〜アサミーナと喫茶店〜
―私、石川麻美は最近大好きなあの子と一緒に暮らす様になって、ますます幸せいっぱい。
でも、昨日からその夏梛ちゃんはお仕事で遠くに行っちゃってて、正直に言うとちょっとさみしいです。
それでも、私も頑張って夏梛ちゃんの足を引っ張らない様にしなくっちゃ…と思うものの、今日は私に関するお仕事はなくってお休みです。
ですから自主的に練習をしようかな、ということでそれのできる設備のある、そして私の母校でもある私立天姫学園へ行こうとお出かけをします。
その前に、まずは町外れにある神社へ立ち寄ってお参り…夏梛ちゃんが無事にお仕事を終えられますように、ってお願いします。
そこから学園へ…はまだ向かわず、その前にとある場所へ立ち寄ることにしました。
人通りの多い町の大通りから少し外れた場所に、それはありました。
扉を開けて中へ入るとよい香りが伝わってきて、それに静かで落ち着いた雰囲気の空間に、私の心も安らぐ…。
そこは喫茶店なのですけれど、まるであの物語…そう、飴色の紅茶館みたいに素敵な雰囲気です。
「いらっしゃいませ」
穏やかに出迎えてくださるのはカウンターにいる一人の店員さん…他に人の姿は見られません。
「…と、あら、麻美ちゃんだったのね、こんにちは」
「あっ、はい、こんにちは、美亜さん」
穏やかに微笑む店員さんと声を交わしつつゆっくり店内へ入って、席へつかせてもらいます。
その店員さんは私より少し背の低い、でもその雰囲気は素敵なお姉さま、といった趣を感じされるかた…縦にロールしたツインテールがよりそう感じさせます。
「麻美ちゃん、今日はあの学園の制服を着ているものだから、一瞬誰かと思っちゃった」
「あっ、今日はこの後学園のスタジオをお借りして練習をしようって思ってますから、この服装のほうが目立たないかな、って」
「そう…お仕事、頑張ってるのね。お疲れさま」
「あっ、そんな、私なんてまだまだ…」
紅茶を淹れてもらいながら世間話をしますけれど、この店員さん…美亜さんとは、人見知りしがちな私にしては珍しく結構親しくさせてもらっています。
「はい、いつもの…どうぞ」
「あっ、ありがとうございます…うん、やっぱりおいしいです」
「あら、ありがと…うふふっ」
出された紅茶に一口口をつけますけれど、やっぱり今まで出会った紅茶の中でも美亜さんの淹れてくださった紅茶は特においしいです。
うん、私がこのお店にやってきたきっかけは、偶然通りかかったときに雰囲気も味もよさそうな気がして、勇気を出して入ってみたことから。
美亜さんは大学生のかたわらこちらでアルバイトとして働いているそうなのですけれど、今こうして一人でいらっしゃる様にほとんど完全にお店を任されていらっしゃいます。
それほど彼女の紅茶はおいしいわけですけれど、それだけでしたらお店に通いつめることはあっても、店員さんと親しくなることなんてまずなかったかもしれません。
「最近、あの子とは…うふふっ、幸せいっぱい、といったところかしら」
席の向かい側に座って優雅に紅茶を口にしながら、美亜さんはそんなことを言ってきます。
「わっ、えっと、解っちゃいます…?」
「ええ、もちろん。麻美ちゃんを見てたら、すぐ解っちゃう」
「その、えっと…ありがとうございます」
「うふふっ、お礼を言われることは何もしていないけれど」
気恥ずかしさに顔も赤くなってしまう私に微笑む美亜さんですけれど、ここで言っているのはもちろんあの子…夏梛ちゃんのことです。
美亜さんは特に声優さん好きというわけでもないながら、ずいぶん前…私がはじめてこのお店へやってきたときから、私と夏梛ちゃんのことを知っています。
私がはじめてこのお店へやってきたその頃にはまだ私と夏梛ちゃんとは今みたいな関係にはなっていなくって、私の片想いだと思ってた…それを見透かした美亜さんが、恋の悩みがあるのかしら、と声をかけてきたんです。
それ以来、美亜さんは私のその恋の悩みの相談に乗ってくださって…ですから、今こうしてあの子と幸せな関係を築けたのは、美亜さんの力もある…。
「あっ、そういえば、この間、町でその子…夏梛ちゃんを見かけたから、思わず声をかけちゃった。確かに麻美ちゃんの言う通り、とってもかわいらしい子ね」
「わっ、夏梛ちゃんに会ったんですか…やっぱりそうですよね」
「ええ、それに、あの子からもとっても幸せですって伝わってきたわ…うふふっ、今度は二人でお店にいらっしゃい」
「はい、そうさせていただきます」
…ですから、やっぱり美亜さんには感謝の想いでいっぱいです。
「美亜さん、今日もおいしい紅茶、ありがとうございました」
「そんな、こちらこそ、夏梛ちゃんとのこと、聞かせてくれてありがと」
少しのんびりしてしまいましたけれど、そろそろお店を後にすることにしました。
ちなみに、美亜さんは女の子同士の恋を見ていると幸せらしくって、つい応援とかしてあげたくなるみたい…またそういうことに敏感で、かつての私の悩みも一目で解っちゃったそうです。
「あっ、そういえば麻美ちゃん、これから天姫学園へ行くの?」
「はい、そうですけど…」
その美亜さんも学園の卒業生で、さらに私と同級生でしたみたいなんです…学生時代は知り合うことなく終わり、卒業後にこうして気軽にお話しできる関係になるなんて、少し不思議な感じです。
「それなら、ついでに図書室へ行ってみたらどうかしら。あの子の書いた、百合なお話…もしかしたら、麻美ちゃんたちのも出ているかも」
「…あの子、ですか?」
もちろん夏梛ちゃんのことではありませんから首を傾げてしまいましたけれど、百合なお話を書くって…。
「…あっ、もしかして藤枝美紗さん、です?」
ふと思い出した、在校生のこと…その高等部の小さな女の子は百合なお話が大好きで、学園にいらっしゃるそういうかたがたのことを物語にして、本を図書室へ置いているっていいます。
でも、卒業している私のことまで物語にされているでしょうか…。
「ええ、そう。その美紗ちゃん…私の妹の、ね」
「…えっ? 妹、さん?」
…何と、藤枝美紗さんは美亜さんの実の妹だといいます。
美亜さんの名字は今の今まで聞いていませんでしたけれど…なるほど、そういえばどちらも百合なお話が大好きです。
うん、もしも本当に美紗さんの書いた私たちの物語があったら、ちょっとお借りして、次に…夏梛ちゃんと一緒にここへきたときに、みんなで一緒に読もうかな。
うんうん、とっても楽しみです。
-fin-
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