それから、わたくしと奈々穂さんはときどき温室などでお会いする様になりました。
 ときには、お互いに歌を歌いあったりもいたしました。
 そうしている中で解ったこと…もちろん、奈々穂さんの歌声がとっても素敵ということもあります。
 けれど、その他に…わたくしと同じで、とても恥ずかしがりやでもあるみたいでした。
 奈々穂さんが『霧の歌姫』と呼ばれる様になったのも、歌を歌っているところを他の人に見られたくなくって、能力の一つである霧を発生させる力で周囲から自分を見えなくして歌っていたから、とのことでした。
 わたくしも人のいないところを選んで歌いますし、そのお気持ちはよく解りました。
 あと、わたくしの歌うものは穏やかな感じのものが多いのですけれど、あのかたのは逆に力強く、かっこよくも感じられるものが多いです。
 けれど、実際の奈々穂さんはやさしくてあたたかい雰囲気の、親しみやすいかたです。

 ―聖歌隊に入っているわたくしですけれど、実はもう一つ部活に入っています。
 今日は、その活動をするために温室へやってまいりました。
 二月の中旬…どうやらこの時期が一年で一番寒い時期といいますけれど、穏やかな日差しの差し込む温室の中はあたたかいです。
 外ではこごえてしまいそうなお花さんたちも、ここでは普通に咲いています。
 そんな花々の間にちょうどいい広さの芝生がありましたので、わたくしはそこに横になります。
 そうして目を閉じて、両手を胸の上で重ねます。
 誰もいない温室…とても静かで、そしてとてもあたたかくって、まるであの大樹の世界にいるみたいです。
 穏やかな気持ちになって…そのまま、眠ってしまいます。
 そうして、どのくらい眠っていたでしょうか…。
「フィリアさん、こんなとこで眠って…。起きなきゃ…しちゃいますよ?」
 ふと、そばでどなたかの声がした気がいたしました。
「んっ…えっ、歌姫、さま…?」
「おはよ〜。ダメだよ、こんなとこで寝ちゃ」
 目を覚ましたわたくしのことを覗き込んでいらしたのは、奈々穂さんでした。
 わたくしがお昼寝部の活動をしていたことを説明すると申し訳なさそうにされてしまいましたけれど、もう起きなければいけない時間になっていましたし、お気になさらないでくださいと言います。
「…あっ、そうだ」
 わたくしが起き上がったところで、奈々穂さんは何かに気づいた様子でポケットの中から何かを取り出します。
 きれいな紙に包装された…中にはクッキーが入っておりました。
「これ、一緒に食べよっ」
 微笑まれますけれど、わたくしなどと…よろしいのでしょうか。
「うん、大丈夫だよ。どうせもらいものだし、ね」
 そうおっしゃいますので、温室の中にあるテーブルについて、一緒に食べようと…しますけれど。
「実は私、甘いものは少し苦手で…だから、全部あげるねっ」
 さらに、そんなことを言われます…全部は大変な気もいたしますけれど、苦手なものでしたらご無理をなさってはいけませんよね。
 ということで、テーブルの上に置かれたクッキーを少しずつ口にしていきます。
「お…おいしい?」
 なぜか不安そうにたずねられますけれど、とってもおいしいクッキーでした。
「う、うん、おいしいならよかったよ」
 とっても安心したご様子で、お顔を赤くされてしまう奈々穂さん…。
「はい、とってもおいしゅうございますし、奈々穂さんも少しいかがですか?」
 そのご様子に少し不思議になってしまいながらも、そう声をかけてみますけれど…。
「ううん、いいんです…フィリアさんにおいしいって言ってもらえただけで、私は…」
 そうおっしゃって、結局口にはしてくださいませんでした。
 ですので、食べ切れなかった分はお部屋に持ち帰って少しずつ食べることにいたしました。
「作った子も、きっと喜ぶと思うよっ」
 そうおっしゃって、温室を後にされた奈々穂さん…。
 後で知ったお話では、この日は好きなかたへチョコレートなどをお贈りする日だったといいます。
 あのクッキー…奈々穂さんはどなたからいただいて、そしてどうしてわたくしにくださったのでしょう…。

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