びにいったといいます。
 その中で、エリノアさまはお一人で森の中へ散策に向かい、そして戻ってきたとき…ご両親が何者かの手によって殺害されてしまっていたといいます。
 誰が殺害したかについて、実行した者はその後すぐに駆けつけた親衛隊により斬られてしまい、また残された兄の証言では隣国の手の者だということでしたので…そういうことにされてしまいました。
 そう、数年前に隣国が戦争を仕掛けてきた理由というのが、それでした。
 森の中へと散策へと行った…おそらく、そこでリセリアとあのかたとは出会った。
 けれど、その直後にそんなことになっていらしたなんて…それは、リセリアのことを忘れていても仕方がございません。
「ランスティア王国の手の者だなんて、そんなこと…やはり、リセリアには信じられません」
 あの日、エリノアさまとは森を挟んだ反対側でリセリアは両親とピクニックをしていましたけれど、そんな大それたことをしようというときにそんなことをしているはず…それに、両親はそんなことを考える人ではありません。
「けれど、この国の人たちは皆、そういうことだと思っているみたいですわ…」
 その憎しみが、今にまで続いている…ということですか。
「では、リセリアはあのかたに憎まれてしまっているのですね…」
「…いえ、そうとも限りませんわ」
 少し絶望してしまいそうになりましたけれど、リーサさんはそう言います。
「復讐を考えていたのですから当然今回の戦いではランスティア王国に残されていた最後の王族…つまりリセリアさまのことをあのかたは斬る、とこの国の人たちは考えていたみたいです、けれど…」
「…リセリアは斬られずに、こうして生きております」
「それだけではなくって、わたくしがこうしてリセリアさまのおそばにいられるのも、ある程度不自由のない生活が送れているのも、あのかたが取り計らってくださっていることらしいですわ」
「エリノアさま、が…?」
「はい、復讐を誓って以来誰にも心を開かず、人前では常にあの兜をしていらして誰にも素顔を見せたことのないという様なかたらしいのですけれど、それだけにリセリアさまに対する態度が皆さん不思議みたいですわ」
 エリノアさまが、リセリアに対して気を遣ってくださっている…。
 そういえば、あの日…謁見の間にてお会いしたとき、王女がリセリアであると知って固まっていらしたみたいにも見えました。
 あれは、やっぱり昔のことを憶えていらしたからなのではないでしょうか…ですから斬るのをやめてくださった、その様に思えました。


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