〜ティナさんトライアル〜

 ―あたし、雪乃ティナは自分の不注意から、天姫トライアルという夏休み期間中に行われる合宿へ参加することになってしまった。
 あたし同様に選ばれた他の六人にはエリスさんっていった見知った人の姿もあったりして、そういう人たちとの共同生活も新鮮かな、って感じる。
 ただ、寝泊りは基本的に合宿所でだったりと、夏休みなのにかえってあの子と一緒に過ごす時間が減ってしまったのはつらい。
 さらに、トライアル参加者はそれぞれ課題が与えられるんだけど、あたしに与えられた課題っていうのが、あの子…閃那を魔法以外の方法で倒す、っていうのだからまた難しい。
 魔法以外で、としか条件がないのだから、もしかしたらじゃんけんとかでもありかも、なんて考えたりもしたけど、さすがにそんなのじゃダメよね。

 閃那を倒す…どころか、戦ったりすること自体気が進まないんだけど、とはいえそういうことを理由に会いもしない、っていうのはさみしいし、今日は自由時間なお昼時に神社へ戻ってきた。
「あっ、おねえちゃん、お帰りなさいっ」
 元気に、そして嬉しそうにあたしを迎えてくれたのは、とっても小さく妖精みたいな姿をした女の子、ゆきのん。
 この子にもさみしい想いをさせちゃったけど、とにかく閃那の居場所を聞くと森の中にいるってことだったから、さっそく向かってみることにする。
「あ、でも…閃那おねえちゃん、何だか様子がおかしかったよ…?」
 と、ゆきのんはそう言い残してきたんだけど、閃那のことをそう呼ぶ様になったのね。
 でも、様子がおかしかった、って…どういうこと?

