〜アサミーナとかな様とたいやきと〜

「う〜ん、今日こそは食べさせてあげたいですよね…」
 ―もうすぐ夏を迎えるということもあって薄着になっている人が多く目につく町の中を、私はちょっと考えごとをしながら歩いていました。
 考えているのは、同じ事務所に所属してまた二人でユニットを組むパートナー、そして私にとってそれ以上の存在であるあの子のこと。
 私にとって何者にも代えがたい、一番大切な子…その子が日々しゅんとしてしまう姿を見るのは、とってもつらい。
 だから、そんな顔をさせないため、今日は町のあちこちを回って探し物をしているんですけど…。
「う〜ん、ここにもきてないのね…」
 私の出身校でありまた町で一番大きな施設である天姫学園へも行ってみましたけど、やっぱり目当てのものを見つけることはできませんでした。
 だいたい、あれはどちらかといえば寒い時期のほうが売れそうですし、固定された店舗でしたらとにかく屋台は出る機会が少なさそうです。
 …ううん、諦めてはあの子の笑顔が守れませんし、もっとしっかり探しましょう。
「あれっ、あの子ってもしかして…」「えっ、もしかして…アサミーナ?」
 と、学園にいらした生徒さんがこちらを見てそんな声を上げましたから、恥ずかしくなってそそくさとその場を後にしてしまいました。
 アサミーナ、とは私…石川麻美に対するファンのかたがたの呼びかたなんですけど、私でもこうして気付かれてしまうなんていうことは、あの子はもっと…。
「だ、大丈夫かな…」
 怪しい人に声をかけられていないかとか、色々心配になってきてしまいました…だって、あの子は私よりずっと有名でとってもかわいらしいんですから。
 こうしてはいられません、はやくあれを見つけて、そしてすぐにあの子のところに行かなくっちゃ。
「…と、あら? この、香り…」
 すぐ目の前にある道、そこを通り過ぎていった車から、まさに私が探していたものの香りが漂ってきたのです。

「うふふっ、きっと喜んでくれるよね」
 無事に手に入れることのできた紙袋を大切に抱いて、今度はあの子の姿を探します。
 レコーディングなんかは終わっているはずですし、ということはもしかすると今日もこれを探しているかも…となると、まずはこれの屋台がよく出ているらしい公園が思い浮かびます。
 心配な気持ちもありますし、それにはやくこれを渡してあげたいっていう思いもあって、足早に公園へ向かいました。
「あっ、あんなところに…」
 公園のベンチに一人腰かけていた女の子の姿を見つけて、ほっと一安心するとともに嬉しくなりました。
「夏梛ちゃん、見て見て、夏梛ちゃんのほしがってた…」
 手に入れたものをはやく渡してあげたくて、また普通にそばに行きたくって、私はそう声を上げながら夏梛ちゃんへ駆け寄ります…けれど、すぐ近くまでやってきたところであるものが目に留まりました。
「…もきゅもきゅ」
 ベンチに座った夏梛ちゃんがおいしそうに口にしていたのは、白いたいやきだったんです。
 …そっか、夏梛ちゃん、無事に手に入れることができていたんですね…。
 さっきの屋台も、よく考えたらこの公園から帰る途中だったのかも…。
「…んぅ? 麻美、どうしたんですか?」
 すぐ近くで足を止めた私に気付いた夏梛ちゃん、たいやきを口にする手を止めて声をかけてきました。
「あっ、ううん、何でもないよっ?」
 慌てて手にした紙袋を後ろへ隠してから、すぐそばまで歩み寄ります。
「ん? 今、何か隠しませんでしたか?」
「えっ、う、ううん、何も隠してないよ?」
 誤魔化しきれなかったのか、じぃ〜っと見つめられちゃいます。
「ど、どうしたのかなっ? か、夏梛ちゃん、せっかくのたいやきが冷めちゃうし、はやく食べたほうがいいんじゃないかな…?」
「…私、隠し事する人とてもとても嫌いです」
 と、夏梛ちゃんはそう言うとぷいっとしてしまって、その仕草はかわいらしかったんですけど…それどころじゃありません。
「はぅ、そ、そんな、嫌いだなんて…夏梛ちゃんに嫌われたら、私…」
 そんなことになったらもう生きていてもしょうがないくらいで…とっても悲しく、しゅんとしてしまいました。
「…だったら今すぐブツを出しなさい!」
「…えっ、か、夏梛ちゃんっ?」
 大きな声に今度はびくっとしてしまいましたけれど…。
「で、でもでも、これは…だ、出しても仕方のないものなのよ…?」
「それは私が決めますから、はやく出してください…じゃないと本気で嫌いになりますよ?」
「そっ、そんなっ、だ、出すから、嫌いにならないでっ?」
 最悪のことを想像しちゃって涙目になってしまいながら、覚悟を決めて紙袋を差し出しました。
「…何かと思えば、麻美も買っていたんですね?」
 袋の中を見た夏梛ちゃんの言葉通り、そこに入っていたのは彼女が食べていたのと同じ、そして彼女の大好物なたいやきでした。
「でも、隠した理由が解りません」
「だ、だってだって、夏梛ちゃんはもうちゃんと手に入れてたから、私が渡しても数が多くなっちゃって、迷惑になると思って…」
 私がたいやきを買ったのは、夏梛ちゃんに喜んでもらいたかったから…ですけど、私が買ったものでなくってもいいのですから、余計に食べさせたりすることなんてないんです。
 でも、夏梛ちゃんに見つかっちゃいましたし、どうしよう…。
「…た、食べさせてください」
 しばらく沈黙が続いた後、夏梛ちゃんちゃんがそんな声を上げました。
「わ、私も、夏梛ちゃんに食べさせてあげますから…」
 さらにそう言うと、顔を真っ赤にしながら、たいやきを猫さんみたいにくわえるんです。
 …えっ、これって、もしかして。
「か、夏梛ちゃん、そんな…こんなところで、いいの?」
 どきどきしながらもあたりを見回しますけど、幸い誰の姿もありません。
「う、うん、それじゃ…」
 ですから夏梛ちゃんの隣に座って、そのまま彼女がくわえていたたいやきを口にするんです。
 あぁ、夏梛ちゃんがこんな…とってもかわいいですし、私を気遣ってくれるなんて嬉しいです。
 気持ちが抑えられなくなって、そのまま抱きしめてしまいました。
「んっ? ん、ん〜っ!」
 たいやきをくわえたままですから慌てながらも声を出せないみたいですけど、そんな夏梛ちゃんもかわいいです。
「夏梛ちゃん…大好きっ」
 たいやきを食べきったところで少し身体を離して、そう微笑みかけたのでした。


    -fin-

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