〜幸菜さんの悩み〜

 ―私、雪野真綾ことマーヤ・スノーフィールドが日本へやってきてはや数ヶ月。
 やっぱり日本はいいところだけれど、着物を着ている人の姿が思ったより見られないのはちょっと残念。
 でも、私がこちらで通わせてもらっている私立天姫学園の中で、比較的そういう服装の人を見かけられる場所を見つけたの。
 それが今やってきた、校舎とは少し離れた場所に建つ、外観からして和風な雰囲気を出した建物。
「部活をしている皆さんの姿もいいし…今日はどなたかいらっしゃるかしら」
 そんなことをつぶやきながら入らせてもらうのは、道場という施設。
 ここでは剣道部や弓道部といった部活の人たちが活動をしているから、和服姿の子を見られる、というわけ。
 で、今日はといえば…部活動は行われていない様子なものの、かといって誰もいないというわけでもなくって、道着を着た小柄な人影が一つ、私に背を向けたかたちで座っているのが目に留まる。
「あら、どなたかいるみたいだけれど、あの後ろ姿…しかもあの服装」
 私の見立てが間違っていなければそれは間違いなくあの子の後ろ姿だったものだから、嬉しくなってそっと歩み寄ってみる…のだけれど。
「…って、えっ?」
 近づいてみて目に留まったものに、思わず動きを止めてしまった。
「…ふぇっ、せ、先輩!? これは何にもないです、見間違いですよ!」
 私のことに気付いてこちらを見てあたふたするのはやっぱりあの子、真田幸菜ちゃんだったのだけれど、問題はその彼女のそば…。
「いえ、見間違いって…どう見ても、人が倒れているのだけれども…」
 そう、彼女のそばには一人の女の人が横たわっていたのだけれども、それだけではない。
「しかも、それって…私?」
 横たわる人の姿は、何だかよく見慣れたもの…私そっくり。
「…ど、どうでしょう? 先輩をモデルにしたんですけど、まさかここまでそっくりにできあがるとは思わなくて…」
「…えっ? 私をモデルに、って…あぁ、もしかして、これがこの間言っていた…?」
 一瞬どういうことなのかよく解らなかったけれど、すぐにあの日のことを思い出す。
 機械いじりの好きな彼女は何とアンドロイドを作ろうとしていて、私をそのデザインのモデルにしようと以前相談してくれていて…今、目の前に横たわる私そっくりな人がそれ、ということみたい。
「はいっ! あとは起動させるだけの状態なんですけども…何だか急に怖くなっちゃって…」
「あら、その様な場に偶然立ち会えるなんて、私たちはやっぱり運命の赤い糸で結ばれているのね。しかも、幸菜ちゃんのそんな服装まで見られるなんて、嬉しい」
 色々想いが抑えられなくなって、彼女の隣にしゃがみ込んでそのままぎゅっとしちゃう。
「ふぇっ!? な、何で抱きつくんですか?」
「うふふっ、だってかわいいし、それに嬉しかったのだもの」
「で、ですから…私はかわいくなんて…」
 あの子、赤くなりながらごにょごにょと口ごもっちゃった。
「あら、何か言ったかしら」
「べ、別に何でもありません!」
 しかも、あんなにあたふたしちゃったりして…。
「あら、ならいいのだけれど、そうして慌てる姿もやっぱりかわいい」
「ですから…かわいくなんかないんです!」
 ふふっ、ぷいっとしちゃったりして…。
「もう、もっと自分に自信を持ちなさい? もっとも、どう言おうとも私にとっては…」
 やっぱり、一番かわいい存在なのだけれども。
「え、えっと…が、頑張ります…」
「ええ、頑張って」
 もう、とっても微笑ましくって、思わずなでなでしてしまう。
「はぅ…小さな子供じゃないんですから」
 あの子はそんなこと言いながらも気持ちよさそうに見える。
「あら、なでるよりぎゅっとするほうが嬉しいのかしら」
「ふぁっ!? そそそ、そんなこと…!」
「ふふっ、全く…でも、やっぱりそういう貴女もかわいい」
 気持ちを抑えられなくって、またぎゅっとしてしまうのだった。

「そ、それにしても、先輩、意外と動じないものなんですね…」
 話はまたあの子の作ったアンドロイドへ戻って、そんなこと言われちゃう。
「だって、幸菜ちゃんならできるって解っていたもの。それに、まだ動いていない状態だし…」
 ここまで私にそっくりな時点で、結構驚いちゃうことではあるけれど、ね。
「はぅ、やっぱり動いちゃうんですかね…これ…」
 一方のあの子はといえば、なぜか少し不安そう?
「そうね、それは幸菜ちゃんが作ったのだから…うまくできていたら、動くのではないかしら。動いたとして、私そっくりなこの子がどう動くのか…ふふっ、少し緊張するかも」
「まだ、実感わかなくって…このまま起動させないで飾っておくとか考えちゃいますけど…」
「ふふっ、私そっくりの人形を飾ってくれるなんて、それはそれで嬉しいわ」
「はぅ、どっちにしろ嬉しいんですね?」
「そうね…私の姿を模してくれた時点で、嬉しいもの」
 つまり彼女にとって私がもっとも身近な存在、ということになりそうだもの。
「そういうものですか…喜んでくれたなら、それでいいです」
 それに、そんなこと言いながら微笑まれたりして…大切にも、想ってもらえてる。
「ええ、ありがとう」
「こ、こちらこそ…」
 私が微笑みかけると、あの子も微笑み返してくれた。
「それだけ私のことを強く想ってくれている、ということよね」
「え、えっと…はぃ」
 しかも、私の言葉に真っ赤になってうつむきながらも、そう答えてくれた?
 あら、珍しく素直な返事…私への想いを認めてくれるなんて、嬉しい。
「あら、何て言ったのかしら…ふふっ」
 でも、ちょっと意地悪したくなっちゃって、そんなこと言っちゃう。
 それにやっぱり、気持ちはもっとはっきり聞きたいもの、ね。

 私のことで慌てるあの子はやっぱりとってもかわいいのだけど、そんな私によく似たアンドロイドを起動させるかはまだ悩んでいるみたいだった。
「そうね…この子、どういう感じで作ったのかしら? ただ機械的に動くだけのものなのか、それとも思考回路があったりするのかしら…?」
 そこでこちらからそんなことをたずねてみた。
「はい、元々はスクラップ予定だったメインのコアが生きてますから…人間とあまり変わらないはずです」
「そう…そのあたりはよく解らないのだけれど、人間とあまり変わらないはずなのね…」
 そんなものが作れちゃうなんて、やっぱりすごいわよね。
「それなら、眠らせたままにしておくのは…少し、かわいそうかもしれないわ」
「そうですね…そうかもしれません!」
 私の言葉にあの子は力強くうなずいてくれて、それはそれでいい…のだけど。
「でも、幸菜ちゃんの気持ちが定まらないうちに目覚めさせても、かえってかわいそうかもしれないし…ゆっくり落ち着いて気持ちが決まったら、でいいかもしれないわ?」
 彼女はこのアンドロイドにとって親みたいなものになるのでしょうし、そんな彼女が不安そうにしていてはよくないもの。
 …私にそっくりなのに幸菜ちゃんが親、というのも何だか不思議。
「はい…ありがとうございます。ゆっくり考えてみます」
 ということで今日は起動しない、ということになったのだけれど、起動させる際にはぜひ立ち会いたいものね。
 私にそっくりな外見だけど内面はどうなのか気になるし、それに…あの子の作ったものなのだもの。


    -fin-

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