お城にいるリセリアのもとに、あのかたがきてくださる…それはほぼ不可能なことです。
 ですから、お会いするとなるとリセリアから会いにいくしかありません。
 そのための手段は、すでに手に入れております。
「ラティーナさん、またお願いできますか?」
「はい、もちろん私は大丈夫です、王女さま」
「ありがとうございます…でも、できればリセリアと呼んでいただけたほうが嬉しいです」
「あっ…はいっ」
 夕食時、今までリーサさんと二人だったのが一人加わり、三人での食事…メイドなのにいいのか不安にされましたけれど、もちろん大丈夫です。
 とにかく、私とラティーナさんが言っているのは、昨日の方法について。
「けれど、リセリアさま。残念ですけれど、これからしばらくは一日じゅう予定の空いている日はございませんわ…」
 リーサさんの一言に、三人とも黙ってしまいます。
 さすがに半日では厳しいですし、丸一日ないといけないのですけれど、そんな日は滅多には…。
 予定をなくそうとするとそれなりの理由がいりますけれど、その様なものはありませんし、どうしましょう。
「何とか、いい方法がないか考えてみますわ…ね、ラティーナ?」「うん、私も考えてみるよ」
「ありがとうございます…と、自分のことですし、リセリアも考えてみますね」
「あとは…そうですわね、ある程度自由に動けるわたくしが、あのかたについての情報を集めてみますわ。一応本人にもお会いしましたし、あんなに目立つ格好の人ならば知っている人もいるかもしれません」
 本当に、何から何までありがとうございます…と、ここでリーサさんが何かに気づいた表情をしました。
「そういえば、あのかたのお名前は何とおっしゃるのですか?」
 あっ、なるほど…それが気になるのは当たり前のことだと思うのですけれど…。
「それが、リセリアにも解らないのです」
 以前お会いしたとき、リセリアはお名前をお伝えしたものの、あの人は名乗ってくださらなかったのです。
 名乗るほどの者ではない、とおっしゃって…それはそれでかっこよいのですけれど、お名前をうかがえなかったのは残念に違いありません。
「う〜ん、お名前が解れば調べやすかったのですけれど、仕方ございませんわ。何とか調べてみますわね」
「はい、ありがとうございます」
 あの森で漆黒の鎧を着たかたにお会いして、もう一ヶ月がたとうとしています。
 その間、リセリアは一度もお城の外へと出ることはできておりません…。
 リーサさんは時間のあるときにあのかたのことを調べてくれていますけれど、今のところこれといった情報はつかめていません。
 ラティーナさんも色々考えてくださってはいるのですけれど…。
「…はぁ、このままではいけません」
 晴れた日の午後、リーサさんから貸していただいた本を閉じながらため息をついてしまいます。
 リーサさんにはよく本をお借りするのですけれど、今日のものはとある運命を持つお姫さまが数々の戦いなどを乗り越えていきつつ、最後にはずっとそばで支えてくれていた人と結ばれるというもの…。
 リセリアはこの本のお姫さまの様な大きな運命は持っておりませんけれど、この人と同じ様に想うかたと結ばれたい、そう強く思います。
「けれど、時間がありません…」
 悪い意味での運命の日は、もうすぐそこにまで迫っております。
 もしも、その日が訪れるまでにどうにもならなかった場合、リセリアは…。

