―それから、さらに少しの月日が流れました。
 紅葉の美しい秋が過ぎ、空気も冷たくなる冬…こちらの世界での新年を迎えます。
 この間、わたくしはさらにたくさんのかたがたとお知り合いになることができました。
 けれど、その中にあのかた…霧の歌姫さまといわれるかたのお姿はありません。
 あの日…風が届けてくださったかすかな歌声を聴いて以来、そのお姿や歌声を感じることは全くありませんでした。
 このまま、もうお会いできるときは訪れないのでしょうか…。
 はじめて見る、舞い散る雪を目にしながら、ふとそう思ってしまいます。

 そんな、ある日のこと…。
 放課後、聖歌隊の練習もありませんでしたので、わたくしは一人図書館へ行っておりました。
 この学園の図書館はとても大きく、とってもたくさんの本があります。
 最近は、ここにある絵本などをときどき読んでいます…あたたかいお話が多くて、寒さも忘れてしまいますから。
 今日も静かなその場所で絵本を読んでいたのですけれど、時間がたつのも忘れてしまっていたみたいで、気がついたらもう他には誰の姿もありませんでした。
「…そろそろ帰ったら? 外は雪よ」
 いえ、ただお一人、図書委員長さんがいらっしゃって、そのかたのお言葉にうながされて外に出ます。
 先ほどのお言葉のとおり、もう日も暮れて暗くなってしまった中、粉みたいに細かい雪が舞っておりました。
 ところどころにある街頭の灯りに照らされたその光景は幻想的でもあります。
 わたくしは、誰の姿もない学園の敷地を、その光景を見ながらゆっくりと寮へと向かって歩いていきます。
 と…そのときでした。
「えっ、この歌声は…」
 風が、舞い散る雪とともに、歌声をわたくしのもとへ届けてくださいました。
 とても美しい…そして、あのときかすかに聴いたものと、同じ歌声を。
「もしかして、あのかた…?」
 その歌声は途切れることなく、わたくしの耳へと届いてきます。
 わたくしはそれに聞き惚れてしまいながら、聴こえてくるほうへと誘われる様に向かいます。
 そうして、たどり着いたのは…あの日と同じ場所、体育館でした。
 もうとっくに全ての部活も終わり誰もいないはずの場所…ですけれど、中からは明かりが漏れてきております。
 そして、あの歌声も…。
「この中に…いらっしゃるのですね」
 今まで、お会いしたいと思っていた、けれどお会いできなかった…。
 霧の歌姫さまが、この中に…。
 寒さで…いえ、それ以上に緊張して震えてしまう手を何とか抑えながら、静かに扉を開いてみます…。

 全校生徒の集まることもできる、広々とした体育館の中。
 けれど、今のその場所には、舞台へ向けて椅子がたった一つ置いてあって、そこにどなたか…わたくしから見て後ろ姿になりますのでよくは解らないのですけれど、とにかく座っておりました。
 そして、舞台の上…一人の女のかたの姿。
 銀色の長めの髪をしたそのかた…歌を、歌っておりました。
 とっても美しく、そして力強く…。
 まさしく、歌姫というにふさわしい歌声で、わたくしはその場に固まって聞き惚れます。
 ずっと聴いていたいと感じる歌声でしたけれど、やがて歌い終えてしまわれます。
 それが残念と感じてしまうくらい、素敵な歌声…。
「わぁ、やっぱり素敵だよっ」
 と、椅子に座っていらしたかたが拍手をしながら声をあげますけれど、この声、それに頭で揺れるあの猫みたいな耳は…ティセちゃん?
「も、もう、ティセちゃん、そんなことないよぅ」
 先ほどまで力強く歌っていらしたあのかたは、一転してとても恥ずかしそうにしながら、舞台を降りてティセちゃんに歩み寄っていきます。
「今日は、ティセのためにコンサートをしてくれて、ほんとにありがとっ」
「ううん、そんな…私なんかで、大丈夫だった?」
 幻の歌姫さまに歌っていただけるなんて、ティセちゃんはすごいのですね…。
「うん、フィリアおねえちゃんと同じくらい素敵だったと思うよっ」
 元気よくそんなことをおっしゃるティセちゃんですけれど…えっ?
「そ、そんな、わたくしの歌なんて、全然…!」「えっ、フィリアさんって…そ、そんなことないよ!」
 思わず、わたくしとあのかたが同時に声をあげてしまいました。
「…んう? 今の声は…?」
 あたりを見回してしまうあのかた…。
「…あっ、フィリアおねえちゃんだっ。フィリアおねえちゃんも聴きにきたの?」
 わたくしのことに気づいたティセちゃんがこちらへ駆け寄ってきます。
「あっ、えっと、その、通りかかりましたら、中から素敵な歌声が聞こえてきましたので、つい…」
 ティセちゃんに事情をお話ししているうちに、あのかたもこちらへ歩み寄ってまいりました。 「えっ、うそ…フィリア、さん?」
 けれど、そのかたはわたくしを見て、何かに驚いてしまわれたご様子…。
「フィリアさん…私の歌、聴いてたの…?」
「あっ、は、はい、素敵でしたので、つい…」
 そして、なぜか顔を赤くしてうつむいてしまわれました。
「え、えっと…あの、あなたは、わたくしのことを、ご存じなのですか…?」
 先ほどから、わたくしの名前を口にしていらっしゃいます…こちらは、初対面なのですけれど…。
「う、うん、だって、フィリアさんは…私の、あこがれだもん…」
「…えっ?」
 どうしてそうおっしゃられるのか、全く解りませんでした。
「その、あなたは…霧の歌姫さま、ですよね…? わたくし、あなたにお会いしたかったのです…あなたの歌声を、聴きたくって…」
 そう、あこがれに近い気持ちを持っていたのは、わたくしのほうのはずです。
「ふぇっ、わ、私のなんて、そんな…フィリアさんの歌に較べたら、全然大したことないよぅ?」
 はずかしそうに慌ててしまうそのかた…。
 これが、わたくしと霧の歌姫さまとの、はじめての出会いでした。

 霧の歌姫さま…お名前を瑞木奈々穂さんとおっしゃって、高等部二年生の生徒さんでした。
 わたくしはもちろんこれが初対面ですけれど、奈々穂さんはこれまでたびたびわたくしの歌声を見えないところから聴いていらしたといいます。
 そして、わたくしの歌声にあこがれを…恐縮なことですし、今まで歌を聴かれていたなんて、恥ずかしくもなってしまいます。
 でも…やっぱり、嬉しいです。
 こうして、霧の歌姫さま…奈々穂さんと実際にお会いもできて、歌声も聴けて、お話もできたのですから…。
「あの、またこうしてお話ししていただけますか…? そして、よろしければまた歌を聴かせていただきたいのですけれど…」
「あっ、う、うん、もちろん…でも、フィリアさんの歌も、聴かせてほしいな…?」
「は、はい、もちろんです…」
 こうして、わたくしと奈々穂さんはお知り合いになることができました。
 そのとき一足先に帰られたティセちゃん…奈々穂さんが霧の歌姫さまだということは知らなかったみたいです。
 でも…わたくしには、ティセちゃんがわたくしたち二人を巡り合わせてくださった様に感じられるんです。
 本当に、ありがとうございます。

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