お城から外へ出る道は二通りあります。
そう、リセリアがラティーナさんと入れ替わったのはお城の外へ出るため…なんて、こんなことは言わなくてももう解っておりますよね。
ともかく、一つは正門である大きな門…行事などで外へ出る際はそちらから出ておりました。
けれど、今日はメイドとして外へ出ますので、正門とは少し離れた場所にある通用門を使用することになります。
通用門へ向かう前に、まずリーサさんが馬車を一台手配してくださいましたけれど、王女の身分では城内でもなかなかそういう場所へは行けませんので、なかなか興味深いです。
さすがにここへくるまでに結構な人とすれ違っていて、こちらを気にする人の姿は少なからずあったものの見咎められるということはありませんでした。
皆さん、リセリアを完全にメイドだと思っているみたいです…ふふっ、もっと前からこうしていればよかったですね。
ともかく、リセリアたち二人は馬車に乗って通用門へ向かいます…さすがリーサさん、馬車の扱いも手慣れたものです。
ここまではメイドの服を着るだけで怪しまれずにこられましたけれど、さすがに門ではそうもいきません。
城壁にある馬車一台ほどが通れるくらいの両開きの門…今もそうですけれど普段の日中は常に開いているそうです。
ただ、門には常に数人の兵士がいて通行する人に不審がないか確かめています…お城の安全を守る当然のことなのですけれど、今のリセリアにとっては最後の障害です。
「止まれっ」
門の手前で兵士に呼び止められ、馬車を停めます。
「メイドが二人か…何をしに行く?」「身分証を見せてもらおう」
二人ほどの兵士がそうしたことを言ってきます。
「はい、今日は王女さまの食事に使う食材などの買い出しに行ってまいります」
リーサさんがそう言いながら一枚のカードを兵士へ渡しますので、リセリアも同様にします。
「ふぅん、そんなことは業者に頼めばよいものを」「リーサ・リケットにラティーナ・ヴァルアーニャか…」
「王女さまに食べていただくものですし、満足のできるものを自分で調達するのもメイドの務めですわ…ね、ラティーナさん?」「は、はい」
ラティーナと呼ばれてぎこちない返事をしてしまいます…やはり慣れません。
ともかく、ここで身分証明証を見せなくてはいけませんので、こうしてラティーナさんになりすます必要があったのです。
下手をしては、外へ出られてもお城の中へ戻れない、なんてことになりかねませんし…。
「しかし、お前…」
なぜか兵士の一人に見咎められてしまいました…もしかしてばれてしまったのでしょうか。
「ものすごい美人だけど、こんなメイドいたか?」「ああ、見ない顔だな」
「見ない顔なのも当然です、この子は今日からメイドになったのですから」「は、はじめまして…」
…ふぅ、どうやらばれてしまったというわけではないみたいです。
「そうだったのか…それにしても美人だな」「なぁ、もしよかったら俺と付き合わないか?」
…な、何を突然言ってくるのでしょう。
「もう通ってよろしいですわよね。では、失礼させていただきますわ」
リーサさんは動じることなく素早く身分証を回収すると、馬車を走らせはじめます。
馬車は兵士たちの間を、そして通用門を抜け…お城の外へと出ました。
そこからは、丘の下…城下町へと続く道がのびています。
「…リセリアさま、うまくいきましたわ」
後ろを振り返ると、今まで一度たりとも自由にそこから出ることのできなかったお城が見え、どんどん小さくなっていっています。
リセリアは、ついに…それはよいのですけれど。
「全く、何でしょう、今の兵士たちは…おかしなことを言って、呆れました」
悪いですけれど、リセリアにはもう運命の人がおりますから他の人になんて見向きもいたしません。
「まあまあ、リセリアさまが王女と認識されていなくても美しいと言われる存在だということが解ったのですから、それでよしといたしましょう?」
「…ふふっ、もう、リーサさんったら」
リセリアたちを乗せた馬車はお城を後にして、丘の下にある城下町へ向かいます。
お城からどこへ向かうにしても、一度城下町へ入って通り抜けなくてはいけません。
「やっぱり、とても賑やかですね」
馬車に乗り、城下町の大通りを進む…それは以前にも王女として行事などで城外へ出たときにもしたことのあること。
でも、そのときのリセリアは王女としてでしたから、今みたいな町の人たちの自然な姿というのははじめて見ることになるのかもしれません。
「けれど、少なからずこちらを見てきている人がおりますね…リセリアのこと、気づいたのでしょうか」
「それはないと思いますわ。きっと、純粋にリセリアさまのことが気になるのでしょう」
「あら、それはリセリアが美しいから、ということでしょうか…ありがとうございます。けれど、そういうリーサさんのことを見ているのかもしれませんよ?」
「まぁ、リセリアさまったら…」
お互いに少し笑い合ってしまいます。
「それでリセリアさま、これからどちらへ向かわれますか?」
このまま城下町を見て回ってみるのも楽しそうですし、また興味深くもあります…王女が一般の人の生活振りを見るのは、無意味なことではないはずですし。
「はい、このまま城下町を抜けて…」
けれど、今日リセリアがこうしてお城の外へと出た理由は、あれですから。
「リセリアさまのおっしゃる場所は、こちらの方角にあるのですね?」
「はい、確かそのはずです」
馬車は城下町を抜け、平原を東へと進んでいます。
城下町の西と南は海で北にはお城がありますから、外への街道は東への一本だけ。
それもやがて北へと曲がっていくのですけれど、馬車はそこで街道から外れました。
「でも、ずっとこのまま東へと向かっては、少々危ないかもしれませんわ」
「それは、どういうことでしょう?」
「もうすぐ、フェルサルナ王国との国境のはずですから」
フェルサルナ王国…それは、東に位置する隣国です。
今からもう何年も前…そう、リセリアが運命の人に出会ったそのすぐ後に、かの国はランスティア王国へ戦争を仕掛けてきました。
理由は、かの国の国王夫妻をランスティア側が暗殺したというのですけれど、もちろんこちら側はそんなことはしておりません。
その戦争は何とか引き分けに終わったのですけれど、それ以来かの国とは国交の断絶した状態が続いております。
互いに小国であり、またランスティア王国から見ると王城から馬車で数時間移動するだけで国境に着いてしまうくらい近い国なので、敵対したままというのは好ましいことではないのですけれども…。
リセリアがあの日以来一度もあの場所へ行けなかった一番の理由は、やはりかの国との国境が近いので危険、というものですし…。
「けれど、この数年は何も起きておりませんし、それにあの場所のあたりには町などの人のいる場所もありませんから、きっと大丈夫です」
そんな場所だから、王族がのんびりとピクニックをできたのだと思いますし。
あとは、幼い日の曖昧な記憶だけでちゃんとあの場所へたどり着くことができるのかが問題ですけれど、きっと大丈夫ですよね。
リセリアと運命の人とを結ぶ糸が、切れていなければ…。
そうして平原を数時間進んでリセリアたちの視界に入ったのは、お城と同じかもう少し広そうに見える森。
近づいてみると、森のそばがお花畑になっているのが解りました。
その景色と、幼き日の記憶に残る景色…その二つが、頭の中で重なり合いました。
「ここが、昔…両親と一緒にピクニックにきた場所です」
もちろん正確にこの場所だということはできませんけれど、このあたりであるのは間違いありません。
「では、リセリアさまはここで運命のかたと…?」
「…いえ」
そう、ここまでやってくることはできましたけれど、ここが最終目的地というわけではありません。
「リセリアがあのかたとお会いしたのは、この森の中です」
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