〜盛夏の一コマ・それから(ティナさん編)〜
「ただいま…っと、まだいないか」
―普段の日課である魔法の練習を終え、学生寮にある自室へ戻ってきた私、雪乃ティナだけど、思わずため息をついてしまった。
その原因は、この部屋で一緒に暮らしている彼女の姿がないから…もう、数日の間姿を見ていない。
「あ、あによ、たった数日じゃない、そのくらい何でもないわっ」
何とか自分にそう言い聞かせようとするけれど、なかなかそうもいかなくって…またため息をついてしまいながらベッドの端へ腰かけた。
あたし一人しかいない部屋は静かで、セミの鳴き声なんかも遠くに感じられた。
「あによ、夏休みは二人で色んなことしたい、とか言ってたくせに…もう七月が終わっちゃうじゃないっ」
そんな中、あたしは独り言を言っちゃうけど…こんなこと言ってもしょうがないしあの子は何も悪くない、っていうのも解ってる。
あの子は定期的に元に時代に戻って試験とかを受けたりしなきゃいけないんだけど、今回はたまたま時期がこうなっちゃっただけ…だから我慢しないと。
「閃那、はやく会いたいんだからっ…」
でも、一人で何もせず部屋にいるとさみしくなってきて、自然と手が…。
「って、あ、あたしは何をしようとしてるのよっ」
慌てて手を引っ込めたけど、あんなことを無意識のうちにしようとしちゃうなんて…!
こ、この間そんなことをしてるところをあの子に見られちゃっただけじゃなく、さらにその後のことをセニアちゃんにまで見られてたみたいなんだし、こんなこと絶対しちゃダメなんだから…!
で、でも、この間のことは森の中だったからなわけで、今日はこうして部屋にいるんだから、誰かに見られるなんて心配はないんじゃ…。
それにやっぱりさみしい気持ちは抑えられなくって、また自然と手が…。
「んっ…閃那っ…」
そのままベッドへ倒れこもうとした…のだけど。
「ティナさん、ただいまっ」
「…んなっ、わ、わわっ!」
突然扉が開いて元気な声とともにあの子が入ってきたものだから、慌てて飛び上がってしまった。
「あれっ、ティナさん、何してたんですか?」
「べっ、別に何にもしてないわよっ!」
全く、この間といい、この子はどうしてこういうタイミングで帰ってくるのよ…!
でも、まぁ…無事に帰ってきてくれたのは、嬉しいわね。
「と、とにかく、おかえり、閃那」
「はいっ」
彼女の元気な笑顔を見ることができて、本当にほっとした…さっきまでのさみしい気持ちなんて、一瞬でどこかいってしまったわ。
「…って、そんな場合じゃありませんでした。ティナさん、急いでこれに着替えてくださいっ」
と、再会の余韻に浸ろうとしたのに、彼女は何かに気づいた様子になり慌てて紙袋を差し出してきた。
「あによ、帰ってきて早々に」
「時間がないんです、とにかくはやくっ」
「はいはい…全く、何なのよ」
意味の解らないままに袋の中を見てみると、普段着るものとはちょっと違った服が入っていた。
「あによこれ、浴衣じゃない。こんなのどうしたの?」
「今日のために未来で用意してきたんです。私とお揃いの柄ですよ」
そんなこと言って彼女も持っていた袋から浴衣を取り出したけれど、確かにそうみたいね。
「でも、何でそんな慌てて浴衣なんかに着替えなきゃいけないのよ?」
「えっ、ティナさん、知らないんですか? 今日は町で夏祭りがあるんですよ?」
あぁ、言われてみればそんな気も…完全に忘れていたわ。
「それで、今日のお祭りにはデビューしたての頃のかな様とアサミーナ、それに草鹿彩菜さんのライブがありますから、これは見逃せませんっ」
誰よ、それは…って、ライブっていうくらいだからアーティストなのよね。
しかし、デビューしたての頃、っていうのはずいぶんおかしな言い回しだけど、閃那だものね。
「あによ、その人たちは閃那の時代だとかなり有名な人になったりしてるの?」
「はい、私もファンですし、そんなかたがたのデビューしたてなライブを見られるなんてすごいですし、急ぎましょう」
「はいはい、しょうがないわね…」
まぁあたしは知らない人たちなんだけど、閃那があんなに楽しみにしているんだものね…付き合ってあげるとしますか。
それに、どんなかたちであったとしても、閃那と一緒にお祭りに行けるのだものね…。
「ライブを見た後は一緒に屋台を回ったり、花火を見たりしましょうね。とっても楽しみですっ」
「…へ? そ、そうね」
と、浴衣へ着替えているとまさに人の心を読みきったかの様な声をかけられて慌ててしまった。
「それに、明日からはずっと一緒にいられますから、何しましょうか…ティナさんと一緒なら何だって楽しいですし、いっぱい夏を楽しみましょうねっ」
「え、ええ、そうね…」
もう、閃那ってば…ちゃんとあのときの言葉、覚えてたのね。
まだ夏休みは半分も終わってないし、宿題も全部終わらせたし、あとは閃那と一緒に…。
「でも、よく考えなくってもティナさんくらいかわいかったら、かな様とアサミーナにも負けないくらいのアイドルになれる気がしますね…」
ふぅん、その二人はアイドルだったの…って!
「ちょっ、何言ってんのよ、あたしなんて全然…!」
「もう、そんなことありませんよ。ティナさんはこんなかわいくてきれいですし、スタイルもいいですし、何より猫耳まであるんですから」
「…ふぁっ、ちょっ…!」
いつの間にか後ろに回りこんだ閃那が猫耳を触ってくるものだから、思わず変な声が出ちゃったじゃない…!
「もうっ、やめなさいよっ。それに、あたしはアイドルなんて興味ないし…!」
「そうですか、残念です。じゃあ、ティナさんは何になりたいんですか?」
「え…そ、それは…」
慌てて振り向いたあたしだけど、投げかけられた質問に言葉を詰まらせてしまった。
う、う〜ん、神社の手伝いも、魔法とかの稽古も将来のためにやってるはずなんだけど、いざ何を目指してるのかって聞かれると何も答えられないとは…。
「じゃ、じゃあ、閃那は何になりたいのよ?」
「私は、ティナさんのお嫁さんですよ?」
「…んなっ!」
即答されちゃったけど、何てこと言ってくれてるのよ…は、恥ずかしいわねっ。
でも、閃那があたしの…って、も、もう、想像しそうになっちゃったじゃないっ。
「ティナさんったら、顔を赤くして猫耳を揺らしたりして、本当にかわいいんですから」
「う、うっさいっ。そ、それより、浴衣にも着替えたし…急いでるんじゃないのっ?」
「あっ、そうでした、はやく行きましょう」
やれやれ、何とか話を切ることができたからよいものの、相変わらず恥ずかしいことばっかり言ってくるんだから…。
「…と、そういえば。ティナさん、帰ってきたらさっきの続きをしてあげますね?」
「…は? あによ、それは」
「もう、言わなくっても解ってるくせに。それとも、もうちょっと私の帰りが遅かったほうがよかったですか?」
「…んなっ!」
それってつまり…あ、あれに気付かれちゃってたの?
「せ、閃那、そんなの…わ、忘れなさいっ!」
「う〜ん、忘れてもいいですけど、それでもお祭りの後はティナさんのこと、かわいがっちゃいますけどね」
んなっ、何てこと言ってんのよ…!
もう、本当に閃那には敵わないわね…でも、こうやって閃那の言葉に一喜一憂できるって、幸せなことよね。
-fin-
ページ→1