今日の舞踏会は国の主催ということもあり、謁見の間にて行われます。
 謁見の間はお城の中央部にある一番大きな建物の中にあります。
 一般の人たちは謁見の間の奥にある玉座からのびる絨毯の先にある大きな扉から中へ入りますけれど、さすがに王女はそちらではなく玉座の右後方に位置する扉から入ります。
 ちなみに、その扉側にある建物が王族の普段生活を送る場になりますけれど、摂政は王族ではありませんし、この国の王族は今のところリセリアしかいないということになります。
 とにかく、リーサさんが扉を開けて、リセリアはそこから謁見の間へと入ります…彼女もそれに続いて中へ入り、扉を閉じました。
 舞踏会はすでにはじまっており、かなり広い空間である謁見の間にはドレスなどで着飾ったたくさんの人たちがいらっしゃいました。
 楽団の人たちも呼ばれており、会場の端にある舞台の上で音楽を奏で、皆さんはその音色に合わせてダンスをしております。
 ダンスを行う場所はこの間の中央部分で、両側には料理の並べられたテーブルがあり、食事をしている人たちもいらっしゃいますね。
 そして、その人たち全てがリセリアの姿を見ると動きを止め、歓声とともに拍手をしてきました。
「皆さま、ごきげんよう」
 リセリアは玉座の前に立つと皆さんに一礼をするとそのままゆっくりと玉座について、一方のリーサさんはリセリアの斜め後方に立って待機をいたします。
 皆さんの中にはまだリセリアのことを見ていらっしゃる人もおりますけれど、ほとんどの人は再び先ほどまで取っていた行動に戻りました。
 そんなかたがたを、少し微笑みながら見守る…基本的には、パーティが終わるまでずっとそうしております。
 食事をしている人たちを見ると少しおなかがすきそうですけれど、それはパーティ前にリーサさんの作った夕食を食べたので大丈夫です。
 ずっとじっとしたままで笑顔を浮かべたままでいるのも、すっかり慣れておりますし…えっ、ダンスはしないのか、ですか?
 リセリア、基本的にこうした場では相手から求められない限りはダンスなどはしないことにしております。
 パーティに出席をすることは王女としての務めとなりますけれど、ダンスをすることは別にそうではございませんし、それにここにいらっしゃる様な身分の人たちとはそのくらいの距離を取ったほうがかえっていいのです。
 踊れないわけではない、というのは以前のパーティで皆さん知っていらっしゃるはずですので恥にもなりません。
 今日はこのままパーティが終わるまでずっと座って…と思ったのですけれど、パーティも中盤に差しかかった頃、こちらへと歩み寄ってくる人が現れました。
「王女さま、今宵はぜひ私めとダンスをしていただきたいのですが」
 すっと一礼をしてそう声をかけてくるのは、二十歳過ぎのなかなか整った顔立ちをした男の人。
「わぁ、ヨークリィ侯爵ですわ…相変わらずかっこいい」「でも、悔しいですけれどあのかたに釣り合うのはお姫さまだけかもしれませんわね」「何しろ、ヨークリィ侯爵さまは次期国王なのですし」
 会場からはそんなざわめき声が聞こえます。
 そして皆さんがこちらを注目し、リセリアの返事を待ちます。
 玉座からゆっくりと立ち上がるリセリア…。
「大変申し訳ありませんけれど、今日は体調のほうがすぐれませんのでこれで失礼いたします」
 そうして一礼をすると、皆さんへ背を向けてその場を後にしたのでした。

 謁見の間を後にしたリセリアは、自室ではなくお城で一番高い尖塔へ上ります。
 はい、体調が悪いというのは偽りでございました。
「…ふぅ」
 舞踏会の喧騒も全く届かない静かで暗い塔で、外を見ながらため息をついてしまいます。
「リセリアの運命は…決まってしまっているのでしょうか」
 ふと、先ほどのことを思い出して切なくなってしまいました。
 体調が悪いというのは偽り…けれど完全な偽りではなく、気分が悪くなったのは事実でございました。
 それは、彼に会ったから…。
 ヨークリィ侯爵…若年にしてその侯爵家の当主となった人。
 次期国王だと囁かれていましたけれど、このままでいけばそうなるでしょう…なぜならば、彼はこの国でただ一人残された王族であるリセリアの婚約者ですから。
 リセリアが十八歳の誕生日を迎えたときには彼と結婚をして彼がこの国の新しい統治者となる…これは、もうずっと前から決まっていることです。
 けれど、リセリアはそれを望んでおりません…ですからため息が出てしまいます。
 わがままだというのは、解っております…王女などの身分の者が自由に相手を選べることのないことも、解っています。
「リセリアさま…」
 ずっと夜空を見上げていると、リーサさんが心配げに声をかけてまいりました。
「リーサさん…運命の人というのは、いつか会えるものなのでしょうか」
 ふと、そんなことをたずねてしまいます。
「はい、もちろんですわ。わたくしも、いつか運命の王子さまにお会いできる日がやってくると、信じておりますから」
 リーサさんは本当にそれを強く願っているみたいです…微笑ましいですけれど、リセリアも人のことは言えません。
「そう、でございますね…リセリアも、いつか…」
「もちろんですわ、それにリセリアさまはわたくしと違って以前一度その人に会っていらっしゃるのですよね?」
「はい、もうずっと昔になりますけれど…」
 今でも忘れられない、あのときのこと…リセリアは、あの日からずっと想い続けております。
「それでしたら、大丈夫ですわ…想い続けていれば、きっといつか再び巡り会えるときがやってまいりますわ」
 リーサさんはそう言ってくださいますし、リセリアもその日がやってくると信じております…けれど。
「いつか、なんて…いつになるのでしょうか」
 もう、リセリアにはあまり時間が残されていません。
 あと数ヶ月で十八歳の誕生日を迎えてしまいます…そうしたら、リセリアはあの人と結婚をすることになってしまいます。
 どうか、そうなる前に巡り会わせてください…。
 目を閉じて、月へ向かってそう願いを捧げます…けれど、もうこれだけではリセリアの気持ちは収まりません。
「リーサさん、リセリアは…ただ待っているだけなんて、もうできません」
 そう…運命というものは、ある程度は自分で切り開く必要があると思うのです。
 けれど、王女であるリセリアは自由に動くことができません。
 ですから…。


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