 その夜は舞踏会があり、リセリアはいつもどおりリーサさんを伴って謁見の間へ出向きました。
「王女殿下、あと一ヶ月でお誕生日ですね」「同時にご結婚とのことで、おめでとうございます」「殿下のウェディングドレス姿、さぞお美しいのでしょうね…今から楽しみです」
 そこで、出席者からそんな声をかけられてしまいます。
 微笑みながらそれに応えますけれど、内心ではため息をついてしまっていました。
「王女さま、今宵は私めと踊ってくださるでしょうか。婚礼の前の最後の舞踏会となりますし、ぜひお願いしたいのですが…」
 気を取り直して普段どおり玉座についていると、今度は一人の男性がやってきてそう言ってきます。
 彼が、リセリアの結婚相手となっている人…そして、結婚式はもうあと一ヶ月の後にまで迫っていたのです。
 時間がないというのは、そういうこと…リセリアは運命のあの人以外の人と結ばれるつもりはありませんけれど、このままでは彼と…。
 この結婚はリセリアと彼の関わらないところで決められたことですので彼が悪いというわけではないのですけれど、やはり好きにはなれません。
 ですのでもちろん踊る気にはならず、何とか断る口実を考えていた、そんなときでした。
「王女さま、少しよろしいですか?」
 彼の横へ並び出ていらしたのは、落ち着いたドレスに身を包んだ女の人。
 穏やかな雰囲気の整った顔立ち、黒く長めの髪をきれいに切り整えた、リセリアと同年代に見える人でした。
「もしかして、お邪魔でしたでしょうか…?」
「いえ、その様なことはございません。彼との話は、もう終わりましたから」
 いかにも良家のおしとやかなお嬢さまといった感じの人でしたけれど、とにかく今は彼を遠ざけたいのでそんな返事をします。
「シェリーウェル卿…くっ、仕方ありません。では、私はこれにて」
 彼は少々不満そうながらも立ち去りましたので一安心ですけれど、シェリーウェル卿とは、もしかして…。
「こうして直にお目にかかるのははじめてになります。わたくし、アヤフィール・シェリーウェル・ヴァルアーニャと申します…娘がお世話になっております」
 丁寧な挨拶の後に一礼をされましたけれど、やはりそうだったのですね。
「あなたがラティーナさんの…あまりにお若いので、少しびっくりいたしました」
「確かに三十二歳のわたくしにラティーナの様な娘がいたら少し不思議かもしれませんけれど、あの子は養子ですから…」
「アヤフィールさまは独身で、将来はラティーナに爵位を継がせる予定なのですわ」
 後ろに立つリーサさんが補足をします…ラティーナさんはリーサさんのお友達とのことでしたし、このかたともお知り合いなのですね。
 けれど、養子だとかそれ以前に、アヤフィールさんが三十二歳にはとても見えません…ラティーナさんと同い年、あるいは年下と言われても信じてしまいます。
「それで、数日後に娘と野山の散策をしようかと思っているのですけれど…」
「あっ、ラティーナさんに休暇を、ということですね…はい、もちろん構いません」
「いいえ、それもありますけれど、娘がお世話になっているお礼の意味も込めて、リセリアさまもお誘いしようかと思いまして。いかがですか?」
 お世話になっているのはリセリアのほうなのですけれど、少し意外なことを言われました。
「リセリアも、ですか? 嬉しいお誘いですけれど、よろしいのですか?」
「ええ、他の許しはもう得ていますし、あとはリセリアさまのお返事だけです」
 そう言って微笑むアヤフィールさん。
 お断りする理由は何もありませんしもちろんうなずきましたけれど、これってもしかして…。

 散策に誘っていただいた当日はとてもよいお天気に恵まれました。
「リセリアさま、準備ができました。リーサさんは馬車のほうで待ってます」
 ラティーナさんがお部屋にまで呼びにきてくれましたから、一緒に向かいます。
「ラティーナさん、今日はありがとうございます。おかげで、お城の外に出ることができます」
 そう、今日のことはそのためにラティーナさんが考えてくれたことでございました。
「あっ、そんな、私はただお母さんにお願いしただけだから、お礼はお母さんに言って?」
 そうは言っても、彼女がこの方法を考えてくれなかったらどうしようもありませんでしたし、本当に感謝です。
「リセリアさま、それにラティーナも、それではまいりますわ」
 リーサさんが手綱を握る馬車に乗って出発です。
 この間はメイドとしてでしたけれど、今日は王女としてですから、馬車は堂々と正門から城外へと出ます。
 今日は私用での外出となりますから、リセリアは外から見えない様に馬車につながれた箱状の車の中に乗ります…手綱を取るリーサさんとの会話が難しいですけれど、仕方ありません。
 本当でしたら護衛の兵士もついてきてもおかしくないところなのですけれど、そこはあの人が丁重にお断りしたといいます。
 馬車は町の中を抜け、まずはところどころに建物の点在するだけの田園風景の広がる郊外へと出ます。
「あっ、見えてきた…あそこが私の家になるよ」
 出会った頃に較べて気軽な様子となったラティーナさんの言葉に馬車の窓から外をのぞいてみると、立派な門の奥に大きなお屋敷が建っているのが見えました。
 どうやらこのあたり一帯は全てシェリーウェル公爵家の土地みたいです…さすがは、この国でも指折りの名家です。
「あら…リセリアさま、ごきげんよう。今日は、よろしくお願いします」
 シェリーウェル公爵家の当主、アヤフィールさんは門の前でリセリアたちの到着を待っておりました。
「リーサさん、それにラティーナも、今日は楽しみましょうね…では、まいりましょう」
 ゆったりとした口調でにこやかに話すその様子は気品がありますけれど、やっぱり三十歳を過ぎている様には見えないのでした。


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