〜二人の歌姫〜

「たくさんの想いのかけら…光にして、届けましょう…」
 ―わたくし、フィリア・ルーンファリアは、毎日祈りの歌を捧げています。
 はるか彼方…こことは別の世界にある、わたくしの故郷である大樹の森にいた頃と、同じ様に…。

 大樹の下で、精霊の姫は一人祈りの歌を捧げる…。
 それは、はるか昔から続いてきたこと…ですけれど、今のわたくしは大樹のある広大な森に包まれた世界とは異なる世界にいます。
「フィリアさん…やっぱり、素敵な歌声…」「思わず、聞き惚れてしまうね」
「そ、そんな、わたくしなんて…」
 そして、一人ではなくって、時として人に歌を聴かれてしまうこともあります。
 それは、とってもはずかしいこと…ではありますけれど、同時に嬉しくもあります。
 わたくしの歌に反応をしてくださる人なんて、今までは誰もいませんでしたから…。

 今、わたくしのいる場所は、私立天姫学園というところ。
 少し特殊な力を持った女の子たちの通う学園です。
 わたくしもそこの高等部一年生として通っていて、そこの学生寮で生活をしています。
 異なる世界からこちらへとやってきて、どうすればいいのか全く解らなかったわたくし…。
 こちらの世界の空気がわたくしに合わず、倒れてしまいそうになっていたのを、たすけてくださったかたがいました。
 空気などから身を護るお守りをくださって、この学園へ編入できる様にしてくださったかた…九条叡那さん。
 わたくしの捧げる祈りの歌によって光となった想いのかけらたちを、祝福の風に乗せて世界中へ届ける、紅玉の巫女と呼ばれるかたでもあります。
 凛としたとても美しいかたで、他の人を寄せ付けないところもあったのですけれど、最近は少し変わってきたみたいです。
 それはきっと、想いあう人ができたから…。
 今までずっと一人きりだったわたくしにも、そういう人のできる日がやってくるでしょうか…?

 ―そうして、わたくしが学園へやってきてから、数ヶ月がたちました。
 それまで他のかたと接したことがありませんでしたので、皆さんと仲良くできるか少なからず不安でしたけれど、この数ヶ月でたくさんのかたとお友達になれました。
 今では、特に仲のよくなったかたとお花たちの咲く温室で演奏会を行ったりもして、毎日をとっても楽しく過ごしております。

 そんな最近、少し気になることができてまいりました。
「あっ、フィリアおねえちゃんだっ。お歌を聴かせてほしいなっ」
「はい…えっと、その前に、ティセちゃんにお聞きしたいことがあるのですけれど…」
 温室にいらした、猫のかたちをした耳が目立つ小さくてかわいらしい女の子、雪乃ティセちゃん。
 少し前にお知り合いになって仲良くなった子ですけれど、その子に少したずねてみます。
「ティセちゃんは『霧の歌姫さま』と呼ばれるかたをご存じありませんか?」
 これが、わたくしが最近気になっていることです。
 ときどき、わたくしの耳にも届く噂…。
 この学園にはとても素敵な歌声のかたがいらっしゃること…けれど、その歌声を実際に聴いたことのあるかたはほとんどいなくって、それが誰なのかも誰も知らないといいます。
 ただ、聴いたことのある数少ない人のお話では霧の中から聴こえてきたらしく、その幻に近い雰囲気とあいまって『霧の歌姫』と呼ばれていらっしゃるそうです。
 もっとも、わたくしにこのことを話してくださったかたの半数くらいが、幽霊か何かが歌っている…いわゆる怪談として受け取っていらっしゃるみたいでしたけれど。
 でも、この学園では幽霊もそう珍しい存在ではないのです…幽霊の先生もいらっしゃいますし。
「う〜ん、ティセには解らないよ」
 とにかく、ティセちゃんのお返事はこうでした。
「でも、歌姫さまっていうなら、フィリアおねえちゃんの入ってる聖歌隊にいないのかな?」
「いえ、聖歌隊の皆さんの歌声も素敵ですけれど、そう呼ばれるかたはいらっしゃらないみたいです…わたくしは、聖歌隊のかたにその噂をうかがいましたので…」
 ちなみに、わたくしが聖歌隊に入ったのには色々な理由がありますけれど、やっぱりはずかしかったり緊張をしてしまったりして、ほとんど満足に歌えていないのが現状です…。
「そうなんだ…でも、どうしてその人を探してるの?」
「はい、そんなに素敵な歌声…一度でもよろしいので、聴いてみたくなってしまいまして…」
 歌うことが好きなわたくし…けれど、素敵な音色を聴くのも好きです。
 これまでは、他のかたの歌声や演奏を聴く機会なんてありませんでしたけれど、今でしたら…。
「そっか…でも、フィリアおねえちゃんも歌姫さまだよねっ」
「えっ…あ、あの、そんなこと、ございません…っ」
 わたくしがその様に呼ばれるなんて、もったいないことです…。

 いまだ、その歌声を耳にすることのできない、霧の歌姫さま…。
 どんな歌声なのでしょう…そして、わたくしがそれを聴くことのできる日は訪れるのでしょうか…。
「ざわめく森の息吹は、いのちを…」
 夜…誰の姿もない温室の中。
 精霊の姫の正装をしたわたくしは、目を閉じ両手を胸の上で重ねて、祈りの歌を歌います。
 いずれ、霧の歌姫さまにお会いできることを、ひそやかに願いながら…。

 学園での授業が終わって、放課後…。
 聖歌隊としての練習のないとき、わたくしはだいたいどこかで歌を歌います…祈りの歌ではなく、四季の歌などを。
 四季の歌…それは以前からよく歌っていたのですけれど、わたくしのいた森には四季というものはなくって、その意味でもこちらへきて新鮮でした。
 ともかく、わたくしが歌を口にするのは、約束のない限りは誰もいない場所…やっぱり、恥ずかしいですから。
 今日は、屋上で一人歌います…けれど。
「あっ…」
 わたくしの長い髪をなびいていく、穏やかな風…それの運んできたものに、思わず耳を澄ませます。
 風は、かすかにですけれど、歌声を運んできました…それも、とても美しい歌声をです。
「これ、は…もしかして、あのかた…?」
 屋上から風の流れてきたほうを見ますと、そこには体育館がありました。
「あの場所に、いらっしゃるのでしょうか…?」
 そう思うといてもたってもいられなくなって、すぐに体育館へ向かいました。
 けれど、わたくしの着いたときには体育館はとっても静かで、誰の姿もありませんでした。
 ただ…体育館全体に、かすかに霧の様なものが残っているのが解りました。
「これは、やっぱり…霧の、歌姫さま…?」
 そこに残る雰囲気…やっぱり、そのかたは実際にいらしたみたいでした。

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