リーサさんが馬を引き、リセリアとラティーナさん、そしてアヤフィールさんを乗せた馬車は町を後にし、平原を走り抜けていきます。
 今回は王女としての外出、さらに公爵家の当主と娘が一緒なのに、付き人も護衛の者の姿もありません…以前父たちとあの森へ行った際もさすがにこんなことはありませんでした。
「見えないだけで、少し離れたところから護衛の者が見守っているはずです…この国の次期騎士団長はなかなかの実力ですから」
 アヤフィールさんの言葉にラティーナさんがなぜか少し複雑な表情をしたのが少し引っかかりましたけれど、そういえば今の騎士団長はもうすぐ引退されるそうで…その次の団長になる人が警護をしているのですね。
 こんなに離れていても状況が解るなんて、すごいですね…認証式でお会いするのが、少し楽しみです。
「それに、メイドはリーサさんとラティーナさんの二人がいますし、ね」
「けれど、よかったのですか? 公爵家の娘をメイドに、なんて」
 ラティーナさんはいいとおっしゃっていますけれど、やはり親の口からも聞いておかないと。
「ええ、この子はもともとじっとしているよりもこうして何かをしているほうが性に合っているみたいですし、それにリセリアさまとは同年代ですから、メイドという以上によきお友達となってくださったら、と思いまして」
 確かに、普通に公爵家の娘として舞踏会などで知り合うよりも、こちらのほうがリセリアとしても…。
「けれど、ラティーナがいなくなって、わたくしが少しさみしくなったかもしれません…」
 そういえば、アヤフィールさんは結婚などをされていなかったのでした…どうしてなのでしょう。
「…でも、今日こうして元気な姿のラティーナやリセリアさまたちとご一緒にお出かけできて、さみしい気持ちも吹き飛びました」
 と、穏やかな微笑みでそう言われましたから、あんなことは聞けませんでした。
 そうしている間に馬車は目的の場所に着いて、動きを止めました。
「わぁ…とってもきれいなところだねっ」「ええ、いい日和ですし、ピクニックには最適です」
 馬車から降りたラティーナさんとアヤフィールさんが目の前に広がるお花畑を見てそう言いますけれど、確かにいい景色です。
「では、まずはさっそくお食事にいたしましょう。わたくしが腕によりをかけてお弁当をお作りいたしましたわ」
 リーサさんはそう言って馬車からいくつかの重箱などを降ろしはじめます。
 お弁当も気にはなりますけれど、今一番気になるのはやっぱり…。
 お花畑のそばにシートを敷いたりしているリーサさんとラティーナさんを横目に、森の中へ向かおうか考えます。
「…リセリアさま、焦ってはいけません。先手必勝という言葉もありますけれど、ここは急がば回れ、です」
「えっ、アヤフィールさん…リセリアがどうしてここへきたかったのか、もしかして理由をラティーナさんから聞いておりましたか?」
「いいえ、ラティーナにはそこまでは聞いていませんけれど…見れば解ります。想うかたに、お会いしにいきたいのですね…?」
「あっ、は、はい」
「解ります…恋する乙女の顔をしていらっしゃいますもの。けれど、おなかがすいていては、お会いできたときに恥ずかしい思いをすることになるかもしれませんし、ね?」
 そうして穏やかに微笑まれると、うなずくしかありませんでした。

「ごちそうさまでした…やっぱり、リーサさんの作るお弁当はとってもおいしいです」
「うん、私もこのくらいお料理上手になりたいな」「うふふっ、ラティーナの手料理も食べてみたいです…でも、このお弁当は本当においしゅうございました」
「あら、そんな…皆さん、嬉しいですわ」
 穏やかな日差しの下、皆さんでお弁当をおいしく食べ終えて。
「では、リセリアは少し森の中を散策してまいります。皆さんは、ここでくつろいでいてくださいね」
 すっと立ち上がって、皆さんに微笑みかけます。
「う〜ん、ちょっとついていきたい気もするけど、会えるといいね」「ええ、お会いできることを、願っています」
 ラティーナさんとアヤフィールさんは笑顔で見送ってくださいます。
「リセリアさま、くれぐれもお気をつけて…危ないことがありましたら、お逃げくださいましね?」
 一方のリーサさんは少し心配そう…先日は森で悪魔に襲われた記憶がありますものね…。
「はい、では行ってまいります」
 皆さんに背を向け、リセリアは一人で森の中へ足を踏み入れます。
 空が晴れていますので森の中も明るいですけれど、迷わない様にしないといけません。
 あと、悪魔などがまた現れないとも限りませんから、周囲の物音などにも注意をして、いざとなったら懐にあるナイフを投げつけられる様にします。
 幸い、何にも出くわすことなく進め、森の先が開けているのが解るところにまでやってこれました。
 その先にはあの泉のある空間があった…のですけれど、泉のほとりにたたずむ一つの人影に気づき、思わず足を止めます。
 その人は長身で、とっても長い黒髪をマントとともになびかせて…そして、顔を含むほぼ全身を漆黒の鎧で包み込んでいて、間違いなく先日のあのかたです。
「…何者か?」
 と、リセリアはまだ森の中にいたのですけれど、鋭く低い声をかけられました。
 先日は一言も声を聞くことなく終わってしまったのですけれど…今日は、話してもらえました。
「はい…また、お会いできましたね」
 ゆっくりと森から出て、あのかたの前に立ちます。
「そなた…服装が違うが、先日のメイドの一人か。どうして、この様な場所へ再びやってきた…危険だということは、先日十分に解ったであろう?」
 兜の下の素顔は解りませんけれど、鋭い視線を向けられていそうです。
「はい、それは十分に解っておりましたけれど…それでも、あなたにお会いしたかったのです」
「…僕に、だと?」
 その一人称…やはり同じです。
「はい、リセリアはずっとあなたにお会いしたいって、願い続けてきたんです。何年も前から、ずっと…」
「何年も前から、だと…」
「はい…憶えておりませんか? リセリアたち、子供の頃にこの場所でお会いしておりますよね?」
「何…?」
「先日、あなたが悪魔からリセリアをお護りしてくださったみたいに、そのときも…今でも、とってもよく憶えております」
 そして、そのときから今まで、ずっと想い続けてまいりました。
「思い出して、いただけましたか…?」
「…知らぬ」
 返ってきたのは、冷たい言葉。
「僕は、そなたなどと昔に会ったことなど、ない。おそらく、他人と間違えているのであろう」
「そ、そんなことございません」
「僕の記憶にないと言っているのだから、人違いであろう」
 と、そのかたはマントを翻して背を向けてしまわれます。
「…僕は、二度とこの場へくることはない。そなたも、二度とこぬことにするのだな」
 そう言い残し、そのかたはその場から立ち去ってしまわれたのです。
 もちろん後を追いましたけれど、森に阻まれてすぐに見失ってしまったのでした。


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