―その夜も、あの夢を見ました。
 好奇心から、一人で森の奥へと入っていく幼き日のリセリア。
 外出できること自体珍しく、そして森の中を自由に歩きまわれることがとても嬉しかった…そういう記憶があります。
 陽の光も十分に届く明るい雰囲気の森をしばらく進むと、少し開けた場所へ出ました。
「わぁ、きれい…」
 木々に囲まれた中にあった、小さな泉。
 忘れもしない、そこがリセリアにとっての運命の出会いの場所。

「う、ん…」
 ―目が覚めると、もうすっかり朝でした。
 けれど、リーサさんが起こしにくるまでにはまだはやく…こんなことでしたら、もう少し眠っていたかったです。
 ついさっきまで見ていた夢…夢の中でも、なかなかお会いできません。
 せめて夢の中でくらい、と思いますのに…ふぅ。
「リセリアさま、おはようございます」
 リーサさんがお部屋へとやってきたのは、リセリアが窓のカーテンを開けて空を見上げていたときでした。
「はい、おはようございます、リーサさん」
 今日もまた、普段どおりの日常がはじまります。
「リーサさん、今日は何か予定は入っていますか?」
「いえ、今日は何もありませんわ」
 何だか、今日のリーサさんはご機嫌です…いつもよりにこにこしております。
「今日は、何かのレッスンなども入っていらっしゃいませんわよね」
 そういえばそうでした…たまにそういう日があって、そういうときはのんびりと読書などをしたり、リーサさんから料理などを教わったりして過ごしております。
「それで、朝ごはんの後に少しお話し…お会いしていただきたい人がいるのですけれど、よろしいですか?」
「リセリアに会ってもらいたい人、ですか? もちろん構いませんけれど、どなたでしょう?」
「それは、朝ごはんの後のお楽しみですわ」
 これまでにないことを言われたので気になってしまいますけれど、リーサさんはただ悪戯っぽく笑うだけでした。

 それから朝食が終わるまでの間、誰に会わせるつもりなのかずっと気になっておりました。
 …まさか、リセリアの運命の人?
 あり得ないとは思いながらも、そんな可能性も考えてしまいます…だって、昨日あんな話をしたばかりなのですもの。
「では、わたくしは食器の後片付けに…あと、例の人を連れてまいりますから、少々お待ちになってください」
 そう言ってリーサさんが部屋を後にして一人になってから、待っている時間がとっても長く感じられてしまいました。
 だって、これからここにやってくる人が誰であったとしても、少なくてもリセリアがいるときにリーサさん以外の人がこの部屋へとやってくるのははじめてのことですから。
 どきどきして待っていると、リーサさんが戻ってまいりました。
「えっと、失礼します」
 リーサさんに続いて部屋へと入ってきたのは、一人の女の人でした。
 髪はリセリアと同じくらいの長さの、リセリアよりも多少濃い金色…運命の人の髪の色は黒でしたから、この時点で違うということが解ります。
 明るそうな雰囲気の、リセリアやリーサさんと同年代らしい感じの人ですけれど、リーサさんと同じメイドの服を着ております。
「リセリアさま、この子は今日からお城でメイドをすることになったラティーナ・ヴァルアーニャさんですわ」
「え、えっと、はじめまして、王女さま」
 少し緊張した様子で頭を下げるその人ですけれど、新しいメイドでございましたか。
「はい、こちらこそはじめまして。リセリア・アムルフェスト・ランスティアです」
 こちらも一礼をします…けれど。
「でも、どうしてわざわざ新しいメイドの紹介をするのですか? 今まで、そんなことは一度もありませんでしたのに」
 それに、今の名前…何か、引っかかりました。
「あっ、もしかするとラティーナさんはリーサさんとご一緒にリセリアの身の回りのことをしてくださるのですか?」
 それでしたらこれから毎日顔を合わせることになるのですから、紹介してもらっても当然です。
「いえ、ラティーナさんにはそれよりももっと重要なことをしていただきますわ」
 けれど、リーサさんはそんなことを言います…何でしょう、想像がつきません。
「リセリアさま、昨日わたくしにご相談してくださいましたよね。運命の人に出会うために、ご自分でも何か行動をしたいと」
「は、はい、確かに言いました」
 そんな会話を交わしたからこそ、もしかして運命の人を…と思ったりしてしまったのですけれど、ラティーナさんがそのことと何か関わりがあるのでしょうか。
「それで、このラティーナさんに協力をしていただくのですわ」
「う、う〜ん、うまくいくのかかなり不安なんだけど…」
 自信たっぷりな様子のリーサさんとは対照的に、ラティーナさんは不安げです。
 本当に、何をなさろうとしていらっしゃるのでしょう?
 不思議に思っていると、リーサさんが説明をはじめます。
「とっても簡単なことです…リセリアさまはラティーナさんに、ラティーナさんはリセリアさまになっていただくのですわ」
「えっ…何を言っているのですか?」
 簡単どころか、言っている意味さえ解りませんでした。
「リセリアさま? ラティーナさんって、どことなくリセリアさまに似ておりませんか?」
「えっ?」
 そう言われて、まじまじとラティーナさんを見てみます。
「う、う〜ん、王女さまにそんな見られるなんて、恥ずかしいな…しかも、あんまり似てないよね?」
 少し顔を赤くするラティーナさんですけれど、顔立ちはなかなか整っております…リセリアよりも中性的に見えますけれど。
 身長はリセリアよりもわずかに高そうです…髪は、さっき感じたとおりです。
 スタイルもなかなかよさそうです…胸は、リセリアのほうが大きいでしょうか。
「そう、ですね…外見は、少し似ているかもしれません」
「…えっ、そ、そうですかっ?」
 ラティーナさんはずいぶんと驚いてしまいましたけれど、似ているかそうでないかといえば似ているほうな気がいたします。
 でも、そんなことを聞いてくるということは…。
「もしかすると、ラティーナさんをリセリアの影武者にする、ということですか?」
「さすがリセリアさま、ご明察ですわ」
「いえ、そのくらいのことは誰にでも解りそうですけれど、でもどうしてそんなことを?」
 有事に備えてのことなのかもしれませんけれど、リセリアは誰かを身代わりになんてしたくありませんし、それに今はそういう話ではございませんでした。
「ですから、リセリアさまは運命の人に出会うためにご自分で行動を取りたいのですよね…」
「…あっ、なるほど」
 やっとリーサさんのしたいことが解りました…けれど、そんなことがうまくいくのでしょうか。

