―そうして冬も終わり、もうすぐ春を迎えようとしていた、ある日のことでした。
 風も穏やかになってまいりましたので、その日は屋上で風を感じながら歌を歌おうと思いました。
 放課後、さっそく屋上へ向かいましたけれど、そこにはすでに人影が一つ…。
 屋上の端で空を見上げていらっしゃる、そのかた…。
「ここから飛び降りたら…気持ちいいかな…?」
 そのかたは奈々穂さんでしたけれど、何だか独り言をおっしゃっていました。
「風をまとってお空を飛んだら、確かに気持ちのいいものですよね…」
 お空のお散歩、最近はあまりしておりません…なんて考えるわたくしでしたけれど。
「そう、ですね…私に、ぴったりの最期かもしれませんね…」
 力なく微笑んだあのかたは、そのまま屋上の柵を乗り越えようとします。
「えっ、さ、最期だなんて…どういうことで、ございますか…?」
 お空のお散歩にしてはご様子がおかしくて、思わずあのかたの手をつかんでしまいます。
「…わ、私、何を…?」
 はっとして柵から離れる奈々穂さん…よく解らないのですけれど、昨日観たドラマというものの影響で空を飛びたくなったそうです。
 それにしては、何だかただならぬご様子に見えてしまったのですけれど、気のせいでしょうか…。
「奈々穂さんも、お空を飛ぶことができるのですね」
 とにかく、そういうことかと思ったのですけれど…。
「えっ、無理無理、私の能力って霧を発生させるくらいだし、こんなところから落ちたら死んじゃうよ」
「えっ、けれど、先ほど…」
「あれは…ほら、飛べたらいいなぁ…って」
 …わたくしの力で、奈々穂さんの願いを叶えることができるかもしれない…。
 そう思ったときには、ご一緒にお空を飛んでみないか、提案をしておりました。
 わたくしの持つ光と風の力のうち、風の力を使えばそれも可能でしたから。
 奈々穂さんもうなずいてくださいましたので、さっそく…先ほどつかんだあのかたの手を、さらにしっかりつかみます。
「えっ…あ、フィリアさんの手が…」
 なぜか顔を赤くされる奈々穂さん…とにかく、わたくしたちのまわりを風が包み込んでいって、身体がゆっくりと地面から離れます。
「わっ、わわわっ、何これ…すごいすごい」
 あのかたはとってもはしゃいだご様子…喜んでいただけると、わたくしも嬉しゅうございます。
 けれど、奈々穂さんはどうやら高いところが少し怖いみたいで、屋上から離れていくにつれてわたくしの腕にしがみついてきてしまわれました。
 なぜかそれで少しどきどきしてしまいましたけれど、とにかく再び屋上へ戻ります。
「あ、あの、申し訳ございませんでした、怖い思いをさせてしまいまして…」
「あっ、ううん、大丈夫だよ? 楽しかったし…」
 笑顔を向けられてほっとして、わたくしも微笑み返します。
「…それに、フィリアさんと一緒だったんだし…」
「えっ…あ、あの?」
 つぶやく様に言われましたのであまりよくは聞こえなかったのですけれど…わたくしと、一緒だったから…?
「あっ、ううん、別にフィリアさんのことが好きだとか、そういうことじゃないのっ。だ、だから忘れてくださいっ」
 またお顔を赤くされてしまわれましたけれど…そんなことは、解っております。
 奈々穂さんみたいな素敵な歌姫さまが、わたくしのことなんて…あるはず、ございませんから。
「…フィリアさん…には、好きな人って、いますか…?」
 と、目を逸らされながらそんなことを聞かれます。
 しかも、お友達などではなくって、という意味での…どうして、その様なことを聞くのでしょう。
 好きな人…はこれまで考えたことがありませんけれど、気になっているかたならおりました。
 ただ、それをはっきりと言うことはできなくって、わたくしは言葉を詰まらせてしまうばかり…。
 そんなわたくしを、あのかたはまっすぐに見つめてきます。
「フィリアさん…好きです」
 そうして、そう一言…わたくしは、固まってしまいました。
 だって、ついさっきあり得ないことと思ったことを、言われたのですから…。