 森の中に入ると、確かに奥のほうから彼女の気配を感じることができた。
 で、そっちに向かってみると、何だか笑い声みたいな声が聞こえてきた…?
 さらに奥に進むと、森の中に開けた空間に出た…んだけど。
「ちょっ、あれって…閃那、よね…? あ、あにしてんのよ…」
 そこで目に入った光景に、あたしは思わず固まってしまった。
 だって…他に誰もいないその場所で、あの子は高笑いをあげながら人形に向かって剣で斬りつけ続けてたんだから…。
「ふふっ…みんな消えてしまえばいいんです」
 さらに、剣を振るう手を止めない彼女がそう呟いたのが耳に届いた…?
「ちょっ、何言ってんのよ…。どうしてあんな…って、あ、あたしのせい、よね…」
 あたしが合宿でいなくなって、それで…機嫌が悪くなった?
「…そこにいるのは誰ですかぁ?」
 と、あたしの気配に気づいたみたいで剣を振るう手を止めてこっちを見てくるけど…き、機嫌が悪いどころじゃない感じね…。
「え、えっと…こ、こんなところで何してんのよ…?」
 いつもと違う雰囲気に戸惑いながらも、あの子へ歩み寄る。
「何って、見て解りませんか?」
 そう言って微笑まれたけど、でも…あたしがトライアルに参加するって彼女が知ったときの様子より、何だかずっと怖い…。
「い、いや、えっと…剣の練習とか、よね…?」
「ティナさんを切り刻む練習です」
「…んなっ? あ、あたしを、って…」
 変わらぬ笑顔で発せられた言葉に、あたしは固まってしまった。
 だ、だって…閃那が、あたしを斬る、の…?
「私…考えたんです。ずっと、ティナさんと一緒にいる方法を…うふふっ」
「ずっと、一緒にいられる方法…? そんなこと考えなくっても、あたしは閃那のそばにいてあげるわよ…」
 と、その閃那、手にしていた剣…デバイスにカートリッジをロードしてる…?
「って、ど、どうしてそんなことしてんの?」
「ティナさんを殺して…私も死にます!」
「ちょっ…んなっ!?」
 いきなりデバイスで斬りかかられてしまって、何とかぎりぎりのところで回避した…けどっ。
「お、落ち着きなさいよね、そんなこと…!」
 あたしを殺して自分もとか、明らかにおかしいじゃない…!
「何で…逃げるんですかぁ! 私はティナさんと一緒にいたいだけなのにぃぃぃ!」
 あの子はそんなことを叫びながらさらにあたしへ斬りかかってくる…!
「何でって、そんなのいけないでしょっ? 一緒にいたいならこっちでも未来ででも一緒にいてあげるから…だから、落ち着きなさいっ!」
 斬撃を何とか避けつつ呼びかける。
「ティナさんが私のものにならないなら…」
 と、そんなことを言う彼女の装備が軽装へ、そして手にしていた大剣タイプのデバイスも二刀流へ変化した…?
「だ、だから、人の話を聞きなさいよ…って、ど、どうすればいいのよ、もうっ!」
 あれじゃ避け切れないかもしれないし、これはちょっと…。
「…いきますよ? これで、終わりです!」
 と、それと同時にかなり素早い動きで突撃してきて…避けられない!
「ちょっ…だ、だから、待ちなさいってばっ!」
 とっさにあたしもバリアジャケット姿になって、さらにシールドを展開してそれを防いだ。
「こんなもの…砕いてっ!」
 何とか防げたけど、閃那は剣に力を込めてシールドを破ろうとしてくる…!
「くっ…! せ、閃那、そこまで、あたしを…殺してしまいたいのっ?」
 この力のかけ具合、本気としか思えない…。
「あ、あんたがそれを本当に望んでるなら…あたしは、別にこのまま手にかかってもいいけど…っ」
 シールドが破れる前に間合いを取りつつも、そう声をかける。
 だって、あたしが今こうしてるのは彼女のおかげなんだし、そうでなくっても彼女がそこまで強く望むのなら…。
「はぁ、はぁ…。ティナさんが…いけないんですからね…? 私以外の女の子と楽しそうに…」
 一方の彼女はシールドは破ったものの息を切らせ、さらに斬りかかってはこずそんなことを言ってくる…?
「…へ? あ、あによ、それ…もしかして、合宿のこと言ってるの? みんなとは、そりゃ話したりはするけど…でも、閃那が勘違いする様なことは何もないわよっ?」
「そんなの! 言葉だけで安心できるわけないじゃないですかっ!」
 彼女はあたしをにらみつけ、さらに涙まであふれさせてしまった…。
 あぁ、やっぱり…閃那がこんなふうになっちゃったのは、あたしの…。
「それは、そうよね…あたしだって同じ立場ならやきもちやいたって思うし、それに合宿のみんなはいい人ばっかりだけどでも閃那に会えなかったのはとってもさみしかったし、こんなに苦しめちゃって申し訳ないとも思ってて…」
 そんな彼女を見ていると後悔とか色んな気持ちがあふれてくる…けど、今更そんなことを考えてもどうにもならない。
「…あ〜っ、もうっ!」
 そう、今の私がしなきゃいけないのは、あたしの想いを解ってもらうこと…!
「とにかくっ、あたしにとって閃那は他のどんな人とも違う、たった一人の特別な存在なの…大好き、愛してるのよっ!」
 思いっきり叫ぶかの様に声をあげるけど、恥ずかしい…顔も真っ赤になってしまう。
「あたしだって…ひとときも離れたくないんだから、もし閃那が望むなら、このままあたしの身体を貫いてもいいわっ!」
 でも恥ずかしさに構うことなくさらに言葉を続けて…そう言い終えると彼女へ飛びつき、そのままぎゅっと抱きしめた。
「…にゃっ!? てぃっ、てぃにゃさん? はわっ、はわわわわっ!?」
 あたしの行動が意外だったのか、顔を真っ赤にした彼女は固まってしまって、さらに武装も解除してしまった。
「ごめん、ごめんね、閃那…こんなに思いつめるほど、さみしい想いをさせて…」
 その気持ちを少しでも埋められる様、さらにぎゅっと抱きしめる。
「でも、あたしだってさみしかったし…閃那と一緒にいたいって気持ちは、本当なんだから…」
 言葉だけじゃ、完全には伝わらないかもしれない…なら…。
「これじゃ…証明にならない…?」
「えっ、はぅ、はぅはぅ…!?」
 じっと見つめるあたしに彼女はますます慌てるけど、あたしはそのまま目を閉じて…唇を重ねる。
「んっ…んん〜!」
 彼女ははじめとても驚いた様子だったながら、それを受け入れてくれた。
「んっ…閃那…」
「あ、あぁ…あぅ」
 ゆっくり唇を離して目を開けると、すぐ目の前にいる彼女はとっても恥ずかしそう…。
「こんなあたしだけど、時間のあるときはなるべく閃那のそばにいるから…だから、合宿が終わるまでは、それで許してくれない…?」
 うん、自由にできる時間は、できる限りそうしよう…あたしもそうしたいんだから。
「今日は、夕方までこうして閃那と一緒にいるから…」
「は…あわ…あうっ! ティナ…さん?」
 まだ恥ずかしそうな彼女がとってもかわいくって、愛しくなって、再び唇を重ね合わせてしまう。
「ん…うにゃ…は、はうんっ!」
「も、もうっ、あによ、あたしだって恥ずかしいんだから…って、せ、閃那っ?」
 ふと見ると、顔を真っ赤にした彼女は…気を失ってた。
「ちょっ、だ、大丈夫っ? え、えっと…とにかく、このままにしてはおけないわね…!」
 もう、いつもはあたしが閃那に恥ずかしい気持ちにさせられてばっかりなのに、どうして逆の立場になってんのよっ。
 でも…とにかく、もうあんな思いつめちゃうほどさみしい想いはさせないから、ね?
 そう思いながら、彼女を抱き上げてその場を後にしたのだった。

 その日は夕方まで彼女と過ごした後、合宿所へ戻ったんだけど…そこであたしに課題合格の報せがもたらされた。
 七人の中であたしが一番はじめに課題をクリアしたことになったんだけど、どうもあれで閃那を倒した、ってことになるらしい…っていうか、あのとき誰か見てた、ってことになるの?
 そんなの、恥ずかしいじゃすまないんだけど…とにかく、課題は終わってもトライアルはきちんと最後まで受けていかないといけない。
 だから閃那にはまだちょっとさみしい思いをさせちゃうけど、でも自由時間には毎日会いに行ってる。
「ぶぅ、せっかくティナさんと二人きりなのに、どうしてこんなことしなきゃいけないんです?」
「どうしてって、閃那が夏休みの宿題を全然してないからじゃない…。ほら、あたしも一緒にするから、さっさとすませちゃいましょ」
 そう、学生寮のあたしの部屋で宿題したりして、あの子はちょっと不満げ。
 でも、何もしないと困るのは閃那なんだし、それに彼女も本気で怒ったりしてるわけじゃない。
 あたしだってもっと楽しいことして過ごしたい…けど、別に宿題してるだけでも、何だか幸せなのよね。
 やっぱり、あたしにとって一番の幸せは、大切なこの子と一緒にいること、なのよね。
 だから…無理に魔法の練習したりと、彼女に心配かけちゃう様なことはしない様にしとかないと。


    -fin-

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