それから、数時間後…。
「あら、お帰りなさい、無事戻ってこられたみたいねん?」
 あたしと閃那は再びりんねさんのいる場所に戻ってきた…んだけど。
「ぶ、無事じゃないわよ…あ、あによ、この人の波は…」
 会場内は身動きが取れないくらいの人であふれ返っており、肉体的にも精神的にも疲れてしまった。
「でも、ティナさんのおかげで今日の目標はおおかた達成できました…ありがとうございます」
「べ、別にお礼なんていらないわよ…」
 あたしはよく解らないままに、閃那の言ったものを買ってきただけなんだし。
 ちなみに、りんねさんの同人誌は開場後三十分で完売したそうだ…あ、あんなの、みんなよく平気で買えるわね。
 どうも、売れなかったら閃那に売り子をさせるつもりだったらしい…並ばずに中に入れたことの代償ってわけになるけど、そんなこともしなくてよくなったから一安心か。
「明日はどうするのん?」
 …って、そういえばこのイベントって三日にわたって開催されるんだったわね。
 正直、もう嫌なんだけど…。
「あっ、明日は先輩にお任せします」
「解ったわよん、任せといてねん」
 と、どうやら明日の分はりんねさんが買ってくれるそうだ。
 つまり、明日はあんな人の波の中に入る必要はないわけで、一安心ね。

「はぁ、疲れたわね…」「はい、今日はお疲れ様でした」
 会場を後にし、ホテルに戻ってきたときにはややぐったり気味。
 でも、普段の魔法や弓とかの訓練のおかげか、夕食を食べたりしているうちにだいぶ大丈夫になってきた。
「今日はティナさんのおかげでたすかりました」
 部屋に戻って、閃那がまたそんなこと言ってくる。
「それに、ティナさんのかわいい猫耳もばれなかったみたいですし…」
「あ、あによ、別にかわいくなんて…!」
「いいえ、とってもかわいいです…猫耳も含めて、もっと自分に自信を持ってください」
「も、もう、うっさいっ。かわいくなんてないって言ってんでしょっ?」
 第一、あたしなんてまだまだなんだし、自分に自信なんて持てるわけないじゃない。
 とにかく、こんなのよくあるいつものやり取り…のはず、だったんだけど。
「私は、別に恥ずかしいこととかじゃなくって普通のことを言ってるつもりなんですけれど…迷惑、でしたか…?」
 うっ、閃那の様子がいつになくさみしそう…強く言い過ぎたのかも。
「べ、別にそういうわけじゃ…閃那が言いたいなら、大丈夫だってば」
「そう、ですか? でも、たまに本気で嫌がっている様にも見えますけれど…?」
「あ、あによ、そんなこと言うんなら、勝手にすればっ?」
 思わずそっぽを向いてしまった。
「そんな、言いかた…」
 しまったと感じたときには時すでに遅く、閃那はあたしに背を向けると部屋の隅にしゃがみこんでしまった。
 …あたしにとって、閃那はとっても大切な人。
 しかも、本来ならこうして一緒にいられるはずのない人…なのに、どうしてあたしが傷つけちゃうのよ…!
「くっ…閃那は、どうしてあたしなんか…」
 いたたまれなくなって、思わず閃那に背を向けてしまう。
「なんか、って…私には、ティナさんしかいませんよ?」
 そんなあたしの背に、どうやらこっちを向いたらしい閃那の声が届く。
「でも、閃那はたくさんの人にラブレターとかもらったりするくらいなのに…」
「…えっ、ラブレターって何ですか?」
「も、もう、とぼけないでよっ。学園の子からとか、手紙受け取ってるでしょっ?」
「えっ、あ、あれ、そんなお手紙だったんですか? 中身、見てなくって…って、どうしてティナさんがそんなこと知ってるんですか?」
「んなっ…あたしが知ってるわけなんてどうでもいいわよっ。そんなことより、手紙を受け取って読んでないなんて、その人に失礼でしょっ?」
「わっ、ご、ごめんなさい…!」
 思わず怒鳴ってしまった…でも、今のは閃那が悪いのよ。
 だって、その手紙を渡した子は、あたしと同じで閃那のことを…だから…もうっ。
「…と、とにかく、そんな人気ある閃那に、あたしなんか釣り合わないんじゃ、なんて思うことがあるのよ…」
「そんなこと…」
「だって、閃那を想う子はいっぱいいるのに、あたしはこんな意地っ張りで、好きなはずの閃那のこと傷つけて…っ」
 そんな自分が許せなくって、思わず涙があふれてしまう。
「…大丈夫ですよ」
 と、そんなあたしを背中からやさしく抱きしめてくる閃那…。
「私は、そんなところも含めてティナさんのことをかわいいって…好きだって、思っているんです」
 こ、この子は、どうしてそんな恥ずかしいこと…。
「好きだっていうことに、あれこれ理由なんていりませんよね…ティナさんは、私のこと好きじゃないんですか?」
「そっ、そんなわけないじゃない、好きに決まってんでしょっ?」
「でしたら、私の前では素直になって…ティナ?」
 すっと、あたしの身体が閃那のほうへ向けられる。
 そして、その次の瞬間…閃那の唇があたしの唇に重なった。
「…っ!」
 今まで抑えていた気持ちが一気にあふれてしまう。
 あたしは唇を重ねたままぎゅっと閃那を抱きしめて…彼女は、あたしの全てを受け入れてくれた。

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