「私は、本気だよ…? 最初はあなたの歌に惚れたんだって思ってた…けど、本当は…消えてなくなりそうな、あなたが…」
 わたくしの歌に惚れた、というだけでもとっても恥ずかしくなってきてしまいます…。
「そ、そんな…それに、消えてなくなりそう…?」
「可憐で、清楚で、きれいで…触れたら、壊れてしまいそう…。そんなあなたに、私が告白していいわけないのは…解っています」
 わたくしは、全然そんなことはありません…けれど、何も言えませんでした。
 だって…奈々穂さんは、涙を浮かべておりましたから…。
「だけど、最期に気持ちだけでも…って思ったんです。そうして、ここから本当に飛び降りるつもりで…」
 奈々穂さんみたいな素敵な歌姫さまが、わたくしなどのことを…。
 そのことはとってももったいなくって、そして嬉しくて…お礼を言いたいです。
 けれど、わたくしのことで涙を…しかも最期だなんて、そんなこと言ってもらいたくございません…。
「フィリアさんには、もっと素敵な人がいるはず…私なんかじゃ、釣り合わない…」
 そんなこと、ございませんのに…。
 奈々穂さんの歌はわたくしよりずっと素敵ですし、奈々穂さんご自身も…。
「でも、私は…やっぱり、あなた以外には…っ」
 その場に泣き崩れてしまわれるあのかた…。
 わたくしなどのことを、こんなに想ってくださるなんて…もったいないです。
 そして、わたくしの胸の中にある想いも、きっと…同じです。
 この想いをお伝えするには…こうするのが、一番な気がいたします。
「一緒に…わたくしと一緒に、歌いましょう」
「でも、私には…歌う資格なんて…」
 あのかたは下を向いてしまわれたままですけれど…わたくしは、その場で歌いはじめます。
「いつか夢に、届くように…」
 わたくしの歌声を耳にして、顔を上げてくださるあのかた…。
「いつか願い、叶うように…」
 そして、少し顔を赤くしてしまわれながらも、歌いはじめてくださいました。
 この歌は、奈々穂さんがわたくしに教えてくださった歌…。
 今、こうしてご一緒に歌うことができて、よかったです。
 わたくしが微笑みかけると、あのかたも微笑み返してくださいました。
 そして、一緒に歌い終えます。
「これで、もう思い残すことは何も…」
「…よろしければ、これからも…一緒に、歌ってくださいませんか…?」
 あのかたの言葉をさえぎる様にして、声をかけます。
 …神のみぞ知ってる新しい世界に、未来に手をかけよう…。
 先ほどの歌の歌詞の一節が頭に浮かびます…わたくしは、奈々穂さんとご一緒に未来へ手をかけたいです。
「フィリアさん…そんな、いいの?」
「わたくしは、もちろん大丈夫です…奈々穂さんの歌も、そして奈々穂さんご自身のことも…好き、ですから」
 先ほどの、奈々穂さんのお言葉…。
 はじめは歌声に惹かれていたと思っていたけれど、いつの間にか…。
 そう、わたくしも…奈々穂さんの想いと、同じだったんです。
「その、奈々穂さん…これからも、わたくしと…」
 胸のどきどきを抑えて、あのかたを見つめます。
 こんなにどきどきするのも…そして、誰かに恋をするのも、これがはじめて…。
 一方のあのかたも、顔を赤くしながらもこちらをまっすぐに見つめてきます。
「当たり前、だよ…フィリアさんだから、私は好きになったんです…」
 その一言に、わたくしの顔も真っ赤になっていくのが解りました。

 こうして、わたくしと奈々穂さんは、特別な関係になりました。
 とってもどきどきしてしまう、けれど一緒にいてとても幸せな関係…。
 これから、ご一緒に歌うだけでなく、ご一緒に歩んでまいりましょう。

 ただ…その日はお伝えすることができなかったのですけれど、いずれはあのことを言わなくてはいけません。
 わたくしの、境遇などについて…。
 少し不安にもなりますけれど、大丈夫です…わたくしたちは、想いで結ばれているのですから。


    -fin-

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