「うまくいくかどうかは、やってみなくては解りませんわ」
 リーサさんにそう言われて、ひとまずやってみることになりました。
 つまり、リセリアがラティーナさんへ、ラティーナさんがリセリアへとそれぞれ変装をするわけです。
 変装といってもお互いの服を交換するのと、あとは髪形を少し整えるくらいなのですけれど、服装を交換するということは、つまりリセリアはメイドの服を着るということになります。
「うふふっ、どうでしょう…似合っておりますか?」
 着替え終えて鏡の前に立ってみます。
「はい、とっても…素敵なメイドさんです」
「うふふっ、ありがとうございます」
 自分で見ても、思いのほかよく似合っている様に思えます。
「え、えっと、私も着替えてみたけど、どう?」
「あら…立派なお姫さまに見えますよ」「はい、これでしたら遠目ならリセリアさまだと誤魔化せそうですわ」
 一方のラティーナさんのほうも、服をリセリアのものにしたら瓜二つ…はさすがに言いすぎなものの、リーサさんの言うとおりな感じです。
「そういえば、ラティーナさんは今日からメイドになったのですよね。それがいきなりこんなお仕事で、大丈夫ですか?」
「あっ、そのあたりは大丈夫です。私、はじめからこうなることが解っててここにきたから」
「えっ、それはどういうことでしょう?」
「ラティーナさんはわたくしのお友達で、昨日リセリアさまとお話しをしてこの方法を思いついたとき、適任だと思ってお願いしにいったのですわ」
「深夜に何事かと思ったけど…」
 それで、わざわざメイドとしてお城へ…。
「わざわざ、リセリアのためにありがとうございます」
「えっ、そんな、顔を上げてくださいっ」
 メイドの服を着たリセリアに頭を下げられて、王女の格好をしたラティーナさんはおろおろいたします。
「いえ、けれど、突然そんなことをお願いされたりして、困りませんでしたか?」
「そんなことないです。こうして直接王女さまにお会いできましたし、それに何だか面白そうだったし」
「そ、そうですか? でも、生活に影響などは…」
「えっと、そっちの心配も大丈夫です。毎日時間を持て余している様な生活でしたし…」
 …時間を持て余す?
「あっ、ラティーナさんはこう見えても貴族の娘なんですよ」
「…思い出しました。シェリーウェル公爵家ですね」
 ヴァルアーニャはこの国で指折りの名家であるシェリーウェル公爵家の姓ですから、どうりでどこかで聞いたことのある気がした名前…というより姓だと思いました。
「あら、けれどシェリーウェル公にラティーナさんみたいな娘さんがいたなんて、今まで知りませんでした。舞踏会などでお会いしてもおかしくないはずなのですけれど…」
 特に、今のドレス姿などを見ると、ラティーナさんはそうした場ではかなり輝いた存在になるはずですけれど…と、シェリーウェル公自体にも、まだ実際にお会いしたことがございませんけれども。
「あっ、私は娘といっても養子ですし…ってこれは別に関係なくて、ただ単にそういう場所が苦手だから敬遠しているんです」
 なるほど、ですから今までお会いしたことがなかったんですね。
「では、今日はお城のほうをお願いします、ラティーナさん」
「はい、王女さま、任せてください」
 と、ここでリーサさんが笑ってしまいます。
「お二人ともいけません。もう交代なさったのですから、名前にも気をつけないと」
 …あっ、そういえばそうでした。
「はい、それでは…王女さま、留守をお願いいたします」
「解りました、ラティーナさんも気をつけてお出かけください」
 真顔でそんなやり取りを交わしてから、どちらからでもなく吹き出してしまいました。
 ふふっ、ラティーナさんとはいい関係になれそうです。


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