一度めの再会は、言葉を交わすこともできませんでした。
 二度めの再会では、言葉は交わせましたけれど、それでもよい結果ではなくて…。
「あっ、リセリアさま、お帰りなさいまし」「お会いすること、できましたか?」
「は、はい、一応はできました…」
 ですので、森から帰ってきたリセリアを出迎えてくださった皆さんに、曖昧なお返事しかできませんでした。
「…大丈夫ですわ。お会いできただけでも運命的ですもの」「あまり、お気を落とされないで…」
「はい、そうですね…」
 皆さんがいてくださるおかげで、少しだけ気が楽になりました…と、あら?
「そういえば、ラティーナさんはどうされましたか?」
「ラティーナは少し気分が悪くなっちゃいまして、今は馬車の中でお休みしています」
 それは心配…と思いましたけれど、アヤフィールさんに危機感がありませんし、リーサさんもどことなく微笑ましげです。
「あっ、うん、大丈夫、ちょっと気分の悪い人に会っちゃっただけだから」
 帰りの馬車の中でラティーナさんはそう言いましたけれど、大丈夫そうでしたら何よりです。
 けれど、気分の悪い人…詳しくはお聞きしませんでしたけれど、例の次期騎士団長みたいです。
 リセリアがいない間にやってきていらしたみたいですけれど、お知り合い?

 お城へと戻ってきたリセリア…その翌日から、尖塔の上で空を見上げて、ため息をつくことが多くなってしまいました。
 原因は、もちろんあの日の森での出来事です。
「リセリアさま…また、私と入れ替わって外に出てみてはどうかな?」
 ラティーナさんがそう言って気遣ってくださいますけれど、今のところは遠慮をしております。
 あのかたのあの言葉は、おそらく嘘ではないでしょうから…もう、あの森に現れることはないでしょう。
 けれど、他の言葉まで信じたわけではありません…そう、ないのですけれど、でもそれがどちらだとしても、今のリセリアにはどうしたらいいのか解りません。
 空しく時が過ぎていって、リセリアの十八歳の誕生日、そして婚礼の儀の行われる日がほんの数日後にまで迫ってきていました。
「リセリアは、どうすればよいのでしょう…」
 その日も尖塔へ上り、空を見上げながら…これから先のことを、考えておりました。
 リーサさんやラティーナさんにはまだ相談をしていませんけれど、最後の手段をとるべきでしょうか…。
 最後の手段…それは、この国の王族という身分を捨ててしまう、ということ。
 この国に残された最後の王族としての責任、そらに国を飛び出したとして生活はどうなってしまうのか、ということなど問題はたくさんありますけれど…リセリアには、まだ諦めることができません。
 幼き日からずっと想い続けてきた、あのかたのことが…。
「…リセリアさま、少しよろしいですか?」
 そんなことを考えていたとき、リーサさんがやってきました。
「あのかたについて、わたくしなりに調べてまいりまして…解ったことがありますわ」
 そういえば、リーサさんは外へと出た際などに情報を集めてくださっていたのでした。
「どうやら、あのかたは隣国、フェルサルナ王国に関係する人みたいですわ」
 その国は、数年前の戦争以来敵対関係が続き、今でも交流が断たれています。
「隣国の関係者、とはどういうことでしょう…?」
 その国に住んでいる、というだけでしたら、大した問題ではありませんけれども…。
「詳しいことは解りませんけれど、お城に出入りする姿が確認されているみたいですわ。あちらの国の民には『漆黒の騎士』と呼ばれているみたいですけれど…」
 あの戦争以来、お互いの国で庶民レベルでの交流も少なくそれ以上のことは解らないそうです。
 ですので、どういう身分でお城にいるのかということまでは、解りません。
「その、お城に出入りしているというのは、間違いないのですか?」
「はい、もちろんあんな全身鎧を身にまとったまったく別の人という可能性もありますけれど、長い黒髪というところまで一致しているみたいですから…」
「解りました…リーサさん、ありがとうございました」
「そんな、リセリアさまのためでしたら…けれど、大丈夫ですか? 顔色がすぐれませんわ…」
「大丈夫、ですけれども…あのかたのことは、諦めるしかないのかもしれませんね…」
 力なく弱音を口にしてしまいます。
 もちろん、できることでしたら諦めたくなんてありませんし、愛に国境なんて関係ないとも思います。
 けれど…どうやって、近くて遠いあの国のお城の中にいる人へ想いを伝えればよいのでしょう。
 最後の手段…国を捨ててあのかたのもとへと参ろうとも考えましたけれど、この国に残された最後の一人の王族であるリセリアが、敵とされている国へ走ったら…どうなってしまうでしょうか。
 この国が滅びてしまうことにも、なりかねません…国民も許しはしないでしょう。
「リセリアさま…」
 と、リーサさんが涙をあふれさせてしまいます。
「リーサさん…リセリアは、大丈夫でございます。長く、よい夢を、今まで見続けることができたのですから…」
 王女の身分で、結婚の直前まで恋ができたのですから、贅沢というものだったのかもしれません。
「やはり、自分を捨てて国のために、というのが王女たるリセリアの歩むべき道なのでしょうか…」
「お、お待ちくださいまし、リセリアさま。あのかたと結ばれて、なおかつ国のためになる道もございますわ」
「あのかたも王族でしたら、リセリアたちが一緒になることで、両国の架け橋となることができるかもしれませんね…」
 もっとも、あのかたが王族だという保障はないのですけれど、初対面のときの印象では…十分に、あり得ます。
「けれど、そのことを伝えるすべがありません…あのかたは、もうあの森には現れないみたいですし」
 リーサさんも言葉を詰まらせてしまい、重い沈黙が流れます。
「…大丈夫だよ。私が、行ってみる」
 と、背後から届く声…ラティーナさんが、途中から話を聞いていらしたみたいです。
「行ってみる、といっても…どう、されるのですか?」
「それは、ちょっと考えてみないといけないけど…でも、このままじっとしてるわけにもいかないでしょ? だから私があっちの国に行って、そのリセリアさまの運命の人に何とか会えないか頑張ってみるよ」
 口で言うのは簡単ですけれど、とても難しいことの気がいたします…。
「私のことなら大丈夫だよ。母さんの養女になるまでは孤児だったから行動力はあるし、それにやっぱりリセリアさまには最後まで諦めずに、幸せになってもらいたいから」
 ラティーナさんの過去が少し解ってびっくりしましたけれど、そのお気持ちはとっても嬉しくって…ですから、その言葉にうなずきました。


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